※藤堂メイン
※第一話時点でのお話


「凹助、茶ァ」
「うす」

「凹助、刀の手入れやっといて」
「へいへい…」

「凹助、俺の代わりに仕事頼まァ」
「え?…わーったよ…」


「凹助」

「凹助ェー」



「お前何してんの」


縁側の下に潜り込んで息を潜めていたところで声をかけてきたのは土方だった。煙草を吹かしながら呆れたような視線を寄越している。


「総悟さんから隠れてる。お願い言わないで」
「お前まだコキ使われんのか……」


土方は溜息を吐きだすが、溜息を吐きたいのはこちらであると藤堂は声を荒げたかった。バレてしまうから大声を出さないけれども。

土方は藤堂と沖田の関係をよく知っていた。近藤・土方・沖田・藤堂は武州出身であり長い付き合いだ。沖田は幼い頃から近藤の剣術道場に通っていたが、藤堂がそこに出入りするようになったのは土方が門下生になった少し後の話である。既に幼いにも関わらず別の流派で免許皆伝を間近にしていたが、彼は近藤の人柄に惹かれて免許皆伝を放棄したのだ。
剣の腕は確かにあり現に八番隊隊長にもなっているのだが、そんな彼でも沖田には敵わなかった。何せ純粋に剣の腕だけであれば真選組一の男である。近藤や土方でも苦労するのだ。
そして今まで自分が最年少だったのに、自分よりも年下が来たものだから、沖田が味を占めるのに時間はかからなかった。
そんなわけで、武州にいた頃から藤堂が沖田に剣で勝てないのを良いことに、沖田は下僕のように藤堂をコキ使いだしたのだ。藤堂も沖田に敵わないのを重々分かっているからこそ抵抗出来ずに未だ大人しく従っている始末である。


「これパワハラになんねーの?普通訴えたら俺勝てるよ?」
「訴えた時点でお前の人生終わりだろうな」
「もうやだこんな人生……助けて土方さん…」
「俺に助けを求めるな」


床下でただでさえ小さい体を更に小さくさせて震える藤堂に同情に似た気持ちは抱くも、土方も沖田に命を狙われている手前下手に手出しするのは御免だった。

こいつ普段はクール気取ってるが総悟に対してはコレだもんな…。

年が近い同士これも一種の交流だろうと考えることにして、藤堂が隠れている縁側に腰掛けた。煙草を手に煙を吐き出してから、「そういや」と口を開く。


「総悟なら出てったぞ、拘留人連れて」
「……は?」


その言葉を聞いて藤堂は間抜け面を床下から覗かせる。


「昨日おめーの隊が捕まえたストーカーのガキだよ。面白がって連れ出しやがった」
「……拘留してんのに連れ出したのかよ総悟さん」
「まぁ逃げ出せねーだろ、あの総悟からにゃ」
「まあな」


屯所に沖田がいないと分かると藤堂は安心した様子で床下から出てくる。隊の中で苦労している自覚があった土方は藤堂に対しても同じような匂いを感じ取っていた。


「お前若いのに苦労してんな」
「……もうやだこんな生活」



▼△▼



藤堂がそう嘆いた翌日、案外そんな生活に終わりが迎えられそうであった。しかし覚えがない藤堂は戸惑うばかり。そう、沖田からの命令が今日一日全く下っていないのである。
目が合ってもスルーされる事態に身構えていた藤堂は拍子抜けもいいところだ。
沖田のことだから何か企てているのではないかと無闇に安心することも出来ずにいた藤堂だが、その日の夕方にある場面に出くわす。


「おい奴隷、茶ァ」
「はい!」


沖田の散々な呼び名に傷付く様子も見せず、平然と命令を聞いて台所へと向かっていくは、先日藤堂たちが捕えたストーカー疑いの女――陽だった。

今、“奴隷”と言っていなかったか。

藤堂は聞き間違いだろうかと己の耳を疑う。立ち尽くしてしまいろくに反応出来なかった藤堂に、沖田が気付いたのか視線を寄越した。反射神経で思わずビクつく藤堂だが、やはりというか沖田はいつものように藤堂に命令してこなかった。


「何でィ、アホ面かまして」
「……いや…総悟さん……いつの間に奴隷にしたの…アレ」
「昨日」


奴隷であることは否定してこないのか。


「そ、そう…流石っつーか何つーか。一日でモノにしちまうんだな」


女を傍に置いておきたくはない藤堂にはとても理解しきれないことだ。確かに沖田は持ち前のドSを発揮して女を虜にさせてきたのを見たことがあるけれど。昨日屯所から連れ出していったい彼女に何をしたのだろうか。
藤堂が拙い想像を脳内で繰り広げるものの、沖田は平然と「いや、」と否定の言葉を零した。


「モノにしたってェより、アイツが進んでモノになってきたっつーか」
「…………は?」
「冗談で聞いたんだがな、俺も。『俺の奴隷になれんのか』って。そしたらアイツ真っ直ぐと俺見て頷きやがるから」
「………」


何だそれは。では彼女が沖田に骨抜きにされたわけでも従わざる弱みを握られたわけでもなく、単に質問に答えたのか。「奴隷になれる」と。


「俺も手懐けた覚えもねェし全然手応えねェが、まぁ言う事聞くし暫くは暇潰しになるだろ」
「……」


沖田本人でさえ少なからず困惑しているというのに、あの女。流石ストーカーと疑われ捕まっただけのことはあると思うべきなのか。
きっと沖田の甘いフェイスに騙されたのだろう。そうに違いない。この男の本性をろくに知らずに軽々と奴隷になるだなんて宣ったに違いない。


(馬鹿だ、あいつ)


沖田の言いなりになることがどれ程大変なことか知りもしないで、自らこの沼に飛び込んでくるなんて。


(稀代の馬鹿だ)



――…まぁ、これで自分が苦労しなくなるんなら良いかと思った藤堂だったが
陽がいない日はいつも通り沖田の下僕として扱われることに変わりは無かったのだった。



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