「俺、高校入った時から常磐のこと気になってたんだ…俺と付き合ってほしい」
放課後、誰もいなくなった教室で友人の一人から告げられた唐突な告白。ほんのりと顔を赤くしながらも真っ直ぐと真摯な瞳でこちらを見つめる彼は、顔が整っていて文武両道、誰とでも気兼ねなく付き合えるという非の打ちどころが無いような学年で人気のある男子だった。
そんな彼からの告白を受けた常磐陽は、一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。
「…あれ?私が漫画好きなこと知ってるよね?」
そして漸く口を開いたかと思えば疑問を投げかけてくる。陽は心底不思議そうに彼へ首を傾げていて、拍子抜けをくらいつつ男子は頷いた。
陽にとって目の前にいる男子は友人として仲良くしていた。自分が漫画を好きなことだって話したし、彼も同じ漫画が好きだと話が合って盛り上がったものだ。
「銀魂だろ」
「うん。そこで私好きなキャラがいるって言ったよね?」
「は?…ああ、言ったけど、それが何」
訳の分からない顔の男子に、何故分からないのかと思った彼女ははっきりと言いたいことを言うことにした。
「だから、私銀さんが好きだから、ごめん!」
堂々と言い切る陽に、今度は男子がぽかんとした表情に変わる。勿論、好きなキャラクターがいることも知っていた。彼女がうっとりした表情でそのキャラクターについて語る姿も知っている。だがしかし、
「え、それは…ベクトルが違うやつの話、だろ?」
「そう、私の銀さんへの愛はベクトルが違うの」
(ええええ…)
言葉を失う男子に対して、陽も多少なりとも申し訳なさはある。好意を寄せてもらえることは悪いことではない、有り難いことだ。しかも学年の人気者から想いを寄せられていたなんて思いもしなかった。自分のどこを気に入ってくれたのか陽には理解出来なかったが、なるべく相手を傷つけないよう言葉を選んで答えた。
「好きになってくれてありがと!でも私、漫画のキャラこうやって好きだって言いきるような奴だから。君ならもっと素敵な人と出会えるよ」
だから、これからも友達として宜しくね
陽は最後に笑顔を向けると、バイトの時間があるからと彼を置いてそそくさと教室を出た。
彼女が告白されることは初めてではなかった。しかし現実にいる男など目にも止まらないほど、
常磐陽は銀魂の主人公である坂田銀時が好きである。
▼△▼
陽は今日忙しかった。学校が終わったあとはバイトの前に家で夕食を用意することになっている。
親戚の家に居候している陽は、最初叔母に大丈夫だと言われたが甘えてるわけにはいかないと家事を当番制にさせてもらったのだ。曜日で決められた食事を用意する日にも、陽は少しでも稼ぎたいとバイトを入れている。要は本人自身でこの無謀なタイムスケジュールを組んでいるのである。
何故そこまで稼ぎたいのかと言えば、親戚への少しばかりの自分を置いてくれているお礼金、将来への貯金、そして何より銀魂グッズのためだ。
「ただいまー」
「あ、おかえり陽」
同い年の従兄弟が先に帰っていたのか廊下で鉢合わせる。彼の両親は未だ仕事で今家には彼と二人だけだろう。陽はバッグを玄関に置いてすぐに台所へと向かい、冷蔵庫を開けた。
「今日バイト?」
「そう!」
「そんな無理に入れる必要ないだろ、うちに金入れなくていいのにさ」
彼はリビングにあるソファに腰掛け、テレビを見ながら台所へと声をかける。陽は冷蔵庫から必要な食材を出しながら答えた。
「タダで世話になるわけにいかないよ。気遣うし」
「いや、俺らも気遣ってるからな?」
彼とは同い年の分叔父と叔母と話すよりは気楽に会話が出来るが、それでも深く関わりを持つようになったのは居候させてもらうようになってからだ。一緒に暮らすようになって、彼が考えの足りない男で思ったことをすぐ口に出してしまう性格なのも分かっていた。
それでも、陽は思わずその言葉に手を止めてしまった。
お互い気を遣っているから、どこかこの家はぎこちない雰囲気が出ているのだろう。
親戚が家族のいない自分に気を遣うことなど当然だ。自分だって、今までそんなに付き合いの無かった親戚の家に一人居候させてもらうことに気を遣うのだ。
だから、自分を家に置いて少しでも後悔させないよう、役立たずにならないよう、家事を手伝おうと思ったのだ。
「……わり」
自分の失言に気付いて素直に謝るから、彼のことを嫌悪したことなどない。だから彼にこれ以上罪悪感を抱かせないよう、
「じゃあお互い様だね」
精一杯、笑顔を向ける。
そして心の中で思うのだ。
早く一人立ちしたい。親戚は良くしてくれるけれど、お互いのためにもそれが一番良い。
気を遣ったまま一緒に暮らしているこんな窮屈な日々過ごすぐらいなら、孤独であっても一人暮らしをしている方が良い。
だから、お金を貯めて、高校を卒業するまで我慢すると決めていた。
さっさと食事を用意してから玄関に置きっぱなしのバッグを手に再び家を出る。バイトの時間までギリギリだ。時間を確認するために出した携帯を制服のポケットに突っ込み、バイト先へ足早に向かう。
「あはは!こら、ポチ、おとなしくしなよ」
「ちゃんとリードを握ってるのよ」
「うん!」
道中、赤信号が変わるのを待っている間に陽の横にやってきた親子が立ち止まる。自分より十歳以上は年下だろう少年が慣れない手つきで犬に繋いだリードを握っている。そんな少年の側には母であろう女性が立っていて、微笑ましく息子を見下ろしていた。
仲睦まじい親子の様子をちらりと見やった陽は、何とも言えない表情で笑みを浮かべた。微笑ましいような、羨ましいような――
(いやいや)
自分には銀魂がある、そう言い聞かせて一瞬過ぎった考えを振り払うように信号を見やった。車の通りが多いため歩行者用の信号が中々青に変わらないことで有名な交差点だ。変わった直後であれば数分は待つ羽目になってしまうので、早く青に変わるよう無駄に念を送ることに専念する。
「あっポチ!待って!」
突如、横から幼い声が聞こえる。次いですぐに耳に飛び込んでくるのは少年を呼ぶ酷く焦った母の声だった。陽がハッとした時、未だに歩行者用の信号は赤であるというのに走り出した少年の姿を視界に捉える。彼の手に握られていたはずのリードは、元気よく走って道路を横断する犬に引きずられていた。
咄嗟に走り出した少年を、母は止めることが出来なかった。
「――ッ!!」
少年と同じように何も考えずに行動に起こしたのは陽だった。
母よりも運動神経の良い彼女は、母が追いかけようとした時には既に動き出していた。持っていたバッグを放り捨ててコンクリートを蹴って走り出す。
鳴り響くクラクションの音に足を止めて呆然と立ち尽くす少年へ、必死に手を伸ばす。
小さな背中に手が届き、力の限り押した。少年がそのまま道路の反対側の歩道へと転がったのを確認してすぐ、少年を押しだすためにダイビングした陽は道路にうつ伏せに倒れる。
未だに鳴り響くクラクションが先程よりも大きく聞こえた。
横を見れば大型トラックがすぐ目の前に迫ってきており、陽はどこか冷静に考えた。
(銀魂――完結するまでは生きたかったな)
─ 続 ─
まさか原作の最終回間近に公開することになるとは思わなかった。