昨晩奇妙な女…陽を連れてきてしまって事情を聞いた後、濡れた服のままの彼女を夜に追い出すわけにもいかないというわけで、一晩だけ泊めてやることにした。
服も着たままでは乾かせないし風邪を引いてしまうだろうからと、仕方なく銀時の寝巻である甚平を一着貸し出した。神楽のを貸し出したいところだったが、彼女の服ではサイズが合わなかった。
新八に諭されながらも寝室にだけは入れたくないと断固拒否し、陽も笑顔で「この家の中にいられるならどこででも!」と宣うのでそのままソファで寝てもらった。


「………」


差し込む日差しで目を覚ました銀時は昨晩のことを一頻り思い出していた。事務所に行けばあの女がいるのかと思うと、極力関わりたくない身としては億劫である。このまま彼女の服が乾く頃まで引きこもっていようかとも思ったが、きっとその前に新八に起こされるだけだ。
銀時はのっそりと起き上がり、陽が何をしているか様子を見てみようと事務所と寝室を隔てる襖をそっと数センチだけ開けてみた。


「……?」


しかしその場にいない陽に気付き更に襖を開ける。そこで気付いたのが、事務所が綺麗になっていることである。基本的に誰もやらないので新八が掃除してくれているが、それも毎日のことではない。汚れが目立った頃に彼がやってくれていたので、今回もそろそろ新八がやってくれるだろうと踏んでいた。
時計を確認するも、新八が出勤してくるかもしれない頃合いだが流石に掃除を終わらせている時間ではない。
まさか――


「あ!銀さん、おはようございます!」
「!」


廊下から事務所へと戻って来たらしい陽が甚平姿のまま笑顔で立っている。彼女の手にはホコリはたきが握られていた。


「……何お前がやったの?」
「はい!(興奮で)あんまり寝られなくて、朝ご飯作ろうかとも思ったんですけど流石に勝手に食材使うわけにもいかないので、掃除してました」
「………」


改めて部屋を見渡す。寝起きでもすぐに気付けるぐらいには綺麗になっていた。散らかっていたところも片付けてくれたらしく、小物の類も銀時のデスクへと整理された状態で置かれていた。


「……点数稼ぎしても俺はお前を置く気はねーからな」
「ぐっ…」


下心はあったらしい。


「な、何で駄目なんですか…!?」
「ただでさえガキ二人に手負わされてんのにこれ以上手間増やすわけねーだろ。お前ぐらいなら一人でもやってけんだろ、適当に仕事でも見付けろや」


一人増えるということは純粋に食費が嵩む。ただでさえ仕事が少ないなかで神楽の化け物じみた食欲に苦労しているというのに、これ以上同居人を増やせるわけがないだろう。


「じゃあ仕事見つけてここにお金入れるので!それこそ万事屋としてお仕事と思ってもらえれば!アパート経営みたいなノリでどうですか!人を置いておけばお金が入ってくるんですよ!それに加え炊事洗濯掃除何でもやりますよ私!わあ何てお得!」
「いやそもそもお前が怪しすぎて傍に置きたくない」


名案と言わんばかりに拳を作って自分をアピールした陽だが、銀時のこれまたはっきりとした物言いにショックで一度固まる。ここまで言えば流石に引き下がるかと思ったが、陽はこんなことで諦めたりはしない。なんせあの憧れの万事屋だから。


「あ、怪しいとは…!?」
「思い当たる節ないの?逆にこえーよ」
「異世界とか言ったことですか」
「まぁそこらへんが決定打だな」
「す…すみませんあれ実は嘘なんですよね!ギャグ要素の強いこの作風に合わせてウケを狙いたかったみたいな!」
「初対面の奴らに嘘ついてんならそれはそれで信用できねーけど」
「確かに!! ごめんなさい無かったことにしてください!!」
「どっちを?」
「え?」
「異世界から来たって話を?ウケ狙いだって話を?」
「…あっ、ウケ狙いの話を、です」
「結局嘘ついたわけね、今」
「……確かに!!」


どうやらこの女思った以上に馬鹿らしい。

馬鹿で奇妙で嘘つきと、今のところ良いところが見つからない。かろうじて掃除能力はあるぐらいだろうか。
兎にも角にも信用ならないうさんくさい女であることに違いはない。早く服乾いてほしい早く追い出したい。


「ど…どうしたら信じてもらえますか…!」
「無理無理。人間一度信用失くしたら中々取り戻せねーもんなんだ。手遅れだ、一昨日来い」
「この世界にはタイムスリップする技術がありますか…!?」
「いや言葉の綾だから真に受けんな面倒くせーよ」


馬鹿で奇妙で嘘つきで、そのうえ諦めが悪い。諦めの悪い奴は嫌いではないが今回は例外だ。


「何なの何でそんなうちにこだわんの。言っとくがうちじゃ贅沢な暮らしとは無縁だぜ」
「そんなもの要りません!! 私馬車馬のように働けますから!銀さんのためなら何だって出来ますから!!」
「は?」


「だって私銀さんが好きだから!!」


……またこの女は突拍子もないことを言い出す。
昨晩はファンだと言っていたからその延長線上に過ぎないだろうと思いつつ冷静に陽を見ていると、自然と沈黙が生まれて陽と見つめあう形になっていた。すると陽はふと頭が冷静になったのか頬をじんわりと赤くしていき、やがて視線を逸らした。恥ずかしそうに顔を逸らす姿は今までの奇妙な女という印象を覆す程に恋する乙女の表情をしていた。きっと今までの怪しい行動さえなければ優に他の男なら落とせるレベルには可愛らしい。そんな顔も出来たのかと思う反面、何マジな顔してんだと声を大にしてツッコミを入れたくなった。
昨晩会ったばかりでいったいどこに惚れる要素があったのか――否そもそも話してもいない自分たちの情報を知っていた時点でそんなつまらないツッコミはしない。

どこから何を言えば良いのか分からなくなってしまい頭を抱えた銀時は、その状態のまま告げる。


「…お前俺が好きなんだな?」
「は、はい!」
「何でも出来るんだな?」
「はい!!」
「じゃあ俺のためにここ出てって。な?」
「……ッ!!」


そう返される発想は無かったのだろうか。心底「やられた」という表情で言葉を失う彼女に、やっぱり馬鹿だコイツと心の中で呟いた。


「おはようございまーす」


聞こえてきたのは新八の声。ハッとした陽が声のした方へ顔を向けるのとほぼ同時に視線をやる。少ししてから事務所に入って来た新八がすぐに陽を視界に捉えて再度挨拶をした。


「朝ご飯とか大丈夫ですか?もう済ませました?」
「あっ、ううん、まだなの。台所使ってもいいかな?ご飯用意させてほしいんだけど…」
「え、お客さんにそこまでさせるわけには──」
「いいの!お客さんじゃないから!泊めてもらったお礼だから!」


銀時を置いて新八のもとに歩み寄って会話を始める二人。朝食を用意する申し出を無碍にするのも何なので新八がお願いすると、使って良い食材の確認を始める。その様子を見て銀時が声をかけた。


「おい、メシ用意しても点数稼ぎにならねーからな」
「何度も言わなくても分かってますよ…!でもお礼したい気持ちは本当なので、良ければ食べてください」


忠告すれば陽はむすっとした顔を向けるが、その後にパッと笑顔に変わって台所へと消えていく。その様子を銀時同様見送った新八が「変わった人だけど、礼儀はしっかりしてるんですね」と呟いていた。

関わりたくないのに。他人でいたいのに。色んな表情や色んな面を知っていく今の状況がとても宜しいとは思えない。
このままでは情が湧いて追い出しづらくなるではないか。



─ 続 ─


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