「車谷君、よければこれどーぞ」
「七尾さん!!あ、あ、ありがとおおお!」
朝連終えてから七尾さんが笑顔で渡してくれた可愛らしい紙袋に舞い上がる。義理チョコと分かってても嬉しい。バレンタインに貰えるお菓子に意味があるんだ!
今年こそはと思いながら学校へ向かった今朝。こんなに早くノルマ達成できるなんて。
この調子で、あの子からも貰えないかなぁ──…
▼△▼
僕は朝から幸せ者だ。
今までまるで縁が無かったバレンタイン。強いていえば母さんがくれたチョコぐらいで、それは同情にも似た僕にとっては喜びきれない複雑なプレゼントだった。そりゃあもう毎年淡い期待を抱いてはがっくりしながら家へと帰るのがお決まりで、そして家で出迎えてくれた母さんからのチョコ…切ない。
だけどそんな悲しいバレンタインからもどうやらおさらばできたようだ。
自分の席に座り、机に置いた二つの可愛い紙袋。
中にはオシャレな箱が入っていて、開けなくても自然と中身が分かってしまう。
毎年恒例の淡い期待が叶う日が来るなんてね!
朝練習を終えた後に七尾さんから一つ、昇降口で靴を履き替えている間に偶然会ったマドカさんから一つ。
なんと生まれてから一度も親以外からチョコを貰ったことがなかった僕が、高1になってやっと女子からチョコを貰えるなんて!!
勿論七尾さんが百春君をはじめとしたバスケ部のみんなにチョコを配っていたのも知っているし、マドカさんからも笑顔で「クッキー焼いてみたから皆にあげようと思って。空君もよければどうぞ」と義理チョコ(クッキー?)発言をかまされた。
それでも嬉しいものは嬉しい。少なくとも「あげてもいい」とは思われてるんだ。
高校って素晴らしい!いや、神奈川が素晴らしいのかな?
(…って、あれ?マドカさんそういや前に料理作って百春君病院送りにしなかったっけ…?)
「ご機嫌そうだねえ空」
僕が恐ろしいことを思い出してしまい食べるべきか悩み始めた頃、頭上から声が聞こえて顔をあげる。
そこにはご機嫌斜めな様子の紗枝ちゃんがいた。
僕は彼女を見るなりドキッとしてしまう。まずい、普通に普通に!
「う、うん、まあね!朝からチョコ二つ貰えたんだ!七尾さんとマドカさんから!」
「ふーん、よかったじゃん」
いつもよりトーンの低い声で本当に「よかった」とは思ってなさそうな表情の紗枝ちゃん。
僕の前にある自分の席に座ってしまった挙句、いつもと違って振り向いてはくれなかった。…何か、やっぱり機嫌が悪いようだ。どうしたんだろう。
「あ、紗枝ちゃんはチョコなんて用意してないんだよ ね…?」
今年の淡い期待は、昨年までと違って「あの人から貰えたら」という相手がいた。
それこそが、今正面で背中を向けている紗枝ちゃん。
男子バスケ部のマネージャーでクラスも同じことから、普段仲良くしているので嫌でも分かる。それは紗枝ちゃんが七尾さん程料理上手でもなければ、円さん程女の子らしくイベントに興味を持つ性格ではないということも。
ガサツで適当な人間だというのはよく分かったうえで…それでも、もしかしたらチョコを用意してくれているんじゃないかと思ってしまったんだ。それこそまさに淡い期待。
「は?」
そんな期待をブチ壊すように、振り向いた紗枝ちゃんは僕が凍りついてしまう程恐ろしい顔をしていた。そ、そんなに怒らなくたって!
少し前から今日について、紗枝ちゃんを見る度にソワソワしていた。だけど、顔を合わせても全くそんな素振りを見せなくて、やっぱりバレンタインなんて興味ないんだろうなと少しだけ…いやかなりがっかりした。
だけどそんな落ち込んでいる僕に更なる追い打ちをかける事件が、放課後起きてしまったのだ。
「あれ?モキチ君もチョコ貰ったんだー誰から?誰から?」
「そんな、ニヤニヤするほどじゃ」
「もう!そんな恥ずかしがらなくても!僕の知ってる人?」
「八代 さん」
え?
「八代さん から」
モキチ君の発言に固まってしまった僕。え、それはどういうこと。つまり紗枝ちゃんはモキチ君が好きだったってこと?
「車谷君、貰ってない の?」
「え゙」
「夏目君も 先輩たちも、貰ってる ようだったから」
車谷君も貰ってるんだと すっかり
最後に咳払いをしたモキチ君の言葉に、僕は何も言い返すことができなかった。
え?僕朝聞いたよ?チョコ用意してないんだよね?って。すっごい怒った顔向けられたから、つまりそれは「用意してないのにわざわざそんなこと聞いてくるな」っていう意味だと思ってたんだけど。違うの?
じゃあどういうこと?
どうして僕だけ!?
その後の練習は身が入らず、呆然としながら何とか体を動かしている状態だった。
当然七尾さんには叱られた。でもそれ以上のショックに申し訳ないが反省できなかった。
そんな僕の様子を見ているトビ君と紗枝ちゃん。…何でトビ君と一緒にいるんだよ…!
「空どーしたの、あんな負のオーラ出しちゃって。何かこっち睨んできてない?」
「お前の所為じゃアホ」
「え?」
「チビにだけチョコ渡してないんだって?」
「あぁ…だって、朝他の人から貰ったチョコで舞い上がってるんだもん。渡しづらいよ。面白くないしね」
「せっかくの本命で頑張って作ってきたけど、朝そのまま渡しても奈緒ちゃんと円さんの感動に追加されちゃうだけじゃないかと思って」
「だから帰りに、ね」
会話はよく聞こえてこなかったけど
トビ君に見せる紗枝ちゃんの笑顔が、少し頬を染めて照れてるように見えて
なんだよその笑顔。可愛いよ。でも、そんな可愛い顔僕に向けてくれたことなかったのに。
「何でトビ君に見せるのーーーー!!」
「あいつアホじゃな」
「ねー」
満身創痍で家へと帰る僕はどうやら昨年までより落ち込んでいたと思うけど
その帰り道で紗枝ちゃんが照れくさそうに渡してくれた可愛らしい箱に、今日一番に舞い上がり涙を流す程喜んだ僕がいたのは言うまでもない。