入学式を終えて早々に帰れることになった高校生初日。不思議なことに足は体育館へと向かっていて、近づくと聞き慣れた音が聞こえてきた。
誰もいないと思ってたのに。
中の様子を見ると、そこには一人の男の子がバスケの練習をしていた。……小学生…?そんなわけはないだろうけど小さい人。

なのに、彼の放つシュートがあまりにも綺麗で、言葉を失った。


そんな、青の日。





▼△▼



心の底から失敗したと思った。
もっと真面目に勉強していたらよかった。ちょっと軽い気持ちで遊び始めて勉強を怠るから第一志望の高校に落ちてしまい、まさかのバカ高校なクズ高に行くことになってしまうなんて。しかも不良もいるというし、私の輝くはずだった高校生活は音を立てて崩れ去っていく。
これから三年間、私はどうなってしまうんだろう。もっとまともでもっと制服の可愛い、胸を張って通ってる学校を言えるようなところが良かった。そうですかこれが勉強を怠った報いということなんですね。


卒業式を終え約半月。4月に入って新しい季節の始まり。まだまだ硬さのある制服に身を包み鏡の前に立つ。中学の制服も決して可愛いものではなかったけど、なんかこう…もっと選択肢があったはず。
期待と不安でドキドキするはずの入学式は、不思議と不安と絶望感でずーんとした気持ちでいた。空は憎い程青かった。
そのうえ部活は強制とか。そんなの聞いていない。ずっと中学まで部活に時間を費やしてきた私は、高校こそは放課後も休日も遊んで過ごそうと思ったのに。


「部活…どうしよう…」


沈んだ気持ちで廊下を歩いていると、ちょうど曲がり角で飛び出て来た人とぶつかってしまった。何このありきたりなシーン。
相手のスピードがあったためか、私も相手もお互いに尻餅をついてしまう。真新しい制服さっそく汚す羽目になった。やっぱり私の高校生活良い事なさそうである。


「いったあ…」
「あああ!ごっ、ごめん!大丈夫!?」
「ちょっと…!少しは気をつけて歩けない…の」


いくらバカ高校といえど廊下を走るのは良くないと思う。まさにここで被害者が出ているわけだし。痛むお尻を摩りながら、すぐに立ちあがって私に声をかけてきた人を見上げる。
説教の一つでもしてやろうかと眉を寄せて顔をあげた私は、すぐにそんな勢いを失くしてしまった。
目の前で心配そうに見下ろし、私を立たせようと手を差し出す男の子。身長に似合わず意外と大きかった手を見て、私は目を離せなくなった。


入学式の日、もう帰ろうとしていた私は吸い寄せられるように向かった体育館で、たった一人でバスケの練習をする生徒を見つけた。それが今目の前にいる彼だ。
子供みたいな見た目にそぐわず、洗練された美しいシュートに、私は初めて“見惚れる”という行為をしていた。

この手で、あのシュートを打っているんだ──…



「ぼ…僕の手、何か変?」
「!」


私は不自然な程その手を見つめていたらしい。その手の本人に声をかけられてハッとした。再び彼を見れば居心地が悪そうに私を窺っていて、すぐにその空気を変えようと咄嗟に差しだされた手を掴んだ。不意打ちだったのか少し目を丸くした男の子だけど、すぐに手を引いて私を立たせてくれる。並んで立ってみるとやっぱり彼は小さくて、女子の私よりも低いときた。制服を見るかぎりこれで高校生というのだから…はたして彼の成長期はいつくるのだろうか。


「本当にごめんね、僕急がないと部活遅れちゃうんだ!」


部活


「もしかして!」
「?」
「バスケ…部?」


またも立ち去ってしまいそうだったのを、私は思わず引き止めていた。振り向いた男の子はきょとんとした表情をしたけど、すぐに笑顔で頷いてみせる。


「──…バスケ、好きなの?」
「え?」
「前に、君の自主練見たの。凄い努力の成果だって、シュート一本見ただけで分かった」


私の言葉にきっと彼は不思議なことだらけですぐに反応を示せなかった。ぽかんとした表情で私を見つめたまま数回瞬きをする。凄く子供じみた表情。



「……好きだよ!」



──なんて嬉しそうに、答えるんだろう。


「僕のシュート見て努力してるってのが分かるってことは、バスケやってたの?バスケ部にはいないよね?見た事無いし」
「……私はまだ…部活探してるところで」
「あ、そうなんだ。じゃー…待ってるね!」


え?

笑顔で言いのけた彼の言葉の意が掴めず、今度は私がぽかんとする番だった。対して相手はニコニコと笑顔を向けたまま。



「練習!毎日朝も放課後も、昼休みも出来る時はやってるから!いつでも様子見においでよ」



探してるとは言ったが、バスケ部に興味があるだなんて一言も言っていない。とんだ勘違いをされてしまったようなので、早いことその誤解を解かないと後々面倒になりそうだ。


「あの…私バスケ部に入るつもりは」
「え?どーして?」
「どーしてって…」
「体育館に来たってことは、少なくとも嫌いではないんでしょ?」


えーっと…。

疑いのないまん丸の瞳を私に向ける彼。こんな純粋な表情を見せる高校生が世の中まだいたのか。漫画だけの世界だと思ってた。
そんな表情を向けられた私としては、慣れない対象物を前にそれを壊してしまうんじゃないかという恐れから何も言えなくなっていた。つまり彼の傷つく顔を見たくはないのである。いうなれば小学生にサンタはいないんだよと現実を突きつけ、夢を壊すようなシーンが一番しっくりくる。

何も言わない私に彼は肯定と受け取ったのか、またにっこりと笑って


「僕、車谷空!君は?」
「……八代紗枝」
「じゃあ八代さん、」



「待ってるね!」



ああ…バスケなんてもう関わらないと心に決めた、中学生の私は何処へ。




(つづいてしまいます)
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