本当は そんな言葉聞きたくなかった。



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バスケ部に入ろう。


毎日練習を見学し、少しだけ参加させてもらう日々を過ごすうちに私はやっと決心がついた。だけど未だに入部届を出すことができない、一つの大きな問題が私に突きつけられていた。
それは男子バスケ部と女子バスケ部、どちらに入るかということ。
もちろんバスケはやりたい。この学校のバスケ部はみんな熱心に練習に取り組む人たちだから、私もたくさん努力してバスケに向き合うことができると思う。だけど、マネージャーとして、側で先輩たちのプレーを見ていたいと思うのだ。面白いバスケをする人達が集まった男子バスケ部は、きっとバスケの経験がない人でも見入ってしまうようなプレーをするから。バスケをしていた私にとっては、尚更。
そして、マネージャーとして 先輩を支えていたいし…たくさん先輩を見ていたい、とも思うわけだ。

──って


(そんなやましい理由でバスケ部入っていいのかなぁ……)



真剣にバスケをする人達の中で、私一人そんなんでいいのだろうか。


移動教室のためうんうんと悩みながら廊下を歩いていた私は、聞き慣れた声が聞こえた気がして足を止める。声のした方へ近づくとそこは階段の踊り場で、先輩を見つけた。先輩は笑顔で嬉しそうに会話をしている──薮内さんと。

女子バスケ部とも関わりが出来た私は、何人か部員の人を覚えていた。その中でも優しく声をかけ私のことを気にかけてくれていたのが薮内さんだ。綺麗で努力家で本当に完璧な人だ。七尾さんとは違うタイプだけど、女性として憧れる人。女の私がそう思うのだから、男の人もそりゃあ好意を抱くことだろう。──まさか先輩がその一人だったとは思わなかったけど。


(…なんか、やだな)


そんな嬉しそうな表情見せないでほしかった。
胸中を渦巻く黒い感情が嫌でも私の醜さを物語っている。これが世に言う嫉妬というやつか。お世話になっている薮内さんに対して疎ましく思ってしまうなんて…本当、嫌な奴だな。


「あれ?八代さん!」
「!」


ボーっとその場に立ち尽くしていた私は、聞こえてきた声にハッとする。顔をあげると先輩が私の方に歩み寄ってきていた。先輩の後ろにいる薮内さんも私に笑顔を向けている。
ああ…二人とも私に優しくしてくれているのに、私だけこんな感情を抱いてる。いやだ。いつもみたいに笑顔になれない。きっと今の私は酷い顔をしている。見ないでほしい。先輩にこんな顔、見られたくない。


「す、すいません」
「?」
「私…授業、遅れちゃうんで」


俯いたまま言うだけ言って、歩み寄ってきてくれていた先輩の横を通り過ぎ、階段を小走りで上った。




窓の外を見つめながらもの思いに耽るうちに、気付けば今日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。ああ…ノート、まともにとれていない。今度友達に見せてもらおう。ホームルームも早々に終わり帰り支度を始める。ふと持ってきていたバッシュに視線がいき、自然と溜息が零れた。最近は放課後が待ち遠しかったのに、今日は…体育館、行きたくないな。


「八代さん」
「…!」


この教室で聞く筈のない声が頭上から聞こえて、目を丸めた。驚きのあまり、咄嗟に顔をあげてしまう。そこには聞こえた声の通り先輩が立っていた。何となしにクラスを教えたことはあったけど、先輩がうちの教室に来るのは初めてだった。私は顔をあげたまま言葉が出ず、先輩を見上げたまま固まってしまう。


「せ、先輩…どうしてここに」
「いや、さっき廊下で会った時、ちょっと元気無さそうだったから心配になって。今日部活来れそう?」


何とか絞り出した私の問いに笑顔で答えを言った後、不安げに顔を近づけて首を傾げる先輩。自分の変化に気付いて心配し、わざわざ教室にまで出向いてくれたのは嬉しかった。だけど同時に自分の中の汚い感情を思い出し、気まずさから顔を逸らしてしまう。それは先輩の心配を煽るだけだったけど。


「八代さん…?やっぱり今日ちょっと変だよ。保健室行こう!立てる?」
「あの、私」
「?」


私を立たせるためにと自分の腕に近付いた先輩の手をかわして、話を切り出す。


「もうバスケ部に行くの、やめます」
「……え」
「他の部でやりたいことを見つけたので、もう行く理由が無くなりました」


先輩の顔は見れずに言うことだけ言う。顔は見れてないけれど、視界に入る先輩の体が全く動かないところを見ると驚いているようだ。それもそうだろう。ここ最近毎日部に顔を出していたというのに、突然別の部への入部を決めたというのだから。そんな兆し私から感じることはなかっただろう。今日の授業中に出した答えだもの、当然だ。
けど仕方なかったの。自分が嫉妬していると分かった途端、皆に合わせる顔がなくなった。先輩への独占欲と薮内さんへの罪悪感…こんな状態で毎日顔を合わせることになるなんて耐えられない。
そもそも間違いだったのだ。部活に対して恋愛感情を持ち込んだ時点で、私がおかしかったんだ。


「──そっか」


やっと、先輩の声が頭上から聞こえる。恐る恐る顔をあげて様子を窺うと、先輩は──笑ってた。



「八代さんがやりたいこと見つけられたんなら  よかった」



眉を下げて少し寂しそうに、でも彼は笑っていた。その複雑な表情の意味が私には分からなかったけど、何故か胸はちくりと痛んでいた。


“よかった”なんて 言わないでよ。




(やっと折り返し地点)
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