「あーあー降ってるなぁ…」


気付けばもう梅雨なんだなあ、なんて昇降口で傘を手に溜息を零した。


「あれーっ!?傘がない!!?」


そんな大きな声が聞こえて振り向く。声で誰かは分かったけど、予想通り、傘置き場を前に頭を抱える空くんがいた。



▼△▼




雨が続く梅雨の時期の到来だ。じめじめとした空気と迫りくる夏の所為で暑さが増し、生徒たちも文句を口々に言いながら下校していく。
紗枝もその一人だ。
昇降口に立ち、灰色の空から降り注ぐ雨を見つめて今日も雨かと溜息を零す。朝持ってきた傘を手にいざ広げようとすると、


「あれーっ!?傘がない!!?」


背後から焦りと驚きに満ちた大きな声が聞こえてくる。聞き覚えのある声に誰だかは見当がついたが、振り向いて姿を確認した。
傘置き場を前に頭を抱える小さな少年が、そこにいた。


「──空くん、傘どーしたの?」
「え?あ、紗枝さんっ」


踵を返して空のもとへ行くと、黒髪から手を離して空がこちらを見る。


「実は朝持ってきた傘が誰かに持っていかれちゃったみたいで……」
「あー…災難だったね」
「ううう…こうなったら濡れて帰るしか…!」


不幸に見舞われ嘆きながらも、ずぶ濡れで帰る覚悟を決めて走り出そうとする空を引き止める。きょとんとした顔で振り向いた空に、紗枝は小さく笑って自分の持つ傘を見せるように持ち上げた。


「帰る方向一緒だったよね」
「え……えぇ!?い、いいんですか!?」
「モチロン。空くんに風邪ひかれるの嫌だもん」


当然の提案だと個人的には思っていたのだが、空は相当驚いたよう。肯定した自分の言葉に、何故だか顔を赤くしながら小さく頷いた。
そんな姿が可愛い、なんて思って小さく笑う。


昇降口に戻って傘を広げて空を促すと、そばに寄って来た空は紗枝から傘を奪い取るではないか。今度はこちらがきょとんとする番。


「僕が持ちます!!」


真っ直ぐとした目でこちらを見上げて言う空に、紗枝は何度か瞬きをしてから、言葉を選びつつ彼に告げる。


「…え、でも…空くんが持ってると、私傘に頭ぶつけちゃう、かな」


時には小学生と間違えられるほど身長に恵まれなかった空は、女子である紗枝よりも当然低い。そして悲しくも紗枝は女子にしては身長がある方だった。


「大丈夫です!ちゃんと腕高くします!」
「腕疲れちゃうよ」
「鍛えてるんで問題ないです!シャツで見えないけど僕結構筋肉あるんですよっ!!」


それは多分、嘘だろう。
けど空が必死になる気持ちは分かる。確かに相合傘で女に傘を持たれることほど屈辱なことはないだろう。
空が進んで持つと言っているのだし、ここは大人しく従おうか。
少し考えてから紗枝はそんな考えに行きつき、空に視線を戻して笑顔を向けた。


「じゃあ、宜しくね、小さな紳士さん」
「“小さな”は余計です!」


ムッとして言い返しつつも、“紳士”と言われたのが満更でもなかったのかどこか嬉しそうな表情だ。
感情を隠しきれず顔に出てしまうようなところは、本当に見た目通りに子供。そんなとこが愛らしいなとこの後輩を愛でていたが、並んで歩く彼の肩が濡れているのに気付いてそんな考えもちょっと改める。
遠慮してるのか自分と少し距離を開けつつも、しっかりと自分が濡れないように傘を傾けている空。そんな当たり前のようにしている行動が意外にも“紳士”という名に相応しくて、少しだけ抱いたときめきを胸に秘めそっと彼に一歩近づいた。



「──空くん肩濡れてる」
「えっ、気の所為ですよ…!」



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