※「空色デイズ」未来のお話
「さ、できましたよ」
鏡の前に移動して、普段から劇的に変わった自分の姿に驚かずにはいられなかった。タニと二人で選んだ白いドレス、普段ではしないような化粧や髪型。我ながら…結構良い感じじゃないだろうか。
「とても綺麗です。きっと新郎さん、驚きますよ」
「あは、どんな反応しますかね」
にこやかな笑顔でタニを呼びに部屋を出て行った女性スタッフの人。
私はもう一度鏡へ視線を戻した。
私は今日から、
“車谷”になる。
▼△▼
『あのさ、』
『んー?』
『僕と結婚してくれるってことは、紗枝ちゃんは“車谷”になるってことだよね』
『車谷紗枝かぁー当分は慣れないね。そもそも言いづらい』
『そしたら、紗枝ちゃんが僕のこと“タニ”って呼ぶの、変になる よね』
『え』
僕が紗枝ちゃんに一世一代のプロポーズをしたのは、僕と女子に戻った紗枝ちゃんが大学を卒業して、お互いに働いて少ししてからのこと。同棲始めて、貯金が溜まってから結婚の手続きを始めて、そうしてやっとこの日が来た。
普段着るスーツと似てるようで少し違う燕尾服は、着るだけで少し背筋がピンと伸びる。いつもはそのままの黒髪もワックスで整えられて違和感が拭えなくて、思わずそっと自分の頭に触ってみる。
「新婦さんのご準備が出来ましたよ」
「!あ、はいっ」
スタッフの人に声をかけられて慌てて頭から手を離す。にこやかに微笑む女の人に案内されて一室に入った僕は、息を呑んだ。
「──…あ、タニ」
数人の女の人に囲まれ、大きな鏡の前に立つのは、紗枝ちゃん。
二人で見に行った先で決めたドレスを身に纏い、普段とは違う化粧を施し、髪も頭上で結われ花の飾りをつけて
本当に、本当に
綺麗だ。
「──…」
出会った時は男の子だとばっかり、思ってたのになあ。「俺」って言って口調も結構乱暴で、やることも滅茶苦茶で無鉄砲で、僕に負けないバスケ馬鹿。
変わらないところも沢山あるけど、確実に紗枝ちゃんは女性としての魅力が増していってる。
「…ちょっとー何か感想とかないわけ?」
自然とその姿はいつもより大人びた印象を与えたけど、喋ってみれば何てことない、いつもの紗枝ちゃん。眉を寄せて少しだけ唇を尖らせて僕を見てくるその表情だって可愛くて、ドレスのおかげでいつも以上に魅力的だ。
ああ、もう。元から僕は、紗枝ちゃんのこと本当に大好きだから、表情だって仕草だって言うことやる事全部に惹かれる。それなのにこのウェディングドレスを着て好きな人が惚れた表情をするんだから…凄い破壊力だと思う。
「……いや……こんな綺麗な人が…僕のお嫁さんなんだって、なんか、信じられなくて」
「……」
熱くなっていく顔をあまり見せたくなくて自然と俯きながら途切れ途切れに喋る僕。正面に立つ紗枝ちゃんをチラッと見てみれば、紗枝ちゃんまで頬をピンク色に染めていた。勿論それも可愛い。
「タニも…いつもと違ってキマってんじゃん。格好良いよ」
「あ、ありがとう」
二人して顔を赤く染めているもんだから、周りにいたスタッフが小さく笑いながら「お嫁さんだって」「可愛いカップルね」「初々しくていいわぁ」なんて言ってるのが聞こえて、僕は慌てて別の話題を探す。
「きょ、今日!晴れて良かったねっ」
部屋に差し込む日差しに気付いて僕は慌てて窓から外を見て言う。せっかくだからジューンブライドということで6月にしようということになったけど、梅雨が始まるから正直天気は不安要素だった。でもそんな不安が馬鹿らしくなるほどの快晴で、真っ青な空が広がっている。
「だから言ったでしょ、晴れるって」
指差した僕につられて窓から空を見上げた紗枝ちゃんは、微笑みを浮かべながらそう言う。結婚式の日取りを決める時も、天気は大丈夫かと聞く僕に紗枝ちゃんは同じように「大丈夫だと思う」と言っていた。よく分からない自信に首を傾げていたのをよく覚えてる。
その謎は未だに解けなくて、僕は外を見つめたままの紗枝ちゃんに訊ねた。
「何で晴れるって分かったの?」
その問いに、紗枝ちゃんの視線が僕に戻って、目を細めて口角を上げる。白い手袋をつけた細い手が、窓越しに空を指差して、
「だって、由夏さんもきっと タニの晴れ姿見たいはずだから」
「──…」
母さん
僕は 本当に素敵な人を見つけられたと思う。
抱きしめたくなる衝動を必死に抑えて、紗枝ちゃんにお礼を言うとニッと笑顔を見せる。ドレス姿には似合わない幼い笑顔は、出会った当初から見て来ていたから自然とホッとした。
胸から溢れる大好きって気持ちを少しでも伝えたくて、紗枝ちゃんの手をとり両手で包み込む。
「紗枝ちゃん」
「ん?」
「絶対に、幸せにします」
この人となら、僕は幸せになれるから
そんな人を、僕の力で精一杯、幸せにしてあげたい
心の底からそう思えた。
「──…宜しくお願いします 空」