※体が不自由な女の子(
必読)
駆けまわれる人を見て懐かしさと羨ましさで胸がいっぱいになる。前は私もあんな風に走って笑っていたのに。病気で面白いぐらいに私の言う事を聞かなくなった両足の所為で色んなものを失ったが、車椅子生活にも慣れてしまい不自由はするがそれなりの高校生活を過ごしていた。
友達にも恵まれ、友達と一緒にバカをやったり勉強会をしたり、笑い合う。歩けない以外は普通の女子高生だと思う。
友達が部活に行ったのを見送ってから委員会の仕事に取り組む。歩けないために部活が強制のうちの高校で唯一、任意入部の私は、部活に入らず他の仕事を頑張った。私が頑張れば皆が部活に集中できるから。
長引いてしまって気付けば外は暗くなっていた。
高校まで、車椅子で15分程で家に着く。最初は送り迎えしてくれていたけど、親にも負担をかけてしまうからとなるべく自力で生活するようにした。
多くの部活が終わって学校が静まり返る中、帰路につこうとした私の耳に、懐かしい音が聞こえてきた。
音のする方を見れば体育館。まだ、明かりがついてる。
こんな時間まで、誰がいるのだろう。そんな好奇心で思わず体育館へと車椅子の方向を変えて進みだした。
苦労しながらも何とかスロープを使って体育館へと到着すると、広い体育館でたった一人、バスケのシューティングに勤しむ男子がいた。
──小さい人…一年生かな?
彼は主にゴールから離れた位置からのシュートに力を入れているようだった。あの身長だから、シューターになろうと思うのは当然のことだろう。
「……」
私の足が、まだ私の言う事を聞いてくれていた頃
私もこのような体育館でバスケットボールをドリブルしながら走り回っていた。
バッシュが床と擦れる音、ボールがバウンドする音、ゴールリングに触れず決まったシュートは、ボールがネットに掠った音だけがする。
綺麗な音。綺麗なシュートを打つ人だなあ。
フォームを見て分かる。きっと彼は凄くバスケが好きで、凄く努力してきたんだろうと。
(──いいなあ)
私も、あんなシュートまたうちたい。
もう、叶わないことなんだ。
あの時は走れるのが当たり前だった。バスケしてることが日常だった。こんなことになるなんて誰が予想しただろう。
過去の自分を思い出して目を細めた頃、彼が私に気付いたのか視線を向けてきた。
「八代さん!」
「……えっと」
「あ、僕車谷空!隣のクラスだよ」
どうやら同い年らしい。まぁ、私はこんな体なので自然と目立つし、あまり良い意味ではなく有名人。全然知らない人に名前を覚えられてることにはもう驚くこともない。
「こんな時間までどうしたの?」
「委員会の仕事。車谷君こそ、練習熱心だね」
「日課なんだ」
日課。毎日遅くまで練習を…
「…バスケ好きなんだね」
「うん、好きだよ!」
「凄いなあ。今度また練習見に来てもいい?」
「え、うん、いいけど…八代さんバスケ好きなの?」
「好きだよ。歩けてた頃はバスケしてたの」
「え!そーなの!?」
歩けない私しか知らないだろう車谷君には衝撃的な話だったのだろう。視線を斜め上へと向けて少し黙った車谷君は、今おそらくバスケをしてる私を想像してる。
「…いつまでバスケできてたの?」
──こんな質問、初めてされた。
大概は私に気を使ってか、病気のことに関して聞いてはこなかった。別に私も悲劇のヒロインを気取りたいわけではないので大っぴらには話していない。勿論信頼してる友達にはちゃんと知っておいてほしくて自分から話したけど。
だから、今初めて話したところだというのに、彼は直球で聞いて来たから少し面喰った。
「……中学2年だよ。少し前からちょっと足に違和感感じたことはあったけど、試合前についに動かなくなっちゃったんだ。やっとレギュラー入りしたのに、試合出れないままバスケ人生終わっちゃった」
「…そうなんだ」
「車谷君は試合出るの?」
「モチロン!出るよ!」
「いいなー」
ぐっと拳を作って誇らしげに言う車谷君に小さく笑って、バスケットゴールへ視線を向けた。
「私もまたシュート決めたいなあ──…」
もう、叶わないことだけど。
「はい!」
諦めに満ちた表情でゴールを見つめていた私の前に、ボールが差し出された。ボールを持つのは車谷君で、疑問符を浮かべる私に無理にボールを持たせると、私の後ろに回って車椅子を押した。突然のことに吃驚し、抵抗も出来ないうちにある場所で動きが止まる。
それは、ゴールの正面だった。
懐かしい距離。フリースローラインに移動された私は、ゴールから視線を後ろへ移す。満面の笑顔で車谷君が私を見下ろしていた。
「さ!シュート打って!」
「…いや…あのね、車谷君。ジャンプできない私にこの距離は届かないよ…」
「いいからいいから!」
以前なら軽々と届いて、大方決めることが出来ていたフリースロー。だけど足のバネを使いボールを放っていた私にとって、足が動かず腕だけでシュートを放つのではまるで力が入らない。試したことはなかったけど、普通に頭で考えて分かることだ。
バスケをしている車谷君にだってそれは分かることのはずなのに、何故だか彼は私にシュートを打たせようとしている。
困ってしまった私を余所に、車谷君は軽い足取りでゴールの近くにまで移動してシュートを促した。
「……」
このままでは埒が明かないだろうから、私は渋々シュートを打つ。まぁ渋々といったって、元バスケプレイヤーの手前、雑なシュートを打つわけじゃない。しかもあんな綺麗なシュートを打った人の前でやるのだから、尚更。
息を吐き出して、ゴールを見上げる。下半身に力が入らないかわりに、腕にめいっぱいの力をこめてボールを放った。
ボールは宙を描き、ゴールリングを──くぐるどころか、届きもせずに下へと落ちて行く。ああ…あとちょっとだったなあ。
遠いや。
「入った!!」
「…え?」
「入ったよ八代さん!今見てた!?」
私がゴールを見つめ虚しさに目を細めていたのに、そんな空気をぶち壊すような明るい声。視線を向ければゴール下付近にいた車谷君が、両腕でわっかのようなものを作っていた。足元では何度かバウンドし、転がるボール。
「……え?」
「あれ!?見てなかったの!?せっかく入ったのに…!」
「入った、って…え?」
「じゃあ、もう一回ね!」
戸惑いを隠せない私を置いてけぼりに、車谷君はボールを拾い上げて軽く私に放る。そんなことされたのが久々でドキッとした私だけど、流石、投げる人が上手い。ボールは私が移動しなくても私のお腹あたりへと落ちて来て、難なくキャッチできた。
「ゴール、狙って打って、ちゃんとボール目で追ってね!」と、自分の頭上にあるゴールリングを指差してから、両手で再びわっかを作る車谷君。…何なの、この人。
意味が分からないまま、私は再びシュートを打った。それはやっぱりというか、虚しくも届くことはない。だけど今度は宙を描いたボールをちゃんと最後まで視線で追っていると、ボールは──車谷君の腕のわっかの中へと落ちた。
「ね?入った!」
同じくボールを目で追って自分の腕を通って行ったそれに、車谷君は顔をあげて満足気に笑顔を向けてきた。
私は
そんな彼の笑顔を見て、目尻が熱くなる。
「……っふ」
「?」
「ふ、ふふ…あはははは!何それ!」
「え…!?そんなに笑う!?名案だと思ったんだけど…!」
「だって、ゴールが自分から動いてボール入れにいっちゃダメじゃん!」
「それは、八代さんにシュートの嬉しさを思い出してもらおうと…」
「何より低いよ、ゴール!」
「何をう!?これでも僕身長170cmあるんだからね!!」
「170!?うっそだー!」
思いっきり笑う私と、笑われるのが不満だったのか口を膨らませる車谷君。
私は明るい声を出して笑いながらも、それとは不釣り合いな目から零れ落ちるものを手で拭った。車谷君の行動がおかしくてしょうがないのに、胸にひろがるこの言葉にできない感情は何だろう。
今までのこと、私の僅かに抱いていた気持ちなんかを事細かに説明すれば非常に長くなりそうなこの感情。
一言で表すなら、“嬉しい”のである。
「そんなに笑わなくたって…って、え!?うそ!?まさか泣いてるの!?」
「…っう…ふぇ……」
「えええ!?ごめんなさい何でか分かんないけど本当ごめんなさい!!170cmは嘘です!!嘘ついてごめんなさい!!」
とんだ勘違いをして必死に謝る車谷君に、涙が溢れて止まらないまま、私はまた小さく笑った。本当、変な人。でも…
「ありがとう…車谷君」
涙を拭いながらも笑顔でお礼を言うと、彼は騒がしかったのが嘘みたいに静まり、顔を赤く染めた。気恥かしいのか頭を掻いて視線を彷徨わせた後、転がったままのボールを拾い、やわらかいパスを私に送って言うのだ。
「パス練習も、久々でしょ?」と。またその笑顔で。
ああ、歩けなくなってもうやるべきじゃないんだと思っていたバスケ。こんな私にもプレイヤーだった頃の記憶を思い出させてくれる彼の優しさに、私は僅かに惹かれている。