※「ヒカリヘ」夢主





紗枝は一人玄関で正座して人を待っていた。
外は綺麗な月が見える程の夜だというのに、電気もつけず真っ暗な銀時の家にいる。


「あぁぁああ…十二時になっちゃったよ……」


時計を見れば既に日が変わっている。
紗枝は一つ寂しげに溜息を吐いた。
肌寒くなってきたので、銀時の寝室から勝手に布団を引っ張りだしてぬくぬくと暖まる。
銀時の匂いがしみついた布団にニヤけながらも、紗枝は本人の温もりを求めていた。


紗枝は銀時を待っているのだ。






「!」



ガラッと玄関の扉が開いて紗枝がハッとして顔をあげる。
家に入ってきたのは、紗枝が待ち焦がれていた人物…大好きな銀時だ。
しかし、紗枝が表情を明るくさせたのは一瞬だけのこと。
銀時を見て紗枝はすぐに顔をしかめた。



「あ〜紗枝じゃねーか。お前何起きてんの?ガキは早く寝ないとダメでしょーが」
「……ダメな大人に言われたくないっすね」



紗枝は睨むように、泥酔状態の銀時を見上げた。
一気に不機嫌になった紗枝は包まっていた布団を持ち主に投げ付け、ふらついた銀時の足首を掴んで引っ張る。
勿論銀時は転んで床に頭をぶつけたわけで、これは紗枝の狙いである。


「いだっ!ちょ、紗枝ちゃん何でわざわざ足掴むわけ!?すんません頭擦れてるから!ハゲるから!」
「そのままスキンにして天パキャラ卒業したらどうですか。わーよかったねーもう髪で悩むことも無いよー」
「俺はストパーになりたいんだって!ていうかこの嫌がらせ何!?」
「死ねば良いのに」
「なんか凄い冷めた声で言ったな!紗枝俺に片思いのキャラじゃないっけ!?」
「あぁ、そんなのもありましたね」


銀時を引きずる際に家にある家具などの角にぶつけるようにする。喚く銀時を寝室まで連れて敷いたままの布団に転がした。
そして今まで自分が使ったはずの掛け布団を銀時に乱暴に被せて部屋の襖へ向かった。




「銀さんなんか嫌いだもん!!バーカ!!」




最後にそういう紗枝の目には涙が溜まっていた。







+++++







「ん…」


目が覚めて暫くしてから、銀時は毎朝の習慣なのか自然に脇腹へ手をやる。
いつもここには、夜這いしては勝手に布団に入り込み一緒に寝ている紗枝がいるのだ。
紗枝を退かす為に手を動かした銀時だが、その時彼女がいないと始めて知る。


「……」


珍しい。
どれだけ寝る前に忠告しておこうが構わず布団に入ってくるのに。

とりあえず起きようと銀時は体を起こす。
頭に痛みが走る。完全なる二日酔い。
心なしか体の所々も痛かった。


「あ゛〜〜…昨日俺よく帰ってこれたな…」


そう独り言を呟きながら重い体を動かして寝間着のまま部屋を出た。
仕事の依頼を聞く部屋となっている居間には、新八と神楽だけがいた。
一人いない。


「あ、銀さん。おはようございます。アンタ起こそうとしても全然目覚まさないんで放っときましたよ」
「おー…」
「銀ちゃん!紗枝知らないアルカ?」
「あ?それ俺の台詞なんだけど」


だいいち、今まで寝ていたのに分かるわけがないだろう。


「昨日帰ってこなかった銀さんを待ってるって言って…そのまま神楽ちゃんが寝るまでは起きてたみたいですよ。銀さん昨日帰ってきてから見てませんか?」
「あー、俺昨日酔ってて覚えてないから」
「アンタ紗枝さんが待ってる間酒飲んでたんですか!!」
「いや、俺紗枝が待ってるとか知らなかったから」


悪びれる様子も、紗枝を心配する様子も見せない。
考えてることを表に出さないのが彼らしいのだが、やはりたまに困ってしまう。


「それよりよォ…なんか、臭くね?」


耳に指を突っ込みながら部屋をつつむこの世のものではないような異臭に顔をしかめた。
それに新八は困ったように「あぁ」と呟いて台所の方を指差す。
銀時は素直に台所へ向かった。




「何じゃこりゃァァァアアアア!!」




思わず叫んでしまった。
台所には、“この世のものではないような異臭”を放つ“この世のものではないような異物”があった。
真っ黒で原型が分からない程崩れていて、所々にカラフルな物体が見え隠れするどこか悲しいオーラさえ放つ背筋が凍るような恐ろしいそれ。
銀時は鼻をつまんで吐き気を何とか抑え居間にいる新八と神楽に声を張り上げた。


「何あれ!?誰が持ってきた!?寧ろあれ持ってきたのか!?作ったのか!?」
「いやぁ…僕が朝来た時には既にありまして」
「捨てろよ!!」
「勝手に捨てるわけにはいかないでしょ。それに…どう処分しろっていうんですか」
「…………」


触れば何かに感染してしまいそうな、寧ろ体が溶けてしまうのではないかなどと有り得ないことを考えてしまう程の代物だ。
触れる人がいればヒーローも夢ではないだろう、少なくとも銀時達の中では。


「…だ、誰かいけよ」
「無理ですって、アンタ家の主なんだから行ってくださいよ」
「いや、俺今日ちょっと黒い物触ると死ぬって占い出てるから。神楽いけ」
「酢昆布くれるアルか?」
「やるやる!やるから早く!」


定春と戯れていた神楽が「弱っちいネ」と呟きながら台所へ向かった。
それにホッと一息ついたのもつかの間。




「!!!」




ベシャ!と音をたてて銀時の顔面に異物をぶつけた。
何の恨みがあるというのだろう、酢昆布あげるって言ったのに。
新八も神楽の予想外な行動に口を開けている。
銀時もまさか自分に被害が来るとは思ってなかったので、口内に入ってきた異物を飲み込んでしまった。


「神楽ちゃん何してんのォォオオ!?」
「食べたらどうなるかなって」
「子供の好奇心変なとこで発揮しないでくんない!?危うく人殺めそうだから!」
「銀ちゃんなら大丈夫ネ!多分」
「多分じゃダメだから!遅いから!!」


神楽へのツッコミを終え被害者:銀時へ目をやる。
顔を青くして異物のとんでもない味に悶絶していた。
暫くすれば、口元を押さえて台所へ駆けていく始末。
食べなくてよかったと思う半面、被害に遭った銀時に同情した。










++










銀時が厠に駆け込み、出てきたのはかなり時間が経った頃だった。

妙の作った料理並の威力を発揮した未だに正体不明の異物。
結局銀時が厠で苦しんでいる時に異臭に耐えられなくなった新八が捨てた。
しかし台所に異臭は未だ残っている状態である。


「し…死ぬかと思った。銀さんちょっと宇宙が見えた気がする。地球って青いんだなー」
「良かったですね、宇宙飛行士でもないのに地球見れた人なんてそうそういないですよ」


腹を押さえて厠の扉を閉め、一息つく。
居間を見渡して、先程いた人物がいないことに気付く。


「…神楽は?」
「定春と散歩に行ききましたよ」
「アイツ…誰のせいで俺がこんなめに遭ったと思ってんだ」


そう呟いて舌打ちをする。
頭をボリボリと掻きながら居間を再び見渡し、時計を見た。
もう昼を過ぎていた。




「紗枝さん、まだ帰ってきてないんですよね」




まるで銀時の心を読んだように、未だに顔を見せない紗枝を心配して新八が呟く。
バイトはない。出かける時は必ず万事屋の誰かに言伝を頼む。


流石に、心配になる。



「………おし、いっちょ出かけるか」
「?どこ行くんですか?」



銀時は玄関の扉を開けてから新八に振り向いた。







「パチンコだよ」












+++++

















「うわ…昼過ぎちゃったよ、しかも誰にも何も言ってないし」


紗枝は数十センチ四方の白い箱を持って溜息を吐きながらかぶき町を歩いていた。
先程まで仕事をサボっている沖田と偶然会い他愛ない会話をし、昼を御馳走してもらっていた。
すぐ帰るつもりだったのに、いつの間にか銀時の家を出てから長い時間が経っている。
新八が出勤する前だ、相当沖田と話していたことになる。
流石に新八が心配しているはずだ。
元々自分は銀時達のように喧嘩は強くないし、馬鹿で阿呆。
一人で歩かせるのは危険だ、ぐらい思っていそうだ。


(………帰ってから、何て言おう)


脳裏に銀時が浮かぶ。
ちょうど半日程前に銀時に些細ではあるが暴力を奮ってしまった。
勿論悪いのは銀時である。
しかし、だからといっと暴力が良いとは思ってない。
それに、大好きな銀時には嫌われたくない。



「…………」




約束は、覚えていてほしかったなぁ。








「……銀さんは、あたしのこと、どーでも良いのかなぁ――――…」








一人になると、色々考えてしまう。

あたし、万事屋にいたら迷惑なのかな。
銀さんにとっては、あたしなんてどうなろうとも関係無い存在なのかな。
あたしとの約束は、酒に負けるぐらいにたいしたものじゃないのかな。

色々考えた末、視界が歪んできて涙が溢れてしまう。
道のど真ん中で、服の袖で涙を拭った。





「どーでも良いように思うのかよ」
「!!?」



肩越しから、低い男性の声。
声の主はすぐ分かった。


「ぎ…銀さん!」


振り向けば、背後に立っていた銀時と目があった。
あった瞬間、気まずくて俯いてしまう。
そんないつもと様子のおかしい紗枝に何かと思いながらも、銀時は口を開く。


「朝っぱらから伝言も置き手紙も無しにどこ行ってたんだよ、ガキ二人が心配してたぞ」
「ぁ……す、すんません」


銀さんは、心配しなかったのかな。
内心で呟くが、声には出せなかった。


「んで?どこ行ってたんだよ」
「…その、誕生日の…お祝いに……」
「誕生日?誰の」


小さな声で答えた紗枝の言葉にまた質問を投げ掛ける。
それに紗枝が顔を上げて少し大きい声で言った。



「銀さんの!」



紗枝の真っ直ぐな瞳と銀時の死んだ魚のような目が交わる。


「……何でお前知ってんの?」
「ファンなら基本中の基本です」


確かに今日は誕生日だ。
しかし言われるまで忘れる程、どうでも良い日。
新八にも神楽にも教えてないから、随分久々に他人に誕生日について触れられた気がする。
勿論今日「おめでとう」などとは全く言われてない。


「…じゃあ、それは?」


紗枝が持っている甘い芳しい香りのする箱を指差す。


「これは、ケーキ作るのに失敗してしまってお店で買ってきたケーキです」
「……………」


暫く無言でいた銀時だが、脳裏に浮かんだアレを思い出して恐る恐る訊ねる。


「台所に失敗したケーキ放置してたか?」
「あ…片付けるの忘れて、帰ってきてからやろうかなって思ってたんです」


瞬間、銀時は紗枝の頭を思いきり殴った。
「いだっ!」と声を出してから紗枝は頭を押さえて銀時を見上げる。


「何すんですか!」
「それはこっちの台詞だっつーの!何してくれてんだよ、お前のせいで俺がどんだけ厠に閉じこもってたか分かるか!?」
「え、あれ食べたの…?」
「そんな冷たい目向けてんじゃねー!無理矢理食わされたんだよ!しかも甘いもんをあんな恐ろしい物体に変えやがって!!金も材料もまるで無駄にしてんじゃねーぞ!うちは何においても余裕が無いってお前も分かってんだろ!」
「わ…分かってますけど……銀さんに何あげたら良いか分かんなかったから…甘いものなら喜んでくれるかなって」
「甘いどころか負の味がしたぞ!食った瞬間広い広い荒野が見えたね!!」
「それはまた新しい味ですね」
「また殴られたい?」


「あーぁ…勿体ねーな。材料達も泣いてら」


パチンコで負けてばかりの駄目な大人には、言われたくない。

散々言われて素直に謝ってる程、紗枝の心は広くない。



「〜〜〜っすいませんでしたね!ケーキなんて作ったことないですから!!けど、ケーキとか全部あたしが働いて稼いだお金なんです!どうしようとあたしの自由でしょ!?」
「お前はバイトで稼いだ分うちの生活費にするってことで住ましてやってんだろーが!つまりお前の金は俺のであり、お前は使う為に許可を得なきゃいけないの!」


「そんなに気に食いません!?あたしがケーキ作るの!!」




「……何とかして、銀さんに喜んでほしいって思っちゃいけませんか?」
「………」




再び紗枝は俯いてしまった。
ふいに紗枝の手が視線に入る。
家庭料理なら得意なのに、まるで料理が出来ないかのようにボロボロになっていた。
そうだ、彼女は自分の為に頑張っていたのではないか。
それなのに、喜んでほしい本人に「勿体ない」と言われたり怒鳴られていれば腹も立つし落ち込みもするだろう。


「………」


今に始まったことではないが、馬鹿なことをしでかしてしまった。
いつものように怒鳴ってしまった。



「…あたし、とことん銀さんに気に入ってもらえませんね」


紗枝が俯きながら自嘲した。

どれだけアタックしても、家事をこなしても、生活費を頑張って稼いでいても、理不尽なこと言われても笑っていようと
銀時は冷たいままだ。
全く進展しない関係に自分が情けなくなってくる。


(…所詮、夢小説なんて妄想の産物だもんね)


都合が良すぎるんだ。
一目惚れなんて存在しないし、好きなキャラと両想いになるなんて以っての外。


「どれだけ好きって言っても振り向いてもらえないし、一々迷惑がられるし。約束でさえ忘れるし」
「約束?」
「……(やっぱ忘れてる)」


「昨日銀さんが出かける前に、十二時には帰ってきてって……」
「…………………………」






『銀さんどこ行くの!?』

『あぁ?別にちょっと出かけてくるだけだって』

『じゃあ、最低でも十二時までには帰ってきてくださいね!』

『へーへー』

『約束ですよ!!』








「………あ」

「……それなのに、十二時過ぎるわ泥酔して帰ってくるわ……酒にも負けるんだ、あたしは」
「いや…それが、昨日は長谷川さんと語っちまって」
「…マダオに負けたんだ」
「………」


「…あー、約束忘れたのは悪かったって」
「…どーせ、そんぐらいの存在なんでしょ。酒にもマダオにも負けるような」
「………(拗ねてんな…)」



(…何でこんなに違うんだろう)


紗枝はまた流れ落ちそうになる涙を懸命に堪えながら思う。


(沖田さんはお昼奢ってくれたり、楽しく会話してんのに。なのに銀さんは迷惑そうで、喧嘩もしちゃって)


(……銀さんと、楽しく過ごしたいのに)




「…何で十二時前に帰ってきてほしかったんだよ」



銀時が気まずそうに口を開く。



「…一番度最初に、銀さんに『おめでとう』って言いたかったんです」
「―――!」









『銀、誕生日おめでと。生まれてきてくれてありがとう』










(…………)



紗枝は目を開いて固まっている銀時に気付かず、目元に袖を押し当てる。


「…も、いいです。沖田さんと遊ぶ」


未だ俯いたまま、紗枝は踵を返して沖田を捜しに行こうとする。
しかしそれを銀時が許さなかった。
紗枝の掌を掴んで歩きだす。
紗枝は銀時の力に敵わず引っ張られていった。


「ちょ…銀さん!放して下さい!」
「俺のために買ってきたケーキなんだろ?ちゃんと俺に食わせろよ」
「は!?」
「それの半分俺のだから」
「大人げ無っ!!」
「紗枝」
「…?」


「まだ間に合うぜ」
「何が」
「俺の誕生日知ってる奴、そうそういないんだよなー」
「……………」
「お前に言われるまで、俺今日誕生日って知らなかったんだよねー」










『…何で十二時前に帰ってきてほしかったんだよ』

『…一番度最初に、銀さんに「おめでとう」って言いたかったんです』










「……分かりづらい」



紗枝は小さく笑い、銀時の背中を見た。







「銀さんっ!」
「あん?」





「お誕生日おめでとう!!」








腕に抱き着いた嬉しそうに笑う紗枝に、銀時も微笑んだ。
















First Say You


(来年は紗枝の手作りな。ちゃんと練習しとけよー)
(…はいっ!やっぱ銀さん大好きです!!)
(はいはい)

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