「浅羽祐希ぃーーー」



やっぱり、彼女の声には気付く。
いつもボーっとしてるのに、どうしてだか。

うつ伏せになって寝る体勢に入ってた体を起こす。
彼女は少し怒ったような、拗ねてるような、そんな顔をしてる。


「漫画貸してくれるって云ったじゃんか。楽しみにしてたのに学校来てからずっと寝てるってどういうことですか!」
「ああ…そうだっけ。ごめん、」
「…忘れたの?」
「うん」
「このやろー!!」


千鶴に負けないぐらいの、騒がしくて馬鹿な、女子唯一の…友達?(深く思ったことないけど、俺達って友達?)
漫画やアニメが好きなオタクってことで、本屋ではよく発売日とかに遭遇したり
クラスも一緒だから、漫画の貸し借りする為に会話みたいなのを少しする…そんな、何ともいえない妙な関係。
昼を一緒に食べるわけでも、一緒に帰るわけでも、一緒に遊ぶわけでもない。(前に、一緒に雑誌買って読んだぐらい)
そういえば住んでる地区も(場所じゃなくて、地区)電話番号も、メルアドも知らない。


「あたしの楽しみを返せチクショウ」
「今日も明日が楽しみでしょうがなくなるよ。よかったですね」
「丸く収めようと思うなよ絶対納得しないからね!」


相当楽しみにしてたらしく残念そうだ。
本当に、百面相だなと思う。
そして俺は、こうやってころころ変わる表情を見るのが楽しい。
だから、彼女を苛めるのはちょっと好き。本当に反応が面白いから。要のは飽きた。


「じゃあさ、そっちも何か持ってきて」
「何かって?ていうか話変えようとしてない?」
「一番好きな漫画」


どんなのが好きなのか、同じオタクとしては気になったりする。
「まぁいいけど…」と結構早く答えてくれた。


「だったら尚更忘れないでよね、明日!」
「はいはい」
「………(不安だなぁ…)」


まだ納得してない様子で俺の側にいる。
暇人だな、もっと他にやることあると思うんだけど。
暫く何か考えてて、すぐに「あ!」と何か閃いたのか明るい顔をした。


「携帯貸して!」
「?」
「メルアド交換しよう!」


急に何云ってんだろ、この子。


「そんで、夜あたしが漫画忘れるなメールを送る!名案じゃない?」
「普通の案ですね。まぁいいけど」


ズボンのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出して渡すと、自分のを右手に(赤色か)、俺のを左手に持って赤外線送信。
赤の携帯のボタンを押して多分登録をしてから、わざわざ今度は自分の登録情報を俺の携帯に送ってる。(後でメール送ればいい話なのに…)(まぁ俺は何もしないからどっちでもいいけど)
俺の携帯に登録をし終えると、一息ついて俺に携帯を返した。
それを受け取ってポケットに戻してると、不意に顔が近づいて、


「何かプレミアな情報があれば提供を求む」
「…もしかしてそれ狙いですか。俺に頼むからにはそっちも提供よろしくね」


俺から離れて了解、と笑って敬礼をした。
それから携帯を見ながら呟く。


「悠太君のも聞ければいいのになー」
「………」


苦笑いしながら云ったその言葉に、俺は黙る。
本人が良いって云ってないのに俺が教えるわけにはいかないし。





訊きたいことが、あった。





「……何でさ、」
「ん?」
「俺のことフルネームで呼ぶの?」


最初聞いた時に思った。変な呼び方するなと。
悠太は「悠太君」なのに、俺はフルネーム。


気になってたけど、訊きたいのはこれじゃない。



「んー…だって、悠太君いるから“浅羽君”じゃややこしいじゃん?」
「それは悠太にも同じだよね」
「うん、だから名前で呼んでんじゃん!」
「俺だけどうしてフルネーム?」
「………“君”付けするのが癪だから?」
「何それ」
「“君”付けしたくないけど名前の呼び捨ては気が引けるっていうか呼んでいいか分かんないからフルネーム?最初云いづらかったけど今は慣れたなー」


それだけ呼んでるんだね、と笑った。
…そっか、俺はそれだけ呼ばれてるんだ。
最初は違和を感じたけど、今はすっと耳に入ってくる。
この澄んだ声に、特有の呼び方で、すぐに誰に呼ばれたのか気付ける。
あ、そうか、これ、色んな意味で「特別」、なんだ。




「………あの、さ」
「?」







「俺じゃ、駄目ですか」








悠太じゃなくて、


顔は、同じだし








「………はい?」



唇が震えてる。
何を云ってんだろう、俺は。

ああ、凄く驚いてる。
アホな顔をしてる。
いつもは面白いなって思えるほど余裕があるのに、今は自分の云ったことに後悔だけが押し寄せてきて頭の中が真っ白で


暫くの沈黙のあと、



「何云ってんの…?大丈夫?」



心底心配そうに訊かれた。
俺からこんなこと聞けるなんて、思いもしなかったんだろうな。(それと一緒に、俺は男として全く見られてないということ、)



「…もう、冗談やめなよね!流石に吃驚しちゃったじゃないですか!」



へらへらと笑って、答えた。(ほら、分かってない)


「あのですね、あたしは悠太君じゃないと駄目なのです」
「……」
「確かに顔は同じだけどさぁ、二人は全然違うじゃん?悠太君は悠太君、浅羽祐希は浅羽祐希」


そんなこと、自分が一番分かってたはずなのに。

双子でも全然違うんだって、自分が一番、



「って何を普通に答えてんだ?あたし……。とにかく!夜メールするから!明日漫画忘れないように!あたしも絶対ハマるの持ってくるから!!」


俺の返事も聞かずに教室に戻った。
俺はそこに取り残されたようになり、髪をくしゃ、と掴んだ。





「特別」だと思って嬉しくなったのも、



悠太の話を出す度に少しつまらなくなるのも



代わりでもいいから なんて思ったのも







彼女が  好きだからなんだ
















彼女に俺は映ってないのに。

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