あ、と声が零れたのは同時だった。
マーケットに向かう道中でふと気が向いて立ち寄った湖畔で湖を眺めていた彼女とばったりと目が合う。
「なんだよ、おまえ、来てたのか」
「――は?」
はあ、とため息とともに吐き出した言葉に呆けた様子で反応を返すなまえを見返せば、ますます訝しげな顔で注視されて首を傾げる。
「なんだ?」
彼女は数秒黙り込んだままエミヤを見上げて考え込むように目を伏せたあと、何かを振り払うように首を横に振る。何を一人で小芝居をやっているんだこいつ。思わず呆れた表情が浮かぶエミヤに気付いているのかいないのか、目を逸らした彼女は立ち上がって軽く手を払うとやっとのことでいつもの調子で口を開いた。
「別に。来ちゃ悪いのか」
「いや、ダ・ヴィンチから今回のレイシフト、おまえは辞退したと聞いてたからな。何か理由でもあるのかと思ってただけだ」
「山はねぇ……あんまりいい気を感じたことがなかったんでね。出入りの制限のしやすさや外界と隔絶された故かどうにも山には陰の気が宿りがちだし。あんまり相性の良くない厄介事になりそうな予感がした」
「そこにマスターを放り込むことに躊躇いはなかったのか……」
「心外だな。だからダ・ヴィンチにはさり気なく君を推薦しておいたというに」
「オレは人柱か?」
なまえはげんなりと口元を歪めるエミヤに意地の悪い笑みを向けて振り返る。
「いいだろ。君は器用なのが取り柄なんだし。こういうサバイバルや不測の事態に強いタイプだ。かくしてその目論見は見事的中し、マスターは無事に帰還、特異点も解消! そして私も杞憂なくこの夏の短いバカンスを悠々と楽しめるわけだ。いやあ、文句の付け所のないハッピーエンドだね」
人はそれを生贄というのでは、と真面目に考え込むエミヤをちらと横目で見やって彼女は湖のそばにしゃがみ込む。湖面に手を浸せばほどよく冷たい水の温度にうっすら笑みが浮かんだ。水浴びも気持ち良さそうだ。
「ああ――そうだ、ルーラー」
「なんだ」
「今晩はコテージでバーベキューの予定でな。今から買い出しに行くんだが」
「…………」
「……だからなんだ、その目は」
まじまじと改めて見つめられるといくら旧知とはいえ居心地が悪い。彼女はふむ、とひとつ頷いて水面から手を引き上げ不意にいくらか和やかな笑みを浮かべる。
「いや、思っていたよりずっと夏を楽しめているようだからな。何よりだと噛み締めている。夏の魔物というやつかな」
「はあ?」
ふふ、と浮かれたようにも聞こえる吐息を洩らして再度立ち上がった彼女はエミヤに背を向けてマーケットの方角へ足を進める。その背中をなんとはなしに眺めて、初めて思考のどこかが違和感を訴えた。
「……ちょっと待て」
大して中身のない会話を交わし、あまつさえ手伝いの依頼などと。いやそもそも、常の自分であれば目が合ったからといって自分からあれに話しかけるか? ――否、否だ。つまるところ、夏の魔物とは。
「手が必要なんだろ。夏、だからな。手伝ってやる」
殊更に「夏」を強調させるなまえの語調にエミヤは思わず頭を抱えたくなったが、ため息で堪えて彼女の背に追いついた。
「ところで、本当に君、前髪下ろすと童顔になるな……」
「言うな」
200826
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