「髪、伸びたら結構似てますよね、カントクと」
「は?」
掛けられた言葉の突拍子のなさに千秋は怪訝に顔を上げる。近づいてきていることには気付いていたが案の定黒子だ。黒子はその丸い目を瞬かせて千秋の顔を覗き込むように首を傾げる。いや、首を傾げたいのはこちらなのだが。
「シルエットというか、横顔が。さすがいとこ」
「何それ、リコちゃん聞いたらめちゃくちゃ不服な顔しそう」
「図体でかいので間違えはしませんけど」
そりゃそうだ。千秋だって万が一間違えられたらものすごく驚くし間違えた相手には全力の善意で眼科の受診をお勧めすることだろう。黒子は千秋の前の席の椅子を拝借するとこちらの顔をじっと見つめて口を開く。
「最後に切ったのいつですか」
言われて咄嗟に思い当たらないことに気がついた。朝の教室の騒々しさだけが数秒過ぎて黒子はふむと頷く。
「目指すは黄瀬君ですか、紫原君ですか。個人的にはまだ黄瀬君くらいが無難かなと思うんですが」
「いや、別にあえて伸ばしてるわけじゃないから」
「そうですか」
付き合いも三年目になるが相変わらずどこまでが本気でどこからが冗談なのかいまいち掴めない性格をしている。機微の移ろいがわかりにくい表情筋なのである。出会ったばかりの頃はもう少しわかりやすく表情を変えていたはずだが。
「昔は伸ばしてなかったでしょう。こまめに切りに行くタイプでした」
「人間観察?」
「はい。……でも、君のことは観察してもよくわかりません」
「ただ不精してただけだよ。別に深い意味はない」
「そうですか」
先ほどのものよりトーンの下がった返答に不満げな色を感じて苦笑いを零す。
「千秋君は、髪、切った方がいいですよ」
くん、と白い指で静かに髪先を引かれた瞬間HRのチャイムと「間に合ったあ!」という馬鹿でかい声が同時に聞こえた。絡んだ指先を躊躇いなくほどいて立ち上がる黒子の「ギリギリ遅刻です、火神君」という軽口を聞きながら千秋はパタンとノートを閉じた。
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