六等星でも見つけてあげる


「人は死んだら、」

 物騒な言葉が聞こえた。思わず目を見開いて己の主に視線をやれば、先程と変わらず寝具の上に仰向けになって厚めの本を開いたままだった。特段こちらを気にした風もない少年は、こちらに語りかけているのやら独り言なのやらよく分からない調子でソプラノの声を繋ぐ。

「星になるんだって」

 普段はどちらかといえば現実的な少年にしては珍しく、夢見がちな言葉だった。そういう俗説には自分にも聞き覚えがある。主に創造された世界の中での話だが。
 少年は本を閉じるとこちらに向いてころん、とベッドの上を半回転した。立ち上がる気配はない。

「なぁ、ほんとう?」

 笑みを浮かべたその問いには悪戯をしかける子供のような無邪気さが滲んで、はぁ、と思わずため息を吐く。

「それを私に聞くのか?」

 その返しを予期していたように少年は「そうだよな」と呟いてふにゃりと顔を緩ませる。
 少年はよいしょ、と体を起こすとベッドサイドからこちら側に足を下ろして私を見上げ、非の打ち所などひとつたりとも見出せないような笑顔を浮かべて、それに似合わないほどの緩やかな言を紡いだ。

「そうだったらいいなって思ったんだ。おとぎ話みたいにお星様になれるなら、どんな終わりでも怖くないなって」
「……それは少し話が違うだろう。終わった後に何物になろうと終わることそのものへの恐怖心が薄れることはない。何物かになる、ということが終わりの苦しみの担保になるわけではないからな」

 至極当たり前のことだった。例え本当に死を迎えることで星になれるとしても、死というものに感じる絶対的畏怖と精神的苦痛はどうやったところで克服できるものではないだろう。それは生きている以上当然付き纏うものであるし、むしろそうあらねばならないものだ。それがないなどということはどこかが壊れているということと同義なのだから。

「いやもちろん、死ぬのは怖いよ。それが怖くなくなるわけじゃない。でも、でもさ、……星みたいにきれいなものになれるなら、それはきっと無意味じゃないんだ」
「無意味ではない?」
「うん。だって夜を歩く人の明かりになれるんだ。俺が死んでも、空の明かりが増えるんだって、もしそうなら意味があるじゃないか。そうだったら、どんなに幸せなことなんだろうって思ったんだ」

 本当に心の底から幸せそうに、夢見る幼子のようにそう語った少年は、伏せた瞼をすっと開いて、私に向かって笑う。その笑みは先ほどまでの想い描く空想に浸るものではなく、どこか諦めと落胆を内包したものだった。

「なんて、ね。人体はどうやったって星に変換することなんて出来ないんだから夢物語そのものなんだけど。そもそも星に分類がある以上、輝ける星と輝けない星のどちらかに振り分けられるわけで。死んだ後でまでどっちになるか不安を抱えなきゃいけないだなんてむしろそっちの方がぞっとするよな」

 あはは、と笑う少年に屈託はなく。むしろその屈託のなさが余計に痛ましく映ると言うのは、他者であるが故の傲慢だと少年は怒るだろうか。まろい、まだ随分と幼さの残る少年の頬に手を添えれば、少年は甘えるようにこの手に擦り寄る。
 かつての自分であれば触れることすら躊躇われたほどの無条件な信頼の情が、今は少しだけ心地が良かった。

「夢見ることは自由だろう。まだおまえは子供なのだしな」
「うーん……夢見れない一番の理由にそれ言われてもなぁ」
「分からんぞ。もしかしたら私の座は自覚していないだけで星にあるのかもしれん」
「おまえってたまにばかだよなぁ」
「失礼なマスターだな」

 くしゃりと柔らかな髪を手のひらで乱してやればくすくすと楽しげに笑い声を漏らす。

「もう寝ろ。明日は検査なのだろう?」
「うん。おやすみなさい、エミヤ」
「ああ。良い夢を。マスター」

***

 ふつり、と明かりの途切れた暗闇の中で静かな寝息を立てるマスターの姿を見つめてふとエミヤは思い至る。
 そういえばこの子供は、

 ──星を、見たことがなかったのだと。


TOP