いつも軽やかに視線の先で駆ける様を見ていたからかもしれない。疲れてない? と労いをかけてくれる言葉に否と首を振って、同行のサーヴァントの元へ足を向ける彼女の背を見送り、ふと歩いてみようかと思い立った。特に今の移動手段に不便を感じている、というわけではない。そう、おそらく言うなれば、好奇心、の類なのだろう、きっと。
意識を向けて地面に足を付ける。ここまでなら今までも幾度か試してみたことはあった。視線が下がることへの違和感自体は拭えないが、そこまで馴染まないということもない。そしてここから――確か、歩行というと。
見よう見まねで片足を出し、ここから体重移動を、と考えた瞬間にぐらりと視界が大きく傾く。
「え、なんか今変な音……ってアルジュナ!? どうしたの!?」
「敵襲か!?」
やや痛みと呼べるような感覚を覚えつつ体を起こし、焦ったようにこちらに駆け寄るマスターとサーヴァント数名に「いいえ、」と声帯を震わせた。
「問題ありません……転倒しただけです」
「転んだの? なんで?」
目前でしゃがみこんで目線を合わせる彼女はやや心配げな表情でこちらに手を伸ばして頬に指を滑らせる。それが汚れを払う仕草だと気付き、アルジュナオルタは控えめに顎を引いて霊体化し、瞬時にもう一度霊基を構成し直した。
「……歩行を、試みた──が」
ぱち、と瞬く彼女は暫くの間押し黙ってから「歩くってこと?」と静かに尋ねた。アルジュナは頷き、その問いかけを肯定してふわりと常のように足先を浮かせ、少しばかり愁いを帯びた様子で目を伏せる。
「……向いていないようです」
「歩くの、向くとか向かないとかある……?」
彼女は戸惑い混じりにそう呟きながら立ち上がってアルジュナを見上げ、どことなく嬉しそうに頬を綻ばせた。笑う要素があったか、と首を傾げるアルジュナに彼女は片手を差し出して、ふふ、とまたおかしそうに笑う。
「いいんじゃないかな。歩くのも。きっと素敵だよ」
「……いえ、私には適切でない、移動方法だと」
「そう? まだちゃんと試してないでしょう。また転ぶかも、っていうなら大丈夫だよ。手を繋いでおけば私が支えるし」
ね、と穏やかに同意を求めながらするりとアルジュナの手を取った彼女の体温は手袋越しにも温かい。その手に促されるようにアルジュナはもう一度地面に足をつけ、ちらとマスターを視界に収める。いつもより数度、目線の高さが違うと気付いて少しだけ妙な心地がした。彼女は緩く手を繋いだまま背を向けて歩き出す。それを真似るようにアルジュナも一歩踏み出して、今度こそバランスを崩すことなく体重移動を終える。
「ふふ、ほらね。大丈夫でしょ」
「…………はい」
殊更にゆっくりと歩調を進める彼女に手を引かれて数歩を進み、ゆっくりと視線を上げて先を行くサーヴァントたちがちらちらとこちらを窺っている様子が目に留まった。──一歩。
「……、マスター」
「うん?」
一歩。
「これは、……機動性が著しく、損なわれているのでは」
「ああ〜」
一歩。
まあ早くはないね、とマスターは何でもないように暢気に答えるがこのレイシフトにもいくらかの達成目標があることくらいはアルジュナにも察しがついている。
「進行速度が落ちれば危険性も上がる。……やはり、私は」
「このあたりはエネミーも少ないし、敵が出てきたらアシュヴァが助けてくれるから大丈夫だよ〜」
「おいマスター! 聞こえてんぞ、勝手なこと言うな!」
唐突に水を向けられた先を歩いていたアシュヴァッターマンがこちらを振り向くのに軽く手を振った彼女は小さな笑い声を零す。アシュヴァッターマンはアルジュナと目が合うと呆れとも苛立ちとも取れる表情で眉を顰めてふいと顔を背けてしまった。マスターが不意に足を止めてこちらを振り返る。
「あのね、アルジュナ。私はあなたのマスターだから、」
普段とは少しだけ違う角度から合わさる瞳はやわらかに緩んで、常の見慣れた虹彩とは僅かに趣を異ならせるように、思えた。
「あなたがやりたいと思ったことは出来る限り助けたいと思うよ。きっとそれは、とてもいいことだと思うから」