ぴったりだなと思ってたの、あなたに。そう口にして笑う私に真っ白なドレス姿で佇むアルトリアは少し不思議そうに首を傾げた。
「何がでしょう」
「ここのこと」
一夜限りの夢。いつかの幻。ただ一つ、空を望んだあの子のために、あの人が名付けた「ムーンライト」という名前。
「月の光の下に立つあなたは、とてもきれいだから」
開けた天井から差し込む青白い月明かりは彼女の金砂をより一層冴え冴えと煌めかせて美しい。常より凛々しい彼女の面立ちにしとやかな影を落とすさまもため息をつくほど神秘的で。
アルトリアはわずかに目を見開いて息を飲むとそっと私から視線を逸らす。
「……そう臆面もなく褒められると、どうしていいか」
ほのかに血色付いた頬を見て取って私は数度瞬いてから笑みが零れた。
「慣れてない?」
「そういった繊細な言葉で褒められることには、あまり」
綺麗なのになあ、という言葉はこれ以上はからかいとして受け取られかねないのでそっと胸にしまっておくことにした。生前を男性として生きた故か、アルトリアには自らの容姿の端麗さについていささか無頓着なところがある。当たり前の事実としてではあってもあまり口に出しすぎると恥ずかしがって拗ねてしまうのだ。もちろんそういったところも可愛いところなのだけれど。
「そう言うハルノこそ、今夜のドレス姿は大変可愛らしい。カルデアではあまり装飾の多い服装をする機会がありませんから……とても新鮮です」
「そう? ありがとう」
アルトリアは柔らかに相好を緩ませて一歩前に歩み出ると白い手袋に覆われたしなやかな手のひらをするりと差し出す。
「では、次は私がリード役ですね」
「……アルトリア、ダンスは初めてって言ってなかった?」
「先ほどの踊りでコツは掴みました」
……なるほど、さすがである。
「私ともう一曲、踊ってくださいますか? マスター」
「もちろん。何度でも」
静かに重ねた私の手を恭しく取る彼女は騎士王の名に恥じぬ優美さで、どきりと高鳴る心臓を自覚せずにはいられなかった。
軽やかなピアノの音色と合わせて踏むステップの流れるような仕草も。フロアに映る二人のシルエットが重なる瞬間の弾む心音も。彼女の屈託のない純粋な笑顔も。
「夢のようだと思うのです」
「え?」
「踊りなど、いつも見ているばかりでしたから。こうしてあなたの手を取って共に音に身を任せること――この暖かな時間の全てが、まるで夢のようで」
そう言って微笑むアルトリアの瞳は微かな寂寥感を滲ませて。それは、つまり、夢でなければいいと、あなたも思ってくれているのだろうか。もしあなたがそう思ってくれるのなら。
「ずっと、覚えているから」
――忘れないでいたい。
「もしこの場所が消えてしまっても、いつかあなたがいなくなっても、私がずっと覚えているから。そうしたらきっと、ただの夢にはならないよ」
現の幻。歴史に残された影法師。どれほど不確かな存在だろうと、私という生者が覚えているのなら。最期の時まできっとそれは確かな証明であってくれるだろう。
不意に強く手を引かれた。思わずよろける私を抱きとめて、アルトリアはこつりと優しく額を合わせる。視界の端で散らつく彼女の金色も絡め取られた指先も私を硬直させるには十分だったのだけれど。
何よりも、とびきりの甘さで蕩けたエメラルドの眼差しに、目を奪われて。
「――はい。どうか、ずっと、最期まで、覚えていてくださいね」
月光の下。失われた部屋。いつか失くしてしまう泡沫の時間。それでも刹那の瞬きはただ美しく、間違いなくそこに在る。