しゃらん、という華麗な音。
艶やかな金色が少女の凛々しい面立ちに清廉な影を作ってさらりと揺れる。少女の滑らかな肢体を覆うのは無骨な鎧ではなく装飾の少ない、されど目を惹く美しい青のドレス。
風が止む。膨大なエーテルが実体を得て収束していく。魔力の渦は小さな光の粒となってじきに消え、無機物的な青い光源だけが彼女のかたちを映すだろう。
ゆっくりと、少女はその目を開く。気高く澄んだエメラルドの瞳がまっすぐにこちらを捉えて、凛とした声が言葉を紡いだ。
「問おう。貴方が私のマスターか」
硬質で、冷たいとも温かいとも言えぬ声。ただただ凛と、清らかに。どれほどの時間が経とうとも、決して色褪せることのない透明な美しさ。脳髄に染み入るように響いたその声を、この瞳を、きっと私は忘れ得ず。
無機質な青の光は彼女の金砂を鈍らせる。
──ああ、この少女には、真っ白に輝く月光の下こそ、相応しいのに。
黒に滲む視界の中でそんなことを考えて、暗闇が私の意識を呑み込んだ。
*
「……はあ、召喚」
「そう、英霊召喚」
濁った炎に包まれた特異点──冬木の人理定礎を正してから二日後のことだった。八割方なし崩し的に「人理を修復するグランドオーダー」などという聞いただけで寝込みそうになる大役を任されて、慌ただしくそのための準備や心構えに時間を忙殺されていた時にドクターロマニに呼び止められた。いや、別に任されたことに不満があるわけではない。状況的にどうしようもなかったとはいえ引き受けることを選んだのは自分自身なのだからそのことに後悔はないのだ。ただまあ平均的なメンタルをしている自分としては正直重すぎる荷だと思ってしまう、という話なわけで。
召喚をしてほしいんだ、とドクターは言った。
「英霊召喚システムの話はしたよね?」
「はい。フェイト……でしたっけ」
「うん。それの点検が終わってね。元々は冬木のレイシフトの前に調整は終わらせてたから。爆破事件の時に損傷がなくて良かったよ」
「それを使うんですか?」
「ああ。マシュはもちろんとても頑張ってくれるけど、戦いはこれから。さすがにサーヴァントが一人っていうのはちょっと心細いだろ?」
冬木の時でさえかなり苦戦を強いられた。確かに戦力が一人、というのはいささか現実的ではない気もする。こくり、と首を縦に振るとドクターは「うん」と頷いて緊張感がないと思うのにどこか憎めない顔で笑う。
「でもごめんね。こっちもまだまだリソースが足りなくて……召喚ができるのは一人だけになっちゃうんだけど」
「いえ、数に関係なく、戦力が増えてくれるのは心強いです。ありがとうございます」
確かそんなことを言って、召喚室に案内されたのだった。それで──あの美しい少女を、召喚、して。
あれ、それで、どうしたんだっけ。
「──い、──ぱい、先輩!」
「……れ、ま、しゅ?」
うっすらと開けた視界の中心に心配顔をした後輩が見えてふっと頭が覚醒した。そうだ、召喚室で急に目の前が暗くなって……たぶんその場で倒れでもしてしまったのだろう。何だろう、そんなに無理をした覚えはないけれど、少し、疲れていたのかもしれない。マシュはほっと少しだけ安心したように息を吐いて、首を傾げる。
「大丈夫ですか、先輩」
「……うん、平気。心配掛けちゃったね」
「いえ……、あっまだ、寝ていた方が」
「大丈夫」
別に、どこかが痛いとか苦しいとか、そんなことはなくて。ただよくある起き抜けの怠さが体を重く感じさせるだけ。体を起こしてベッド脇に立つマシュの方を見て、その奥に先ほど召喚に応じてくれたばかりの彼女がいるのを見つけた。彼女は私が彼女に気付いたのを目に止めて少しだけ目を細める。相変わらず凛としたその表情からはなにかを読み取るのはとても難しい。
「あの、先輩、彼女は冬木で会った彼女とは……」
「わかってる。セイバー……だよね。せっかく応じてくれたのに、早々みっともないところ見せちゃってごめんなさい」
「いえ。マシュから色々と聞きました。きっと疲れが溜まっていたのでしょう」
彼女はそう言って小さく口元を緩める。その声には先ほどまでよりも柔らかな響きが伴っていて、その言葉に嘘がないことを雄弁に語っていた。
ああ、そうだ。私は確か、彼女の問いに答えないまま……倒れてしまったのだったっけ。
「呼びかけに応じてくれてありがとう。召喚をしたのは私だから……その、マスターってことに、なるのかな」
彼女は瞬間、きょとり、と目を瞬かせたかと思うと、今度は明確に柔らかな笑みを浮かべて「ええ」と穏やかな声を紡ぐ。
「改めて。私はセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の道行きを助けましょう。よろしくお願いします、マスター」
「よろしく、セイバー。私は橘悠乃。あなたが力を貸してくれるならとても心強くて嬉しい」
そう私が手を差し出すと彼女は少し躊躇うようにこちらを窺ってから、澄んだ瞳を穏やかに和らげて手を取ってくれた。触れた手はあまりにもまっさらでやわらかく、温かな少女の手のひらそのもので、なんだか少しだけ、泣きたくなってしまった。