「アルトリアって名前には縁があるの」
名無しの森を抜けた先で、悠乃と名乗った少女は言った。
「だから、あなたが力を貸してくれるなら、私はすごく心強いよ」
それはアルトリアにとって初めてとも言えるような、確かに「わたし」を必要とする、美しい言葉の煌めきだった。
黄昏の島、妖精國。名無しの森付近の村で出会った、異邦の旅人。彼女たちは世間知らずなアルトリアでさえ驚くほど、この世界について無知だった。オベロンという案内役を得てなお、心配と逡巡を秤にかけてしまう程度には。その僅かな逡巡を悠乃の言葉は一息に吹き飛ばしてしまった。「予言の子」というアルトリアに託された大きな役割ではなく、「アルトリア」というただ一人を呼んでくれたことは彼女にとっては本当に、大きな驚きだったのだ。
汎人類史と彼女らが呼ぶ異世界のこと。カルデアという彼女が所属する組織のこと。マシュという彼女が探している少女のこと。サーヴァント。レイシフト。特異点。異聞帯。悠乃がオベロンやトリスタンと話している時に漏れ聞こえるそれらは正直にいうとアルトリアにはどれもちんぷんかんぷんで、途中から理解しようと試みることさえ諦めてしまった。けれど、悠乃が心からそれらを案じていて、とても大切なのだろうということだけはアルトリアにもわかる。
だから、ほんの少しでも、自分にできることならば、力になれたらいいなと思うのだ。だってきっと、彼女は、悠乃は――わたしにとても、似ているから。
上手く出来ないことに歯痒さを感じてることも、恐怖を押し殺して戦ってることも、いつも少し不安と後ろめたさを抱えてることも。悠乃は笑うのが上手だけど、わたしにはわかった。同じだと、思ったからだ。
手助けできたらいいと思った。彼女が心強いと言ってくれたから。少しくらいは頑張ってみようかと思った。似ている彼女が頑張っているから。
ソールズベリーでダ・ヴィンチと合流し街に出た後は、オベロンが彼女らに真相を話すまで枝葉の広がる「予言の子」の噂を肩身を狭くして聞いていた。こんなに大仰な話を聞いた後で、自分からなんてとても言い出せたものじゃなかった。
「言ってくれれば良かったのに」
驚いた様子でこちらを見る悠乃にアルトリアは噛み付くように言い返す。
「い、言えるわけないよ! わたしなんか、魔力も弱いし魔術くらいしかまともに使えないし田舎娘だし畑育ちだし地味だし靴もダサいし」
「最後らへんは関係なくない?」
「関係あるんです! こんな、わたしなんかが『予言の子』とか……どーせ誰も信じてくれないし……」
そうかな、という小さな呟きは拾われないまま、その後の展開にうやむやになってしまった。
――アルトリアって名前には縁があるの。
彼女らが話す異世界のアルトリア――アーサー王についての話を一通り聞き、不意に悠乃が言ったその言葉を思い出した。もしかして、と心臓が跳ねる。
「ハルノはその、異世界のわたし……アーサー王とも会ったことがあるんですか?」
違う世界の、立派なわたし。実感なんてまるで湧かないけれど、異世界であれそのような道筋を辿ったのが本当に「わたし」なら、それはまるで、アルトリアが運命を背負うに足る存在である証明のように思えた。
「うん。カルデアではトリスタンと同じようにサーヴァントと契約してるって話したでしょ? その中には私たちの世界のアルトリアもいるの」
軽やかな肯定にほう、と応じたのはトリスタンだった。
「王とも契約されているのですか。それは素晴らしいことです」
「そうだね。とても得難い縁だと思ってるよ」
ただその、と少し迷うように悠乃は視線を下げ、令呪と彼女らが呼ぶ手の甲の赤い紋様を指先でなぞる。
「トリスタンにはちゃんとした形で会わせてあげられないから、少し残念だけど」
彼女が自身の「召喚」について言っているのだということはすぐにわかった。戦闘における一時召喚であるというそれは形は保っているものの意識はひどく希薄で、それゆえに意思疎通を行う、言葉を交わし合うといったことはできないようだったのだ。
彼女の言葉にトリスタンはふと眉を持ち上げてから、「まさか」と穏やかに表情を緩めた。
「かの王が仕えるマスターであれば同じサーヴァントとして気が引き締まるというもの。きっと良き信頼関係を結ばれているのでしょう。負けていられません」
したり顔で頷くトリスタンに悠乃は一度目を瞬かせると、くすりと笑みを零して口を開く。
「そうだね。――そうだといいな」
そっと想いを込めるように囁かれたその声音に、アルトリアは訳もなく胸の軋むような感覚を覚えて、静かに杖を強く握り締めていた。