ある日の朝である。ストームボーダーの中に居室として与えられた独房から廊下へと出て、カドック・ゼムルプスは思わぬ人物と出会した。どこか中性的な鎧姿に華麗なマントを羽織ったその人物──騎士王、アルトリア・ペンドラゴンもまた彼を視界に入れて目を丸くする。
彼女のことは……どちらかというと一方的に知っていた。カルデアのマスターたる橘悠乃が召喚した第一のサーヴァントにして、カルデア随一の戦闘力を持つ騎士王。必然的に作戦行動中、悠乃が使役するシャドウサーヴァントの中でも特に喚び出されることの多い英霊だ。おまけに付き合いの長さもあるのかボーダー内での作戦待機時にもよく悠乃と共に行動するところを見かけている。
ただ、こうして悠乃のいない場面で、しかも一対一などという状況ではこの騎士王はおろか他のカルデアに召喚されたサーヴァントとも出会した経験などカドックにはなかった。あのお人好しな悠乃を筆頭に遺恨を感じさせないカルデアのスタッフ陣はもう百歩譲るとして──何しろ彼らはトラオム特異点から帰還後カドックに与えられた独房を割と快適な寝床かつ自由に出入りできるようにリニューアルまでしてくれている。一周回ってバカだ──現在のノウム・カルデアに協力する英霊の全てが自分に寛容だなどとまさかカドックに思えるはずもない。だからこそ悠乃の召喚したサーヴァントからは適切に距離を取り、現在までボーダーに滞在していたわけだが。
「──カドック・ゼムルプス、でしたね」
凛とした声音がカドックの耳を震わせる。女性でありながらどこか威風を感じさせる物言いにカドックはわずかに背筋を正した。生前はかの偉大な円卓を囲む騎士たちを取りまとめたブリテンの王たる彼女だ。その見目がいかに可憐な少女のようなそれであったとしても、その功績になんら鈍るところはない。ましてノウム・カルデアにおいては協力的な姿勢であったとしてもカドック個人に対して好意的であるかどうかなどわからないのだから。
「そう、だが。……一応弁解しておくが、部屋の出入りについてはゴルドルフから許可を得ている。脱走などを企てているわけでは、」
「ああ、いえ。その辺りについては承知を。第一、現在ストームボーダーは南米へ向けて移動中。一介の魔術師に高度数千メートルを無事に降りられる方法などないでしょうから」
「そうか。理解してくれると、助かる」
話の通じる相手でよかった。問答無用で殴りかかられでもしたらいくらボーダー内と言えど無事で済むかわからない。
ひとまず喫緊の身の危険はなさそうだと小さく安堵するカドックに向けてアルトリアは問いかけた。
「ハルノと何か約束をしていませんか? 今マイルームを訪ねてきたのですが不在のようで」
「ああ、橘か? それなら今日は朝からブリーフィングの予定で……今は管制室だと思うけど」
「ブリーフィング……そうでしたか」
ふむ、と考え込む彼女だが何か伝えるべきことでもあるのだろうか。今まで見かけた限りの話ではあるが、このアルトリア・ペンドラゴンというサーヴァントは真面目で──何故かたくさんいるが──サーヴァントの責務に忠実な──何故か似た顔もたくさんいるが──印象が強い。その彼女がわざわざ悠乃のマイルームを訪ねるというなら何か用件があるのだろう。それもきっと重要な。
少し迷ってカドックは口を開いた。
「今から僕も合流するんだが、何か言伝なら伝えておく」
ぱちり、とアルトリアが碧眼を瞬かせる。協力的な態度は意外だったのだろうか。まあ、ロシアでのことはサーヴァントたちにも伝わっているのだろうし、カドックの印象はあまり良いものでもないのだろう。だが、──正直に言うとストームボーダーに拾われてからは何かと世話になっているし、悠乃にも割り切りすぎだろと思う程度には友好的に接されている。だからこう、別に伝言くらいは大した労力でもないし素直に請け負って然るべきだろう、と。
そうですね、とアルトリアは短く逡巡したのち、けれど「いえ」と首を振った。
「やはり結構です。失礼、引き留めてしまいましたね。では」
「あ、ああ……」
かつん、と足音を鳴らしながら去っていく青い背中を見送って、はあ、とカドックはため息を吐く。そうしてふと思い至った。
「重要な用件なら尚更僕に言うはずない、か……」
それもそうか、と落胆するでもなくただ納得し、自らの目的を思い出してカドックも管制室への廊下を急いだ。
*
午前いっぱいまで掛かったブリーフィングが終了し、そういえば、とカドックは今朝の出来事を思い出す。
「橘、」
「んー? なーに」
ブリーフィングの内容を確認していたらしい悠乃に声を掛ければ切り上げてこちらに寄ってくる。
「今朝、あの……セイバーの騎士王が」
「セイバーの、どのアルトリア?」
しまった。まだ絞り切れない。
「あー……オルタじゃない方の……」
「セイバーの、オルタじゃないどっちのアルトリア?」
「……お前、もう分かってないか」
からかい混じりの声色で問う悠乃に苦く返すと彼女はふふ、と悪戯っぽく笑って見せる。
「アルトリアがどうしたの?」
改めて水を向けられてカドックが「ああ、」と口を開きかけた、ところで。
「ハルノ! ブリーフィングは終わりましたか!」
朝よりも数段緊迫感の増した声が管制室を通り抜けた。その声に誰もがはっと否応なしに目を向けるのにも構わず、アルトリアは悠乃の姿を目に止めると青いマントを翻して彼女の元へと歩み寄る。
「終わったけど、何かあった?」
「至急の連絡です。本日──」
いささか呑気にも聞こえる声で答える悠乃と息を飲むカドックが耳を傾ける中、アルトリアはその凛々しい眼差しを真っ直ぐに悠乃に向けて言葉を続ける。
「食堂のカフェタイムに限定30名でパールヴァティー神特製のパンケーキが振る舞われます」
──────なんて?
「わ、ほんと? 限定? 間に合うかなあ」
「まだ枠はありました。急ぎましょう! 先着予約順です!」
促されるままアルトリアと連れ立って管制室を出る悠乃の背中に「廊下走んなよー」というムニエルの穏やかな注意の声が掛けられる。「はーい」とこちらも呑気な答えが返って、固まったまま見送るしか出来なかった体からやっと力が抜けた。
何だ、この脱力感は。いや必要以上に気張った僕が変なのか。普通思わないだろう。あの品行方正然としたあのサーヴァントが朝からパンケーキの知らせを届けるためにあいつを探すとか。
呆然と彼女らの出ていった管制室の扉を見つめるカドックの肩をぽん、と何者かが不意に叩く。
「慣れなさいよ、本当」
気の毒げなゴルドルフの眼差しにちょっとイラッときたのはきっとこの先もカドックの胸の内に秘められ続けることになるだろう。
20230311