パーンダヴァ・バレンタイン

※ビーマのバレンタインシナリオアフターのお話です。


 テーブルにたくさん並べられたビーマの手料理に目を輝かせながらも、その圧倒的な量──しかもどうやらまだまだ追加されるらしい──に慄いていると、すっと視界の端にビーマのものと似通った白い衣装が翻った。

「あ、アルジュナ」
「ええ、マスター。貴女のアルジュナです」

 貴女の、に妙に力の入ったアルジュナの言にうん?と首を傾げるとアルジュナはどこか得意げな様子で「最優のサーヴァントとしては譲れない流行りでしたので」と悠乃に笑いかけた。よく分からないがなんか満足そうなので良いことなのだろう。

「それで、兄様。私に何の……なんですか、二人して」

 兄様。品行方正なアルジュナらしいといえばらしく、少しばかり格式ばった呼び名につい生温かい視線を送ってしまう。どうやらビーマも同様の顔をしたようで、アルジュナは二人を交互に見遣って、ぐ、と小さく眉根を寄せた。

「ビーマ兄様、何か、用があったのでは?」

 ──あ、ちょっとムキになった。

「ああ、悪い悪い。いや、見ての通りマスターに料理を振る舞ってるとこなんだが、もう暫く手が離せないもんでな。その間の話し相手になってやってくれ。もちろん、お前も食いながら、な!」

 アルジュナの僅かに下降した声音を慣れたように受け流して、ビーマは豪快な仕草で椅子を勧めたあと鼻歌まじりに厨房の方に踵を返す。アルジュナは促されるまま悠乃の隣に腰掛けながら「これはまた」と吐息を零した。

「豪勢ですね。何か祝い事でもありましたか」
「んーん、バレンタインのお返しにって。空腹は最高のスパイスだからってさっき一緒に山登ってきたの」

 数日前に日頃のお礼として送ったチョコレートがこんなに贅沢なフルコース?になるとは。わらしべ長者もびっくりである。ほかほかのナンをちぎりながら悠乃が山登りも楽しかったなぁ、と呟けば、アルジュナは穏やかに微笑んだ。

「兄様らしい返礼です」
「ね。ほら、アルジュナも食べよ。私食べ切れるかなあって心配だったの」
「ではお言葉に甘えて。ですが気にしなくとも良いですよ。残るのではと心配になる量でも大抵兄様が平らげますので」

 実感の籠ったアルジュナの言葉に多分生前の話だろうな、と当たりをつける。それにしても、アルジュナやビーマは男兄弟五人だったはずだが、それで心配になるとはどんな量だったのだろう。きっとテーブルいっぱいでは収まらないくらいだったのではないか。

「……あれほど楽しそうな兄様はカルデアでも初めて見ますね」
「そう?」

 アルジュナの視線に釣られて厨房の方へ目を向ける。いつもビーマは楽しそうに厨房に立っているような気がするが、やはり家族だから分かる表情もあるのだろうか。

「ええ。兄弟に何か良いことがあった時や祝い事などの時にしていた顔ですよ。貴女の贈り物をいたく気に入ったのでしょう」
「うれしいけど……普通のチョコだよ?」

 年々手が混んできている自覚はあるが、別にプロというわけでもない素人のチョコレートだ。サーヴァントは身分の高い人たちも多いので舌の肥えた相手に渡すのはそれなりに緊張する程度の。

「マスターの言う普通を、その心遣いを嬉しいと感じているのですよ、兄様は。斯くいう私も有り難く頂きました」
「えへへ、照れるな。ありがとう」

 ストレートな褒め言葉に少しばかり頬が熱くなるのを感じながら、アルジュナと並んで手製のご馳走に舌鼓を打つ。ビーマが厨房から戻ってきて追加の料理が並べられたところでふらりとこちらに近寄ってきたのはアルジュナオルタだった。

「お、そっちのアルジュナも来たか」
「不思議と惹かれる良い匂いがしたので。あんちゃんでしたか」

 納得したように呟いたオルタの素朴な呼び名にぴしり、と隣のアルジュナが固まった。

「……オルタ、」
あんちゃん」
「マスター」

 不思議としっくりくる呼称を繰り返せばアルジュナは何か言いたげに唇をむずむずさせている。ぶはっ、とビーマが吹き出してわしわしとアルジュナの頭を掻き回した。

「マスターの前だからって気張りすぎなんだお前は!」
「気張っていません! 兄様がくだけすぎなのです!」
「兄ちゃん……」
「マスター!」

 思い切りよく笑い飛ばすビーマに釣られて悠乃も小さく笑ってしまう。アルジュナに手を押し除けられたビーマは一連の流れに疑問符を浮かべているオルタにほら、とアルジュナの向かいの椅子を引いてやる。

「せっかくだしお前も食っていけ」
「良いのですか?」
「メシを食う人数は多い方が旨い!」

 な、と振られて悠乃とアルジュナも同意を返す。オルタは微かに笑みを乗せて食卓につく。いただきます、とビーマと声を揃えたアルジュナオルタは料理を一口、口に運んで驚いたように目を見開いた。

「アルジュナ?」

 どうしたの、と問う悠乃にビーマとアルジュナもオルタへと目を向ける。オルタはゆっくりと噛み締めるようにして口を動かして、それからふとまなじりを緩ませた。

「味など……覚えていないものと思っていましたが。何だか無性に、懐かしいです」

 ともすれば余りにも重いそれは、けれど彼の温かな声音によってとてもやわらかく響いた。オルタの隣に座るビーマがぽん、と彼の頭を優しく叩く。ふふ、と悠乃は笑みを零して、穏やかに心からの言葉を口にする。

「おいしいね」

 三者三様に返った同じ意味の言の葉は、ひどく優しくて暖かいものだった。



<おまけ>

「ところでアルジュナたちはマスターに何を返したんだ?」

 他愛のない話の延長として尋ねたのだろうビーマにアルジュナは少し悩んでから口を開いた。

「矢です」
「矢?」
「カルナを討った矢です」
「…………カルナを討った矢?」

 聞き間違いの筈はないが聞き間違いであってほしい答えを呆然と繰り返すビーマの様子に気付いているのかいないのか、アルジュナオルタもビーマの問いに答える。

「石です」
「石?」
「綺麗な石です」
「……………………すまん、マスター。弟たちはカルデアで本当に上手くやれてんのか?」
「大丈夫だよ、ビーマ。二人ともすごく力になってくれてるよ」
「ならいいんだが…………いやいいのか……?」

 もしや弟たちの情操教育を今からでも引き受けた方がいいのか、と今更ながらちょっと本気でビーマは悩み、悠乃とビーマが話す様子をアルジュナとそのオルタは「何だか授業参観みたいですね」と気恥ずかしく見守ったのだった。


240218

backTOP