01.紅い瞳とはじめまして
見覚えのない紅に釘付けになった
初夏に咲く淋しい花を思い出した
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「双城沙夜さん、…好きです!付き合ってください!」
半ば叫ぶようにして、綺麗にその背を90度に曲げたのは沙夜と同級生の、2つほど隣にあるクラスの男子生徒だった。
彼はサッカー部に所属しており、爽やかで気配りのできる性格と評判だった。その上イケメンと来て、学年ではちょっとした有名人である。学年関係なく女子に黄色い声を向けられることも多く、部活の際は常に一定数のファンがグラウンド脇を占領する。彼に想いを伝える女子生徒も少なくないものの、いつ告白しても「好きな人が居るから。でも、ありがとう」という決まり文句で丁重に断っていた。
一途に想い人だけを見続ける、今どき珍しいくらい純情で真っ直ぐな青い男子である。
そんな好条件を揃える彼から想われて「はい」と答えない女子生徒など居ないだろう。
然し運の悪いことに、彼が今しがた告白した女子はその例に漏れるタイプであった。
「ごめんなさい。私、地位もお金も権力もあって尚且つ顔の良いおじさましか視界に入れないの。でも若しかしたら可能性があるかもしれないから、60年後くらいに出直してきて?」
顔色ひとつ変えずに云い放たれたその言葉に、男子生徒は目を点にした。一瞬何を云われたか理解出来なかった。
そしてくるりと踵を返して去っていく女子生徒の背中を見て、やっと自身が振られた事を理解すると、がくりとその場に項垂れてしまったのだった。
純情な男子生徒の告白をトラウマレベルでこっぴどく振ったこの沙夜という女子だが、こういった告白は初めてではなかった。それらの返答は一言一句凡て同じである。だのに、彼女へ想いを寄せる男子生徒が絶えないのには理由があった。
彼女は頗る美人であった。黒檀のような髪、白くまろい肌、細やかな睫毛が縁取る丸い瞳。可愛らしく儚さすら感じる容姿。普段の学校生活では誰に対しても人当たりが良く、教師からも評判の良い生徒だった。
しかしその面の猫は分厚かった。彼女の本来の性格はぬくもりや癒しからは程遠く、至極ドライで無駄を嫌う。人当たりの良さは社交的な性格からなどではなく、ただ学校生活を円滑に渡り歩くための手段に過ぎない。従って、交際など真っ平御免なのである。
そんな彼女に告白した男子たちは皆一様に普段は隠された内面の毒と棘の不意討ちをくらった。男達はその時になって初めて、彼女の丸い瞳の奥にある剱のような鋭い光を見るのだ。
そうして幾人もの罪なき男子たちの青春と心は散っていった。
今回の告白現場である中庭から教室に帰ると、沙夜は何事も無かったかのような顔をしてストンと自分の席に座る。
そこに「勿体無いねぇ〜」とおやじ臭く呟きながら前の席から身を乗り出したのは唯一友人と呼べる綾という女子生徒であった。
彼女の容姿はスラリとした長身でスレンダー。涼し気でクールな目元は沙夜とは真逆の、どちらかと云えば同性に人気があるタイプだ。然しその実、噂と恋バナが好きで少女漫画で育ってきた根っからの乙女思考の持ち主である。
互いの容姿と性格を入れ替えたような彼女たちはしばしば見た目で誤解を受ける為か、腹を割って話せて共感もできる貴重な人間であった。そして沙夜は男好きされる見た目からかよく綾の恋バナの標的にもされていた。
「さて沙夜さん。今回の彼の敗因は?」
「めんどくさそう」
「手厳しい〜〜!!因みにどこら辺が?噂では気遣いができてモテることを鼻にかけた様子もない好青年!趣味は軒並みアウトドア!海辺で追いかけっこもできちゃう優良物件なのに!」
「ああいう人が休日はデートに行きましょう、大会には応援に来て、手作り弁当が食べたい、毎日一緒に帰りたいって云うのよ。恋人像の押し付けは御免だわ。それに私は休日は家で静かに過ごす方が趣味なの」
「莫っっっ迦それが青春でしょ?!?!!」
「アンタねぇ……」
鬱陶しい、と云うように沙夜はその整った眉目を寄せる。なんだ海辺で追いかけっこもできるって。綾の口から飛び出す青春という言葉は沙夜にとってそれほど心惹かれるものではなかった。それよりも卵パック安売りおひとり様2つまでとか、お惣菜詰め放題70円とかの方が沙夜の心は大いに心惹かれる。
思考を放課後の買出しルートにやつしていると、綾は至極真面目そうな顔で「枯れ専なの?」と聞いた。流石に聞き捨てならない言葉に沙夜は「は?」と威圧たっぷりに返す。どうしてそうなる。確かに落ち着いた雰囲気に魅力は感じるがそこまでではない。
「だっていつも振る口上におじさまってあるんだもん。そろそろ噂になるよアンタ。“双城沙夜は枯れ専”って」
「そうでも云わないと諦めないのも居るからよ。別に私は枯れ専じゃない」
ふーんと若干疑いの眼差しを向ける綾をじろりと見る。そうしているうちに昼休みのチャイムが鳴り、彼女たちの会はお開きとなった。
放課後、沙夜は買出しを済ませつつ1人帰路を辿った。
友人である綾はその長身を活かして欲しいと入学時にバスケ部に所属した為、放課後は空いていないことが多い。
帰り際に彼女に無理やり渡された漫画によって若干重たい鞄を持ち直す。「イケメンいっぱいだからこれで若い男にも目を向けてくれ」彼女は完全に沙夜を枯れ専扱いしていた。
沙夜は普段漫画等は読まない方だが、綾は少女漫画をバイブルに持つどちらかと云えばオタクだ。度々布教される漫画を沙夜はぶつくさ云いつつも読んでいた。
そして今回貸されたのは“文豪ストレイドッグス”、通称文ストという異能バトルものらしい。確かにぱらぱらと見てみれば、個性溢れるキャラクターばかりだったし綾の云うイケメンも居た。少女漫画ではないのが珍しいが、沙夜は少女漫画特有のむず痒さが苦手だった為まあまあ今回は真面目に読んでいた。
途中まで学校で読んでいた巻では組合という敵組織との戦いが描かれ、主人公側である探偵社と対立するポートマフィアの首領の姿が明かされた。文豪をモチーフにしたキャラクターの名前は覚えやすく、沙夜も主要キャラクターであればスラスラと云える。
「マフィアの首領は森鴎外か。白衣を着てるのは史実の森鴎外も軍医だったから…?」
それにしても手強そうだな。マフィアといい組合、探偵社はどうなるのだろう。
そうして買い物袋を手に漫画の続きを考えていると着いた我が家。こぢんまりとしているが管理の行き届いた綺麗なアパートの階段をコンコンと上がり、角部屋である自宅の扉に鍵を入れて回した。
キィ、と開いたその先で、驚いたように見開かれた紅い瞳と目が合う。沙夜も驚きそのまま静止した。
そして一度、扉を閉めて表札を確認した。
「……私の家よね」
“双城”と確り書かれたそれを見て呟き、ならばさっきのは一体なんだと思っていると、内側から扉が開かれる。
「取り敢えず、入っては如何だろう?」
ここは私の家なのだが。
然しよく観察すれば、見たことがあるような風貌に首を傾げる。沙夜は疑問を持ちながら、いざとなったら漫画の入った鞄を鈍器にしようと確り荷物を腕に抱いて、我が家の敷居を跨いだ。