「ええと………太ったから…」

そう呟く私は、苦虫を噛み潰したような表情になっているに違いなかった。

おやつを持ってきてくれた蜻蛉切に、明日からおやつは要らない、何なら食事の量も少し減らしてくれないか、という旨を伝えたら、予想以上に心配されて理由を聞かれた。なので答えた。そして気にしている事柄は声に出すと、よりダメージを受けるのだな、と思った。
こちらを見つめる蜻蛉切は一拍の間を置き、不思議そうに首を傾げた。
そしてその後、にこやかに「健康なのは何よりです」と述べる。

「いや……まあ……あー………」

何と答えるのが正解か分からず、返事とも言えない声を返した。
蜻蛉切は戦国時代の槍だ。兵糧攻めという戦法が普通に使われていた時代でもあるし、庶民は太れるほどの飯を食えない。飢えているより肥えている方が全然マシ、ということだろう。
まあ、そう言われてしまえばそうだ。飢えて死ぬよりは良い。ただ、そうですね、じゃあいいや!とすんなり思えるなら最初から悩まない。
かと言って、本丸の中でも特に規則や指示を守るのが得意なこの槍に向かって、私の時代で飢える事は滅多に無いのでここで言う「太った」は「自己管理が出来ていない」という意味もあります。とはわざわざ言えない。かっこ悪いからだ。
あー、だかうー、だか唸っていると、蜻蛉切が少し眉根を寄せてこちらを伺う。

「それともやはり、お加減が悪いのでしょうか?」
「いえ、健康です」

心配そうな眼差しを向けてくれる槍にこれ以上不要な心配をかける訳もいかず、ハッキリ答えた。
蜻蛉切は頷き、笑みを浮かべながら膳を私に勧める。
正確には、膳に乗っている甘味だ。
出された料理を無下にすることなど勿論出来ないのだが、これはヤバい。
もう既に食べたことがあるので知っているが、この甘味はめちゃめちゃに美味しい。
特にクリームが美味しくて、それ故に際限なく食べれてしまうやつだ。
評判がすこぶる良いと知った厨房担当(主に光忠)がよく作ってくれたので、それこそ頻繁に食べていた。
今思えば、どれだけ食べても変わらぬ刀剣達と日々を過ごして感覚が麻痺していたのだ。
人間にとって、頻繁に際限なく甘味を食べて太る、というのはこの上なく当然である。気付くのが遅いのだ。
そうして膳を見ながらしみじみとしている時、ふと思った。

「……蜻蛉切はもう食べた?」
「いえ。これは主の為に拵えられたものですので」

勝った。
誰と何を勝負している訳でもないが、瞬間的にそう思った私はこれ幸いと匙を持った。そのまま甘味をすくう。

「はい、どうぞ」

膝で立ち、膳の向こうに座っている蜻蛉切へ匙を差し出した。
ぱちくりとするその目は、堂々とした体躯に反していっそ可愛らしい。

「…主。そのような事は、」

私を窘めようと開いた口に、匙を突っ込んだ。
その際に漏れたくぐもった声は、手入れの時の声と少し似て聞こえた。
ああ流石にこれは怒られるだろうなと瞬時に後悔したが、蜻蛉切は眉を盛大にひそめたものの咥内に侵入した甘味をそのまま食べる。
そして咀嚼しごくりと飲み込んだ後に、改めて「主。このような事はおやめ下さい」と窘めてきた。
だが、窘める唇には派手にクリームが付いており、怖さよりも可笑しさが勝った。
それを指摘すると、彼は少し気恥しそうな顔をしながら口元を乱雑に拭う。
その仕草や表情は、悪戯された者が不貞腐れる時のものに似ていて、ああ自分が今しているのは悪戯なのだなと思った。
底意地が悪いのか、子どもなのか、その両方か。この悪戯はひどく楽しかった。
蜻蛉切も甘いもの好き?そう聞きながら、また匙を持った右手を差し出す。

「はっ、いえ、……はい」
「それはどっち?」

珍しく歯切れが悪くなる様子にくすくす笑っていると、腕まで揺れたのか、たっぷりすくった甘味が匙から零れてしまった。蜻蛉切の膝と、私の手を汚す。

「あ!うわ、ごめん」

咄嗟に右手を引っ込めようとしたが、それよりも早く、がしりと掴まれた。

「ぅ、え?」
「失礼致します」

蜻蛉切は一言断り、匙を抜き取る。そして膳に乗せたままだったおしぼりを片手で広げ、べとついた私の手を拭いだす。

「とん、ぼきり」
「はい」
「……先に着物拭きなよ」
「ご心配には及びません」

目の前の槍はじわりじわりと広がる膝元の染みに構わず、せっせと私の右手を清めている。
丁寧に、丹念に。その手つきはひどく優しい。荒々しく槍を振るう事が得意な手なのに、優しい事まで得意なのか、と感心した。
そして、感心した以上に恥ずかしくなった。
こうして手を取られていることが気恥しいのは勿論だが、この優しい槍に悪戯して楽しんでいた先ほどの自分が馬鹿だと思ったからだ。
好きな子をからかって喜んでいる男子を見た時に感じた、馬鹿だなあコイツ、という気持ちを思い出した。

「……あ〜……」

思い出したところで、顔をしかめた。
やはり、気付くのが遅いのだ。

「申し訳ありません、痛かったでしょうか?」
「いや、ええと、あの、全然。大丈夫です」

拭き終わった手が離れた。
おしぼりを畳みながら、蜻蛉切が呟く。

「自分も、好きです」

耳を疑い、呼吸を2、3回忘れたところで、「武人ですが…」と少し笑って続ける彼が甘味の話をしている事に気付いた。
私も、と咄嗟に言いそうになっていた正直な口をキツく結ぶ。

「主と共に食べれば、そう悪目立ちしないかもしれませんな」
「うん、今度は2人で食べよう」
「はい」

蜻蛉切は嬉しそうに頷いた後、「主は先にその甘味を召し上がってくださいね」とキチンと釘をさしてから部屋を退出した。

「…………これは勝てないなあ」

お手上げとばかりにぱたりと畳に寝そべって、常勝の槍が消えた襖を暫く見つめた。
たくさん食べたなら、たくさん運動すればいいか。そう思って口に運んだ甘味は、やっぱりめちゃめちゃ美味しかった。



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「手伝いありがとう、主」
「いえいえ、こちらこそいつもありがとね光忠」
「そうだ、遠征部隊からお土産にお団子貰ったんだ。君も持って行きなよ」
「やった!」
「ああ、この2本で最後だね。食べるなら2本とも持って行っていいよ」
「……蜻蛉切、どこにいるか知ってる?」
「え?うーんと…彼ならさっき池の鯉に餌やりしてるのを見たね」
「わかった、じゃ2本もらってくね」
「うん?うん、どうぞ」
「ありがと〜」



「……彼、甘いもの苦手だったと思うけどなあ」

CLAP