百聞は一見にしかず
自分で自分の身を守る。なんていうのはもう随分昔の話で、今や本の中のお伽話だけの世迷言に過ぎなかった。
バリーン、と大きな音を立てて2階の窓からガラスが割れる。騒ぎを聞きつけてやってきたのは私がこの学園で最も恐れている存在。しまった、と後悔しても遅い。教授の後ろに般若が見える。気のせいだと思いたい。ギギギ、と音がなりそうなほどゆっくり背中を向けると痺れる程の怒号が突き刺さる。
「ミス○○!またあなたですか!!」
「sorry.ラビリアル教授。悪気はなかったの。ね、許して?」
ジリジリと忍び足で後退する私とは裏腹にラビリアル教授はズンズンと距離を縮めてくる。
ー後ろは壁、追い詰められた。
「あなたの守護神がまた暴走したとでも!?そんな言い訳は聞きませんよ!あれだけ力を制御出来るようになさいと鍛錬を受けたはずではありませんか、次はありませんと忠告した筈です!」
額に指を突きつけられ、うんたらかんたらと長々しい説教が始まる。視界の隅に映る友人はそんな私を見ながらお腹を抱えて笑うだけだ。チクショウ、私だってこんなこと望んでないやい。ムッとした表情でそちらを睨んでいたらフルネームを静かに呼ばれる。あ、これは終わった。
学園名物、ラビリアル教授が本気で怒った時、生徒の名前を敬称なくフルネームで呼ぶ。有名な伝説だ。
キュイン、と音がした後、私は教授の怖い烙印を額に押し付けられた事を確信し、絶望に打ちひしがれた。
「よそ見とはいい度胸ですね、△△◯◯。貴方はこの学園始まって以来の問題児と専らの噂でしたが寛容してたのはご存知でしょうか。今の今まで目を瞑っていたのは、この学園長の思し召しである事をお忘れなく!暫く貴方には!この学園全域の清掃を!一人で!守護神の力なく!行って貰いますからね!」
ピシャリと言いつけられたその言葉に私は頭を抱え項垂れた。あれだけ恐れていた事が起きてしまった。ザワザワと何事だと野次馬をしている生徒達もラビリアル教授の判断に、ご愁傷様と言わんばかりに哀れんだ目を見てくる。屈辱以外の何者でもない。
そして何よりも腹が立つのは、事の発端で騒ぎを起こす要因となったこの男。先程から知らぬ顔で口笛を吹き明後日の方向を向いてる私の守護者、ルフィの頬を摘み何度目か分からない台詞を大きく叫ぶ。
「〜〜〜!!!あんたなんか…あんたなんか、今日付けて守護神クビよ!!」
海円歴2XXX年。
異世界の住人の侵略により、世界は一度滅びた。そして世界の創造主であるクリミナは世界を創ると共に新たな運命(さだめ)を人間に与えた。
一人に一人の守護神を授けよう、と。その一言は世界を大きく揺るがせた。
守護神の力で世界を侵略しようとする者、または誰もが怯えない国を作ろうと働く者。誰もが皆それぞれの野望を抱き、世界は建て直す事に成功した。だがしかし、光ある所に影はある。表裏一体である善悪も絶えないのが世界の在り方だった。
世界のどこかには今日も異世界からの住人が迷い込み、いつ世界征服を企むかも分からない存在に力なき者は怯える事しかできない。
ではどう立ち向かうか、その侵略を止めるのが私たちに定められた守護神の存在だ。
守護神とは私たちと同じ人間ではなく、創造主が作り出した神の申し子だ。
一人一人が特殊な能力を持ち、年齢は小学生のように幼い子も居れば年配の老人も居る。存在は消滅させられるまで、とほぼ不老不死に近しく、並大抵の攻撃で死ぬことはないが、寿命以外で仕えている人間が死ねば守護神の名を剥奪され存在意義のないただの魂となる。姿形は変わらないので、見た目は人間と同等の存在となり、剥奪された後の魂のみになった守護神は人間と同じ生活を送る事が多いとか。
基本的に守護神は仕えている人間に従順であるが
偶に人間に楯突いたり、手に負えない程暴走している守護神も居るらしい。私も守護神に振り回さる身としては他人事とは思えない。
「本来は従順である守護神の暴走を止められないなんて…私って本当に落ちこぼれなんだな」
「何落ち込んでんだよ。なぁ俺は腹減った!そろそろ飯食いいこーぜ!」
右手を振りかぶる。ボキッと軽い音がして目の前の守護神は吹っ飛んだ。
何すんだよ、首をゴキンと捻る姿に怪我の様子はない。そうでした、こいつはそんなやつでした。殴った右手が痛いなんて、こいつの能力を知ってさえすりゃ分かっていたことなのに。私は本当にラビリアル教授の言う通り学習能力のない人間なのだろうと更に落ち込んだ。
私の打撃を首ポキで諫めたこいつの名はルフィ。認めたくないが私の守護神というやつだ。
前世でこいつは相当の悪人だったらしく、問答無用で守護神に転生させられたとか。そう両親には教えられた。無邪気に笑うバカにしか見えないこいつが悪人な訳ない。守護神になってから10年間、私はずっとそう思っているけど。
私が幼い頃から口を開けば飯だの肉だの冒険だ、など振り回され続け、この学園に入学してからもそれは変わりなかった。お陰で他の守護神と衝突もするし学園には目を付けられるし散々だ。手に負えないにも程がある。友人であるナミの守護神の従順具合を見習ってほしい。…と、噂をしているとなんとやら。
「今日もド派手にやってたわね。本当サイコーね、あんた達」
背中を叩かれウッと言葉に詰まる。一部始終見てた癖に、私を見捨てた友人を私はまだ許していない。
「あんたの守護神が手に負えないのなんて、今に始まったことじゃないでしょ。諦めなさいよ。ねえサンジくん!◯◯にいつものスイーツだしてあげて」
「んナミさんの要望なら喜んでマドモアゼル」
指を鳴らすと秒で出てきたファンダンショコラに目を光らせ感激していると、食べ物で釣られるところとかあんた達そっくりじゃない、と小さく笑われた。
「あーあ今日は本当についてない」
ラビリアル教授から押された烙印は任務を終えるまで消えない。力を無に返す事ができる私でさえもう抗えないその烙印は、ラビリアル教授の能力の一つだ。
ラビリアル教授は人間に印をつける事ができる能力を持っている。印を押した人間に人に命令をさせたり、契約することで使役することも可能。
一見物騒な能力だが、私が押された烙印は一週間清掃を行わなければ消えない何とも間抜けな印だ。額に子供が書いたような星マークを付けられ、こんなものが存在してちゃおちおち外も歩けない。伸ばしかけの前髪はこの烙印を消すが為に眉ギリギリまで切ることが決まった。不運が今ひとつ増えてしまった。
「反省してるんだったら、ルフィ、手伝って」
「いいのか?一人でやれって言われてんだろ?」
ナミの守護神であるサンジさんからもらったお肉を食べながら宙に浮いたルフィはそう尋ねた。そうだけど、この学園を隅々まで掃除してたら一体何日、いや何週間かかることやら。果てしないくらい広いというのに拷問すぎやしないか。
事の発端である当の本人は呑気に肉を貪っているし、恨めしくて仕方ない。ルフィのいうことは最もだが、附に落ちなかった。
はぁ、とため息をついた時頭の上から声がかかる。
「あら、◯◯。珍しいわね、清掃活動?」
「これは幸運きた」
正面からやってきていたロビン先生に駆け寄って泣きつけば、笑って頭を撫でてくれた。ロビン先生は生徒の憧れの的である。綺麗でいい匂いで清潔感もあって優しくてそして頼もしい。そしてスタイルがいい。そして匂いがいい。何度でも言いたい。匂いがいい。
しなやかな手つきで私の頭を撫でたままこうなってしまった経緯を話すと、フフフッと花のような笑い声を上げ大変ね、と私から掃除用具を取った。
「ロビン先生?」
「ラビリアル教授には内緒ね」
人差し指を口に当てたロビン先生が呪文を唱えた時、無数の腕が宙を舞う。瞬く間にゴミの山だったその場が光が輝き始めた。そして、散らかっていたのは幻かと疑うほど、綺麗な場所に変貌していた。いつ見ても、圧倒される。
「さて、このくらいしかお手伝い出来ないけれど、ごめんなさいね」
「そんなことないです、ここが1番の難関だったんで助かりました!ありがとうございます!」
何度見ても美しい能力だ。見惚れているとロビン先生は役に立てて良かったわ、と笑いそのまま去っていった。見た目も中身も美しすぎて感無量だ。一番汚いと言っても過言ではない焼却炉が片付いた私は俄然やる気が湧いてきて、肉を食べ終わったルフィはそんなロビン先生の後ろ姿を見てあいつスゲーな!と目を輝かせていた。
ナミが私とルフィが似てるって言ったの、ほんの少しだけ分かる気がしていた。ほんとにほんの少し、ね。
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