あの子がいないと泣きそうだ






 もとは俺が格好つけたくて、始まったイタリア観光だった。その時に、なまえは「人が多くて逸れそう」と困っている様子で俺に言ってきた。苛ついているようになまえの手をとったが内心とても嬉しかった。

 よく俺はベッラな女を見つけては、周りが見えなくなる。それが仇となったのか、気がついたらなまえと逸れてしまったのだ。
 これじゃあ、弟にもバカにされちまう。「女一人、守れないのか」と。

「っ…ちくしょっ、なまえ!」

 ダメなのだ。これでは。

「なまえ、なまえ、なまえ!!」
 
 大声で名前を呼ぶ。周りが驚いたような顔をしながら、俺がぶつかったというのに謝りもしないから不満そうな顔をしながら、俺を見る。でも、そんなのは関係ない。
 俺の頭の中はなまえのことしかなかった。

「Ciao!オネーサン、美人だねぇ?一緒に遊ばない?」

 ふいに、背後からそんなお気楽な声が聞こえた。驚いて振り向くと、大柄な男の間から、短めのダークブラウンが見えた。なまえだ。
 呼びたかった。のに、大柄な男が邪魔で呼べない。違う、怖いから呼べないのだ。なんでこんな時に限って自分のヘタレな部分が出てくるのだろう。
 自分が、情けない。なまえは顔面蒼白と言ってもいいほど顔を青くしている。俺よりも黄色の混じった肌が、白く感じる。
 ーー助けねぇと。でも、怖い。
 開いた口から、空気が入ってくるからか、口が乾いた。視界が膜を覆うようにぼやける。情けないことに、俺はその場から降参するように逃げた。それも、一目散に。

 ドン。と、誰かとぶつかった。

「わわっ!ごめんよぉ〜…って、兄ちゃん!?」
「あぁ?……っ、馬鹿弟…それにジャガイモ野郎…」
「なにか、あったのか?」

 俺は、二人に話した。逃げたことを告げると、当たり前だが、二人は苦虫を噛み潰したような顔をした。分かってるんだ。最低なことをしたって。

「兄ちゃん…」
「ハッ…笑いたけゃ笑えばいいさ…分かってんだよ、どんなにダメな行動だってことは」

 二人は、それ以上は何も言わなかった。周りは騒がしいのに、俺達の間には沈黙が流れてた。
 そんな中、ジャガイモ野郎がため息をついた。俺は反射的に肩を揺らした。

「……とりあえずだ。なまえが今どこにいるかはわかるんだな?」
「ぉ、おぅ」
「なまえに、会いたいよな?」
「あ、当たり前だろ!」

 ジャガイモ野郎の青い瞳が小さくなった。そして、冷たい声で言い放ったんだ。

「なまえに会って、何がしたいんだ?」
「………は?」
「ナンパしていた男が怖くて、それで逃げたのに、会いたい?俺なら情けなくて会う顔がない…そう思うぞ?」
「それは……」

 図星だった。それがどうにもムカついた。
 フランスの奴のような、女に詳しいのならまだ良かったのかも知れない。だけど、言われた相手はジャガイモ野郎。それが、嫌だった。

「ド、ドイツ?」

 馬鹿弟がオドオドしながらドイツの顔を伺った。そりゃあそうだろう。俺とドイツの間には、火花が散っているように観じるから。また、沈黙がゆっくりと周囲を囲んだ。

「なっ、何なんだよ、畜生っ…!」

 俺はこの場に耐え切れなくなったのか、それともジャガイモ野郎に言われたことが図星で恥ずかしかったのかは分からないが、一刻もこの場から逃げ出したくて、遅い足を少しでも速く、と思いながら走った。それも、なまえがいる所とは真逆の方向に。
 それからの、アイツ等がなまえの所に行ったのかは分からない。でも多分アイツ等だから、急いで行ったんだと思う。
 俺は、何がしたかったんだろう?

 なまえの安心した顔が見たかった?
 なまえが大丈夫か確かめたかった?
  
 多分、この二つなんだろう。
 なのに、なのに、なのに!なんて、情けないのだろう。なまえの方が、分からない場所で、怖いだろうに。俺が、ヘタレなばかりに。
 これじゃあ、なまえに合わせる顔がない。もう、見たくもない。

「…そうだ」

 スペインの所に行こう。アイツなら、俺にアドバイスもくれるかも知れない。これから、どうすればいいのかのアドバイスを。
 俺は、急いでスペインの元へと行った。