「こんにちは」
「あ、ウォーカーくんだ!こんにちは〜」

 ヴァチカンによって組織された、対千年伯爵のための組織、黒の教団。その団員の一人がわたしだ。
 まあ団員といっても、エクソシストのように神には愛されていないし、科学班のような脳みそもない、探索班のように命からがら情報を集めるわけでもない、医療班のように皆を治療できるわけでもない。
 じゃあなにをしているのか。

 髪を切ってます。

 黒の教団には、わたし含め数人の理髪師が配属されている。
 けっこう自分で整える方も多いけど、理髪師に頼る方も多い。
 そんなこんなで、毎日代わる代わるお客様はやってくるんだけど、今日は特別有名な人がやってきた。
 それはエクソシストのアレン・ウォーカーくんだ。
 なにかと噂の的になることが多い彼は、わたしがいつも専属で髪を切っている。

「あれ、なんか分け目変えた?大人っぽくなったね」
「ああ……ちょっと気分で」
「へ〜〜いい感じ〜〜〜でもやっぱ前より伸びたね。今日はどうする?」
「ちょっと長さを整えてください」
「かしこまりました」

 ウォーカーくんに椅子に座るように促すと、ケープをそっと回して着ける。
 彼の監視をしている中央庁の監査官らしい人は、遠くのところでこちらを見ている。姿勢いいな〜。
 ケープを着けると、彼といつも一緒にいるゴーレムのティムキャンピーはわたしの頭の上に乗る。いつからかこんな感じになってるけど、わたしの頭の上って居心地いいのかな?かわいいからわたしは大歓迎なんだけど。

 ちょっと椅子を寝かして「髪の毛濡らしまーす」と声をかける。しゃしゃっと濡らして椅子の角度を戻すと、軽くタオルで拭いた。

「おお〜〜〜なんか男前になってきたね」
「本当です?」
「ほんとほんと。でも、前までおでこのお星さまを隠すような髪型ばっかだったのに、どうして見せるように分け目変えたの?」
「……」

 あれ、地雷だったか。ごめんなウォーカーくん。

「あ、話したくないなら話さなくていいからね。ごめんね、わたしが野暮だった」
「いえ、大丈夫なんですけど……」

 少し気まずそうに視線を逸らす鏡の中のウォーカーくん。
 え、地雷だったんでしょこれ。やっちまった。

「ほんと話さなくて大丈夫だからね。じゃあ切ってくね」
「……はい」

 新しい本部に移ってからどうにも慣れないと思っていたけど、やっぱり日々を過ごしていけば自然と馴染んできた。道具も新しくなったし。というかあのレベル4襲来事件とコムビタン事件のせいで道具ほとんど壊れたんだよね……。
 やってくる方々もどこかそわそわしていたけれど、最近は慣れてきたみたいだ。
 ただ、ウォーカーくんは新しくなってから初めて来たから、少しそわそわするみたい。

「鏡とか新しくなったからいい感じでしょ?」
「そうですね。前のも曇り一つなかったですけどね」
「あっら〜〜お上手!さすがウォーカーくん、モテるもんね」
「ええ!?いやいやそんな……!」
「照れなくてもいいって!前担当した方もウォーカーさん素敵!って言ってたし」
「そ、そうなんです?」
「そうなんです。いいね〜モテモテだね〜」
「なまえさんもモテるでしょ」
「また上手いこと言って!」

 そんな感じで楽しく談笑しながら髪を切っていると、また少し思い詰めるように遠い目をするウォーカーくん。
 そういえば、彼はゲート設置のために本格的に引っ越しする前に新しいホームにやってきて、そのときにクロス元帥となにかを話したって噂を聞いた。さらには彼がノアの宿主だとかいうのも聞いた。わたしにはよくわからないけど。
 そんなこともあって、ウォーカーくんはかなり追い詰められているんじゃないかと思う。

 それにしても16歳にしては重いものを背負わされすぎているなと感じる。
 初めて髪を切ったときもわたしはずけずけと額のお星さまについて聞いてしまって、しぶしぶ「育ての親から呪われているんです」と自分の過去を話してくれた。だから髪色も抜けてるって教えてくれたけど、かなり過酷な人生だ。
 その上ノアたらなんたら言われて、なんなんだ本当に。わたしが16歳のころなんてぺっぺらぺーだったぞ。世の中のことなんてまったく考えてなかったし。
 そんなこんなでわたしも考えに耽りながら髪を切っていると、「よくわからなくなったんです」とウォーカーくんが言った。
 ん?と顔を上げて鏡越しに彼と目を合わせると、少し頼りなさげに笑った。

「僕は、育ての親をAKUMAにして呪われました。でも、破壊する直前に、僕のことを愛しているって言ってくれたんです。だからずっと歩いてこられた。でも、」

 ウォーカーくんの綺麗な目が少し伏せる。

「……最近、いろんなことが起こって、よくわからなくなりました。マナが愛してると言ったのは、いったい誰に向けてだったんだろうって、そればっかり考えちゃって」

 どうやらこの前のクロス元帥との会話で、彼はなにかを知ってしまったみたいだ。大事ななにかを。

「……ごめんなさい。本当は話すつもりなんてなかったのに、なまえさんが優しいから話してしまいました」
「え、なんか優しいことした、わたし?地雷踏み抜いてるでしょ?」
「多分分け目を変えたことはつっこまれるだろうなとは思ってたんです。でも、僕が話すのを戸惑ってたのを察してくれて、それからも普通に接してくれたから」

 「初めて切ってくれたときもそんな感じだったから、話しちゃったんですよね」と眉を八の字にして笑うウォーカーくん。
 わたしは地雷を踏み抜いてるから申し訳がなさすぎるんだけど。
 でも、思い詰めていることを吐き出せる場所をわたしが作り出せたのなら、それはわたしも踏み抜いて良かったのかなとも思う。

「……世界は自分が見えている姿でしか捉えることができない」
「……え?」
「結局のところ、自分以外の視点で世界を見ることなんてできなくて、そんな中でなにかを思いやって考えて生きていくしかないんだよ」
「……」
「たとえ血の繋がった家族であっても、他人の考えてることを完全に理解できることなんてできない。自分ではその人の視点で世界を見ることはできないから」

 少し長くなったウォーカーくんの前髪を整えるように切る。赤いお星さまが、鮮やかにそこにある。

「だから、その人が自分のためにしてくれたことをそのまま受け取って、『この人は自分のことをこう思ってくれているんだ』って思い込んで、それを本物にして生きていくんだよ」
「……思い込んで」
「だから、ウォーカーくんが親御さんに『愛している』って言われたのなら、それを素直に受け取って、その気持ちは本物だったんだって思い込む。そうしたらそれは本物になる。そうやって世界はつくられていく」
「……」
「きみは愛されていたんだよ。自信を持って」
「……!」

 そうして前髪を切ると、椅子を寝かせる準備に入る。

「はい、じゃあささっと髪洗うね」
「あ、……はい」

 科学班が作ってくれた特製シャンプーで髪を洗う。
 お湯で流すと、ウォーカーくんの髪はキラキラと輝く。わたしはその瞬間が好きだ。

 またもや科学班特製の髪を乾かす機械で乾かすと、良い感じに整えられた。我ながらに今回も上出来。

「はい、できました!」
「ありがとうございます」
「いいえ〜、またちゃんと帰ってきて切りに来てね」

 わたしはいつも髪を切ると、エクソシストや探索班の人たちにはそう告げる。それが祈りやら呪いやらにでもなって、その人を生かしてくれることを願うからだ。

「……なまえさんは、思い込んで生きてきたんですか」
「ん?」
「今まで、ずっと」
「まあね。まーでも思い込みすぎてもダメだけどね」
「そう、ですか」
「まだまだ若いんだから、そんなに思い詰めたらダメだよ、ウォーカーくん。ちゃんと吐き出さないとどんどん溜まってくからね」
「……はい」
「また来てね。話聞くだけならなんぼでも聞いたげる。ティムもね。あ、よかったら監査官さんも」
「私は結構です」
「え、めちゃ辛辣」

 めちゃめちゃツンじゃん監査官さん。でもその綺麗な前髪は誰が切ってるんだろう。気になる。まさか自分……?と思いを巡らせていると、ウォーカーくんがわたしの視界を遮るように前に立った。なんか前より身長も伸びてる気がする。

「また来ますね」
「はい、待ってます」
「明日から任務なんです。何かお土産買ってきます」
「え、うれし〜〜!無事に帰ってきてよ」
「はい、もちろん」
「がんばれ〜〜」

 ウォーカーくんの背中を軽く叩くと、少しすっきりしたような顔で笑ってくれた。
 そのまま出ていくのを見送ると、ちゃんと帰ってくるんだぞ〜と念を送っておく。

 でも、彼の髪を切れたのはその日が最後だった。

 わたしは別の人の髪を切りながら、あの子は大丈夫かな、とたまに思いに耽る。
 わたしの手の届かないところに行ってしまったから、わたしにはどうすることもできない。ましてや、わたしはエクソシストではないから。

 だから、これからも、あの子のお星さまが髪に隠れているのか、それともまだ見えたままなのか、とか見当違いなことを考えて、大事なことから目を逸らしたまま、毎日を過ごしていくしかないのだろう。

 どうか彼が、彼自身が納得できる人生を送ることができるよう、わたしは今日も此処から願っている。

○○○
(追記)
26巻の談話室で、アレンは理髪師さんは予約制でめんどうだから行ったことないとの情報があったのでめちゃくちゃif話として受け取っていただければ幸いです……すみません……(痛恨のミス)




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