How to get there before you meet.


01.路頭に迷った子猫ちゃん
自分が守ると決めたのに、俺は全てを捨てて逃げてしまった。
なんて身勝手でプライドも無いちっぽけなオーガなんだろうと、モモンは重たい足取りで街の商店街を歩く。
「まったく…このご時世いいとこの坊ちゃんが一人で歩くなんて…犯してくれっていってるようなもんだろがい」
その重たい足取りの横を歩くのは昔馴染みのエルフ、リウだ。
数年前に強くなると決意してからも勉学には励んでいたが、どうやら自分は絵を描くことが好きらしく、気まぐれに本などを出してみたコトがある。
するとその作品に対してファンになってくれた人がいた…それがこのリウである。
そこからトントン拍子で仲良くなった現在、自分が信頼できる唯一の人物であり、現状では頼りになる唯一の存在である。
「犯してくれって…そんなエロ漫画じゃあるまいし…」
「そーいうコトが普通に起きるのが世の中ってもんだよ!!」
いいから黙ってついてくりゃいいんだよ!!と持っている棍でモモンの尻をバシバシと突いてくる…。
はぁ…と深い溜息をはきつつもモモンはリウの小さい背中に頼るしかなかった。
(ごめんなさい母さん父さん…俺に時間をください)
何故重たい足取りでリウと歩いていたかというと、つい先日、自分の婚約者がその身を走る馬車の前へと投げ出して亡くなってしまった。
しかもその腹の中には新しい小さな命があったという…、しかし自分にはまったくそういった行為をした覚えがなかったのだ。
幼い頃から婚約をしていたとはいえ小さな愛をお互いに育んでいたのに、自分の知らないところで別の男と結ばれていたなどと誰が思うだろうか。
信じていた存在からの裏切りと、小さな命と共に消えてしまった婚約者をなくしたショック、そして家族からの腫れものを触るような視線に耐え切れなかったのだ。
この気持ちと今だ知らない社会のコトを知るために、その場のノリと成り行きで屋敷を飛び出してきてしまった。
ポケットマネーと最低限の荷物を持って飛び出してみたのはいいものの、何をどうしたらいいのか分からないのが貴族の息子というもので…。
ただアストルティアのグレン城下町でぼけっとデカイ図体で立っていた所に、タイミングよく件のリウから連絡がきた。
ああ!ガズバラン様ありがとうございます!とその連絡を受け、大体の事情を話すとものすごい勢いで叱られた…。
「ああーもういいからそこで待ってな!!」
とすごい勢いで連絡を切ったと思えば、ものの数分でグレンまで来てくれたというところである。
「リウっていい奴だよな…」
「いや、なんも知らないアンタを放っといたらマワされそうで怖いし」
「なん…?」
意味わからんコトを言い出したので、さっきの自分の言葉は前言撤回である。

*

「うっ…疲れた…」
時計の針は既にに22時を指示している。
街の傭兵に案内されたコロシアムに設備されている酒屋と宿屋で一泊するコトに決めたモモンは、酒場のカウンターに突っ伏した。
「家の訓練とは違う意味で疲れた…」
あれからリウに言われるがままに酒屋での登録、預り所の登録、郵便の登録…と町で一人で暮らしていく為に施設での自分の名前を登録させられた。
それからというもの「最低限これやっとけ」と神官を紹介されて全ての職業を解放させられ、更には5職のレベルを強制的に50以上に底上げされたのだ。
武闘家に至っては今日一日で70まで上がっている…疲れない筈がない。
「はぁ〜…お兄さんこれでなんか適当に作ってくれ…」
カウンターに突っ伏したまま1万Gをぽいっと出すと、カウンターの向こうにいたウェディの店員は驚いたようにその金を受け取る。
が、疲れたような客に何かを言うコトはなく、ふっと笑ってカチャカチャとキッチンで何かを準備し始める。
やがていい香りがしてくると共に、コトリとカウンターに豪華なプレートが置かれた。
「はいお客さん、初めてだしかわいいからちょーっとオマケ」
と1万Gはするであろう豪華にプレートに、ちょっとだけ高そうなグラスに注がれたワイン。
疲れた体が目の前の食事を本能的に欲しがっている…証拠にはしたなくも腹が「ぐぅう」と大きな音をたてた。
「ははは、どうぞっおにーさん」
ウェディのバーテンはウィンクを一つ飛ばして給仕に戻っていった。
「いっ…いたたぎますっ…!」
香ばしい鶏肉の焼けた香りと、添えられた瑞々しい野菜と、あたたかなコンソメスープが空腹を助長させる。
自宅にいるときはマナーを気にして食べるコトが当たり前であったが、今周りを見渡せばそんなコトを気にせず皆が皆好きなように食べて呑んでいる。
「誰も気にしてないし…いい…よな」
郷に入っては郷に従えというしな…と、目の前のチキンにガブリと食らいつくと、じゅわりとした肉汁が口の端から垂れ落ちる。
ぺろりとその肉汁を舌でなめとり、口の中でゆっくりと咀嚼していくとじんわりとした味が広がっていく。
「んんん〜♥」
その甘露なうまみに顔を綻ばせながら黙々と目の前の食事にありつく。
そんなモモンを周囲の男女がゴクリと生唾を飲み込みながら眺めていた。
(おい…あいつ…)
(お、おお)
(新顔かしら)
一般の身分じゃ手に入れられない素材で作られたような豪華な装備、そして頭からつま先まで随分と手入れが行き届いている身だしなみ。
服の上からでは中々分からないが、均等のとれた身体と発達した胸筋肉、そして長くがっしりとしているがしなやかな首。
それに漆黒の黒い髪が光りを反射して紫色に輝き、瞳は宝石のような紫色、そしてキレイに配置されたパーツ…それは目立たないが美しい顔。
ちょっとでもいいからとなりに座って声をかけたい…が、どことなく近寄りがたい雰囲気を醸し出していて中々に近づけない。
周囲がチラチラとモモンを見ている中、突然その対象がガクンッ…とカウンターに突っ伏してしまう。
「は?」
近くに座っていた男が何が起きたのだろうと声をあげる。
カウンターの中で給仕をしていたウェディがチラリとのぞき込むと
「んにゃ…」
「寝てる…」
潰れてしまったモモンの手に先ほど出したワイングラスが握られているのを見て、少しその量が減っている。
どうやら酒に弱いらしいというコトはわかった。
どうしたものか、と頭を悩ませているところに一つの影が落ちてくる。
「お困りですね?にーさん」