How to get there before you meet.


02.だから言ったじゃんとどこかで声が聞こえた
男の名前はアンヲルフと言った。
オーガの中でも一際大きく2m50cm…それ以上あるかもしれない身長に、鍛え上げられた肉体、そして獰猛な狼のような赤い瞳。
白銀のくせっ毛が余計に狼のような風貌に見せているだろう。
ラッカランを拠点として傭兵をしている彼は、その日の「宿」を捜していた。
「今日の依頼はさほど貰えなかったしなぁ、適当な相手探して寄生すっか」
金の入った袋を上にポンッと投げてから空中でひったくると、その金は自分の懐にしまい込み、いつもの酒場へと脚を運んだ。
コロシアムの地下にある酒場は活気があるが、飯も旨いし何より「楽しめる奴」が多い。
さて今日の「宿」は〜と鼻歌交じりに階段を降りていくと、馴染みの酒場が姿を現す…が何分いつもと様子が違っていた。
空気がガヤガヤではなく、なんとなくドヨドヨ…っとしている。
「あんだぁ?」
その空気と周りの奴らの視線をたどっていくと、カウンターテーブルに突っ伏した一人の男がいた。
どうやらカウンターのそいつは酔いつぶれてしまったらしい…、そしてあまり見慣れない恰好をしているので新顔だろう。
身なりは整っているし金の羽振りはよさそうだな、とアンヲルフは今晩の「宿」をその彼にするコトに決める。
さて、あとはどうにかして取り入るだけだ、と妙な空気の中をずいずい進んでいく。
「お困りですね?にーさん」
カウンターの中にいる馴染みのバーテンに声をかけると、相手は「あ」と声をあげた。
「アンさん〜どうも」
「どうもっ…とこいつどうかしたのか?」
「う〜ん実はねぇ」
バーテンが言うには食事と共に出したワインを少し飲んだだけて突然突っ伏してしまったという。
チラリとグラスを見れば、確かに全然減ってないのが分かる。
(どんだけ下戸なんだよコイツ…)
オーガのくせにそんなに弱くて情けねぇな、とカウンターに肘をついて顔を覗き込む。
今思えば覗かなければよかったとアンヲルフは後悔しただろう。
「うっわ」
真っ赤な顔をした男なんてよっぽどの好みじゃなきゃ勃つもんも勃ちゃしねぇよと思うところだが、目の前で潰れている相手は違った。
サラサラの黒髪にへにょりとつむじから立つくせ毛、普段はキリリとしているのだろうか長く整った眉に今は閉ざされている瞼、それを飾る眺めのまつ毛。
口は少しだけよだれが垂れているようだが、オーガの割には少し小さいだろうか…男で薄い唇だが赤く熟れたピンクグレープフルーツの様でかぶりつきたくなる。
「ほーん?」
中々カワイイ顔をしているかもしれない、と背後から手を回して肩を抱いてみればなかなかにむっちりとした躰をしているコトがわかる。
上品な装備を身に着けてはいるが、胸元は盛り上がっており胸の筋肉がよく発達しているのも丸わかりだ。
(これは…いい宿みっけたかもな)
どっこいしょっと爺くさい声と共にその身体を小脇に抱えて、カウンターでその一連の行動をみていたバーテンが溜息をつく。
「アンさん…」
「いーじゃねぇか!厄介払いできたと思って…な?」
宿代はこいつに着けといてくれよー!と後ろ手にひらひらと手を振りながら、階段を上って宿屋の方へと向かう。
そんなアンヲルフの後ろ姿を見ながら、先ほどまで酔いつぶれた男…モモンを見ていた周囲は肩を落とすモノもいれば、やっぱりなという表情をするものもいた。
「あいつが相手じゃあな」
「そうよね〜…でもあの子かわいそ」
「ははっちげぇねぇ!」
そして酒場はいつもの喧噪を取り戻していった…。

*

受付で代金は支払い済みだと言って二人分のキーを貰い、用意された部屋へと足取り軽く向かった。
抱えたオーガは自分にとってはさほど問題になる程の重さではない。
整えられたベッドの上へとその男…モモンの体を仰向けに下ろすと、力なくシーツへと埋もれた。
アンヲルフはベッドに膝立ちになり、相手に体重をかけないようにして馬乗りになると着こまれた服を脱がしにかかる。
「ヤッちまえばこっちのモンだぜ?」
あんな酒場に一人で来て潰れちまってる方が悪いんだぞ、と耳元で囁いてまず上着の前を開いてやった。
それによって呼吸がしやはくなったのか、浅かった呼吸が深いものへと変化し、胸の上下が大きくなる。
「さぁてもう一枚開いてやろうね」
黒い上着の下には品の良いブラウスが着こまれていたので、まず首元のレースのリボンを解いてやり、飾りボタンを一つ一つ外していく。
プチ…プチ…というボタンを外す音がやがて止み、アンヲルフがモモンの顔へと視線を戻す…と。
バチリと紫色の視線と自分の赤い視線がぶつかる。
「あ」
「なん…?」
何が起きているか分からないような顔をしてこちらを見ている。
アンヲルフからは豊満な胸筋の丘の向こうに惚けた顔が見えているだけだが、彼と視線がぶつかった瞬間、アンヲルフの脳天に雷が落ち全身を駆け巡る。
というのは比喩ではあるが、確かに今、目が合った瞬間にアンヲルフは何かを感じたのだ。
それが何だったか、アンヲルフは本能で知っていた。
「まじか」
今までこんな事はなかったのに、まさかこの男で?と軽くショックだが確かに目の前で動けずにいる男は自分の好みドストライクである。
「まじか〜」
ボスンと胸の間に自分の顔をうずめると、「ひょえ」と気の抜けた声を上げた。
どうやら自分の胸がさらけ出されているのに気が付いたのだろう。
男だから別に気にしなくてもいいだろうが、この状況で自分の胸が開けているというのはいただけない、というか寧ろ危険な状況であると判断したのだろう。
モモンの紫色の目が一瞬にして歪み、目の前の自分の胸に顔を埋めて馬乗りになっている男の下半身目掛けて己の脚を振り上げる。
「このっ…」
素人童貞…素人処女を奪おうと思っていた相手の脚はどうやら素人ではなかったらしい。
股間に走る激痛と、今自分に起こった事を説明するとこうだ。

一目ぼれした相手に股間を蹴り上げられた。