おやつ



「ジャックっていうのね」

 そう言って微笑んだ彼女に、何故か居心地の悪さを感じて口を尖らせる。彼女は多分その時点で次の言葉をなんとはなしに察していて、ジャックが話し始めた時にはもう困ったように首を傾げていた。

「……別に、スナまでそう呼ぶことないのに〜」
「みんな混乱するでしょ……それに私も。まだ慣れてないの」

 そう言って笑って、殆ど口をつけていなかったケーキを一口食べた。ジャックはテーブルの真ん中に積まれたお菓子に手を伸ばしながら、それでもまだ少し不機嫌そうにしている。さっきより傾いた陽光が部屋を明るく照らす。レムやセブンがWスナにWと渡した菓子類だったが、殆どがジャックの腹に消えていった。優雅に紅茶を飲むスナは、ジャックの行動を咎めもせず、それどころか、こっちも美味しそうよ、なんて別の菓子をも差し出している。

 
 ジャックが彼女を朱雀に連れて帰って、二週間ほどが過ぎた。取り調べや検査はあったものの、朱雀から拉致された捕虜だったというジャックの説明があったためか、すぐに解放された。それどころか、首都に小さいながらも住家と、仕事まで斡旋してもらった。首都に届いた物資を魔道院まで運ぶ仕事だ。賃金が多いわけではないが、ささやかな一人暮らしをするには事足りる。
 助けてもらったときに知り合った0組の面々も、任務の帰りに時折様子を見に来ていた。
 満ち足りた環境に、親切な友人。身に余るほどの幸せを突如手に入れ、スナは戸惑いながらも徐々にその実感を得ていた。

 今日はジャックが、スナの家を訓練終わりに訪ねていた。スナは自分の皿に乗った土産物のラズベリーパイをまた小さく一口頬張った。しみじみと、美味しい、と呟いてから、思いついたように話題を変える。

「そういえば話し方、随分かわいくなったね」
「はぁ!?」
「あ、もったいない」

 手に力が入ってしまったせいで崩れたパウンドケーキが、机上に大小のかけらとなって落ちた。スナはその中の大きい1つをひょいとつまんで口の中に入れる。ジャックは辛うじて手の中に残った残骸をなんとか食べ切ってから、こびりついたくずを手をはたいて落とした。手拭きいる?ううん、いい。素っ気なくそう返したジャックは、そんなことよりと声を潜めて訊く。

「……僕、どんな喋り方してるの〜?」
「ん〜?そうだなぁ、柔らかくって、優しい感じかな?」

 楽しそうなその言葉に、ジャックはますます頬を膨らませた。スナは不満そうな表情をちらりと見て、涼しい顔のままケーキを頬張る。

「それって『かわいい』とは違くない〜?」
「ふふ、拗ねてる。かわい」
「っ、もしかして僕、からかわれてる〜?」
「まさか」

 くすくすと堪え切れないように声を漏らす彼女は、子供の時とは違ってしまっていた。『おねえちゃんの』から『よく知らない年上の女性スナ』になった彼女に、寂しさと距離間を感じて口籠る。ジャックの表情をどう受け取ったのか、スナは笑うのをやめてフォークをテーブルに戻した。

「そんな顔しないで。ごめんね」

 まだ少し笑いを頬に残したまま、眉を下げてジャックに手を伸ばした。頭を撫でようとした手のひらは、高さも距離も足りずに途中で落ちて、スナは苦笑する。

「あんまりかっこいいお兄さんになるから、動揺してるの。ごめんなさい。機嫌、なおしてくれる?」

かっこいい、という言葉に、単純な心臓が反応しそうになった。ジャックは反射的に堪えるように口を固く結び、そのすぐ後に彼女にどういう印象を与えるかの可能性に気付く。懸念に反して、スナは笑顔だった。その言葉の選び方も、笑顔も、一緒でなかった時間の長さを感じさせるのに十分で、ジャックは悔しかった。





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