>>ある使用人の話

「ルーク様の無事が確認できない」

 邸中を捜索した騎士は絶望に揺らぐ声で呟いた。
 その言葉に、ファブレ公爵家にいる使用人一同青褪めた。

 ND2018、レムデーカン・レム・23の日。
 1月に当たる冬本番の厳しさの中、事件が起きた。
 譜歌を用いて賊が侵入したのだ。
 そのせいで多数の昏睡者が出てしまい、皆どこかしらに怪我をした。酷い者はベッドから起き上がれずに苦痛の声を漏らしている。
 当時警護の任についていた、白光騎士団の騎士は軒並み処分されるだろう。賊の侵入を防げず、挙句に攻撃されてしまったのだ。これで何の咎もなければ、白光騎士団の存在意義も、その騎士たちが邸を警護している意味もなくなる。
 そのことを理解している者たちは、固唾を飲んで暗い表情をしていた。

 悲劇は重なった。
 賊侵入後、ファブレ公爵子息は行方不明になってしまった。
 賊とファブレ公爵子息は第七音素術士だった。二人が接触したことで擬似超振動が発生してしまい、行方が掴めなくなってしまった。

 ルークは生死不明だ。死亡している可能性は十分あった。生きていたとしても、マルクトにより誘拐されたルークは記憶喪失になり、世間知らずであるように育てられた籠の鳥だ。
 無知なルークが人の良い者たちに保護されるのなら良い。だが、そうでなければ。ルークがキムラスカ王族であることを知ったら、いや、そうでなくてもルークは外見が良く利用される可能性は十分にある。人身売買や、男の性を利用して売られる可能性もあるのだ――想像は肝を冷やした。

「部屋で処分待つように」

 ファブレ公爵の厳しい声に使用人一同うなだれて従う。
 顔色を失くしてふらふらとした足取りで戻った一人の使用人の男は、部屋に戻るなり、ベッドに腰掛けて頭を抱えた。

(くそ……なんでこんなことに……)

 ファブレ公爵家の使用人にようやくなることができたのだ。ここで一生懸命仕事を勤めれば、生活の保障と多額の給料を得ることができる。それに将来ファブレ公爵家を辞したあとも、ここで働いていた経歴は何かの役に立つだろう。男の未来は明るいはずだった。
 だが、今となっては……。
 良くて解雇。
 悪くて処刑。
 そんな未来しかない。
 解雇された後、生活するために泥水を啜るような思いで仕事を見つけなければならない。ファブレ公爵家解雇という経歴が足を引っ張り、まっとうな職業につくことはできないだろうが。

 絶望と失意に飲み込まれて、男はベッドに転がった。ベッドサイドに置いてある大きな本型の譜業が目に入った。シェリダンの技術の粋が詰め込まれたパーソナル・コンピューターというものだ。距離を物ともせず遠くにいる人物と気軽に情報を交わせることから、その利便性を認めた金持ちを中心に広がりを見せつつある譜業だった。
 一年分の給料を貯めてようやく買えた譜業が視界に入り、男は起き上がった。

(そうだ)

 どうせ解雇されるんだ。下手をすれば、首と胴体がおさらば。そんな原因を作った奴を自分より不幸にしてやろうと思った。

(あのスレに投下してやる)

 賊だけが幸福になるなんて許せない。



>>あえていうなら正義の使者()


 セントビナーの宿屋に向かっている最中のことだった。

「あのー、写真一枚いいですか?」

 二十歳ほどの金髪の女性が愛想良く近寄ってきた。女性の手には、写真を撮影するための箱型の譜業が一台。

「んぁ? 俺たち?」
「はい。私、写真を撮るのが趣味でして。良い被写体を探していて、とても素敵な方々をお見かけしたので、是非撮影のご協力をお願いできないかと思いまして……」
「写真か……俺、その譜業初めて見た。ちょっとそれ見せてもらっていいかな? カメラっていうんだろう?」

 ガイは女性が持っている箱型の譜業に興味を示した。
 もともと譜業に並々ならぬ関心を持つガイのことだ。ルークとしては呆れはするが驚くことはなかった。女性にフレンドリーに近寄ったガイは彼女に対して質問を浴びせる。

「それどうやって撮影するんだ? どういう原理で動いているんだ? そのカメラっていくらくらいなんだ? ちょっと撮らせてもらいたいんだが、ダメかな?」
「えっ、えっと……」

 女性は目を丸くさせて、若干ガイの勢いに引いていた。

「……ガイ、恥ずかしいからやめろよ」

 身内の恥を見せ付けられて、ルークは目を半眼にさせてストップをかける。

「でもルーク、このカメラ俺初めて見たんだよ」
「知るかよ。自分で買えばいいだろ」
「簡単に手に入るようなもんじゃないんだよ。高いし……」

 ファブレ公爵家の使用人の給料は決して安くない。それどころか、高い方だ。それなのにガイが高いというほどなのだから、かなり値が張るのだろう。ガイはカメラという譜業の魅力について語りそうにしていたが、ルークは譜業に興味が無いので「へえ」と関心の無さを表すような声で相槌を打つだけだった。
 女性は自らが持つカメラに視線を落とすと、にこりと笑った。

「では、皆さんを一枚だけ撮らせてもらえるのなら、すこしの間このカメラお貸しします」
「本当か!?」

 目を輝かせたガイを見て、ルーク達はダメだこれ、と悟った。
 ガイの勢いに負けて、ルーク達は一枚だけ写真を撮ることに同意した。

 その写真がネット上で出回るとは、露知らず。



「これでいいの?」

 はい、と手渡されたのは一枚の写真だ。男が頼んだ一行の姿がばっちり映っている。全身像を写しておきながら、顔までしっかりと映している。

「ああ、ありがとう」

 男はにっこりと笑って、女に礼を言った。

「悪いな、変なこと頼んで」
「べつにいいよ。幼馴染の頼みだしね」
「今度おごるからさ」
「じゃあ楽しみにしとく! ところでこんな写真どうするの?」
「んー? ナイショ」 

 男は含み笑いを見せる。その姿に幼馴染の女は「また悪いこと企んでる」とあながち間違っていないことを呟いた。
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