見出した結末

 ヴァンとの決着はあっさり片付いた。それはもう拍子抜けするくらいに。



  見出した結末



 エルドラントが崩れていく。

 「早く此処から離れろ。俺はローレライを解放する」
 「ルーク!!」

 その場にいた仲間全員が叫ぶ。もう躊躇している暇はない。

 「必ず、必ず生きて戻ってくださいね!約束ですわよ!」

 ナタリアは泣きながら訴えた。それを見て“ルーク”の顔は歪んだ。

 (・・・一番守りたいと思っていた人間を泣かせてしまったな)

 遠ざかっていく彼らの姿を見ながら、彼は自嘲気味に笑った。あのレプリカが常日頃「どのような理由があれ、女を泣かせるやつは万死に値する!」と言っていた事を思い出した。この事が彼女に知られたら、またあの時のように急所を蹴り上げられるのだろうか。

 (あいつならやりかねん)

 あの痛みを思い出し、背中に冷や汗が流れる。ガクン、と大きく地面が揺れて慌てて我に返る。そんな事を考えている暇はなかった。今までの考えを打ち消すように、ローレライの鍵を地面に突き立てた。鍵を中心として地面に譜陣が広がる。

 「さあ、ローレライお前の望みを叶えてやる!!」

 光が溢れ目の前が真っ白になった。








 気が付いたら焔が自分を取り囲んでいる。その焔は絶え間なく動き、人と思しき形になった。

 “世界は消えなかったのか。私の視た未来が僅かでも覆されるとは、驚嘆に値する・・・”

 「ローレライ?」

 “いかにも。我と存在を同じとする者よ。礼を言う。これで我は解放される”
 「そうか」
 “お前を仲間の元に還した後、我は音譜帯に行く。もう一人の半身と共に”

 「もう一人の半身!?まさか!!」

 あの時消えてしまった彼女も自分と同じ、ローレライの完全同位体。彼と一緒に居るのか。
 そのルークの心中を察したのか、ローレライがある事を告げた。

 “今ならまだ会えるぞ。・・・どうする”
 「会うに決まっているだろう」

 ルークが言うと、ポンと―そうとしか言いようが無い―目の前にあのレプリカが現れた。

 「え?あ、アッシュ、じゃないルーク!何でここにいるの!!ちょっと待って、あなた死んじゃったの!?あれ、ローレライも何故ここにいるの!?」

 当然といえば当然だが、彼女は見事にパニックに陥っている。ローレライが“いいから落ち着け”と物凄く優しい声で宥め、今までの事を簡単に説明している。自分との扱いに滅茶苦茶差が有るように感じてしまうのは、きっと気の所為ではない。

 「そいつの言うとおり、ローレライの鍵を使って解放したら此処に来ただけだ。勝手に殺すな」
 「あ、そうなの。じゃヴァンを倒せたのね、おめでとう」

 ドンドンパフパフパフと暢気な拍手までくれた。ルークはがっくりと脱力する。相変わらず緊張感がない人間だ。

 「ローレライ」
 “何だ”
 「こいつを地上に戻せないか。というか生き返らせる事は出来ないか」

 爆弾発言。

 「何言っているの。出来る訳ないじゃない」
 “出来るぞ”
 「それならやれ」

 「ちょっと待った―!!」

 シアがストップを掛けた。

 「私、もう死んだ人間よ?そんな事自然の摂理に反するでしょう」

 「摂理が何だ。俺は解放などという大事業を成し遂げたんだ。物事にタダというのは存在しない。代価というものを要求しても可笑しくないだろうが。ローレライ、お前も人間に対し貸しなど作りたくはないだろう」

 “そうだな。貸しなど無い方が良い”

 「はいはいお二人さん、本人の意思を無視して勝手に交渉しないでくれる?私死んだ人間なの。周りにどう説明するつもりなの?私以外一万人ものレプリカが死んだのよ。彼らも生き返らせないと可笑しいでしょう。特別扱いは遠慮するわ」

 冗談ではない、とでも言うかのようにシアは抗議する。

 「パンを買えば金を支払うのと同じで、ローレライ解放の謝礼がお前というだけだ。何も変ではない。お前外殻大地降下作戦の功労者だって事忘れているだろう。それにお前は障気からこの世界を救った」

 「それを言うならあなただって降下作戦に参加したじゃない。それに障気は私の力だけでは無理だったのだし」

 “あのレプリカ達はお前と違って存在が希薄だった。彼らの再生は不可能だ。それにあの世界の出身者で、転生した先で命を捻じ曲げられたのはお前だけだ”

 「・・・!ローレライ、知っていたの!?」
 「何の事だ?」

 ルークだけ訳が分からない、という顔をしている。

 “あの世界でアレに巻き込まれた人間は、色々な世界で再生を果たした。その中でお前はかなり特殊な生を送ることになったのだが、まさかこんなにも早く、生を終わらせられるとは・・・”

 「つまりお詫びの意味も兼ねての転生だった訳?それなら記憶をどうにかしておきなさいよ」

 “転生先がレプリカという不安定な存在だったから、というのが主な理由だな。だがお前がレプリカルークに転生した事によって、その身体は安定している。お前が乖離するような場合は普通の人間も乖離している。性別自体違うから、大爆発も回避されるしな”

 「あ、そうなの?「てめえら、いい加減に訳の分からない会話は止めろ!!」」

 ルークがキレ始めた。眉間に深い皺が出来、米神に青筋が浮いている。

 「で、どうなんだ。生き返るのかそうじゃないのか」
 “シアが生き返るのは何の問題はない。ちょっと時間が掛かるぞ”
 「どれくらいだ」

“一年と少し。二年は掛からないと思うのだが”

 「それくらいなら許容範囲だ」

 「こら待て。本人に無断で話を決めるな!」

 「何だお前、生きていたくはないのか」

 「生きていたいわよ!でもあの時周りはそれを望んでいたじゃない。自分の死を認めているのに何故・・・」

 「あの後、ケセドニアのお前の職場に眼鏡と一緒に行った」

 シアの顔が曇った。

 「エリーとかいう女は俺たちに塩をぶつけて泣きながら人殺し、と罵った。シアを還せとも言われた」

 ルークが何処か遠い目をしながら呟いた。

 「ラルクといったか?そいつに言われた。こういうのはオールドラントの人間全員が負担するものだろう、これしか方法がない、と勝手に決め付けて何故一部の人間に負担を強いるような事をするんだ。しかも命が代償でその数も半端なものではない、あまりにも犠牲が大きすぎるのではないか、と」

 そうしてその後、彼女の血を吐くような叫びを聞いた。

 『確かに障気が無くなった事を皆喜んでいるけれど、誰も居なくなったレプリカに感謝はしていない。だってもうその事を皆忘れてしまっているんですもの!』

 その言葉にルーク達は衝撃を受けた。
 だが、それはそうかもしれない。全員が知恵を振り絞り、試行錯誤を重ね皆で力を合わせて障気を中和した訳ではないのだから。与えるだけの施しは記憶に残らない。それどころか当然の権利だと勘違いしてしまう。

 レプリカの情報を抜き取られた所為で命を落としてしまった人や、ヴァンの生み出したレプリカ兵に殺された人もいるのだ。被害者側から見れば障気中和など当然の事、それどころかこの程度ではまだ足りないと息巻く人間も多いだろう。

 「それを聞いたとき俺達はショックだった。流石というか陛下、マルクト皇帝、父公爵はそうなる事は予想していたようだ。あの眼鏡なんかポツリと第七音譜術士を使うべきでしたかね、と呟いていたし。俺達が如何に世間知らずで甘ちゃんだったか思い知らされた」

 シアは黙ってルークの言葉を聞いていた。

 「だから戻ってこい、シア。俺達はお前の力を必要としている」

 無言だった。

 「・・・でも、私が生きているって事どうやって説明するつもりなの?」

 「そりゃあ、音素となって音譜帯に漂っていたから再生に時間が掛かったとでも言えばいい。あの女と擬似超振動を起こし、タタル渓谷の飛ばされた時と同じだと説明も出来るだろう。別に間違いじゃない。お前は俺と同じローレライとの完全同位体なのだし。周りもそれで納得する」

 「・・・・・・とんでもない事を思い浮かぶのね」

 どこか呆れたようにシアが呟いた。

 「それに」
 「?」

 「剣での勝負は兎も角、拳で俺はボロ負けだ!少しもかすりゃしねえ!体力も力もない女に負けるなんてこの俺のプライドが許さねえ!!しかも、しかもっ!お前に伸されて抱き上げられて、運ばれてっ!うおおおおっ!!何たる屈辱!やり直しを要求する!!」

 「あ―――、アレ、ね。は、はは・・・」

 シアは思わず天を仰いだ。

 あのダアトで伸びてしまったルークをシアは担ぎ上げ、ベッドに運んだ。控え室にはベッドも横になれるソファーもなかったので別の部屋に移動する事になったのだ。ジェイドは何故か手助けしてくれなかった。
 近くだったし、秘密の通路などというものは無かったので、ごく普通に信者が行き交う通路を使ったのだ。・・・そういえば何人かその姿を見られていた様な気がする。そして皆が皆ギョッとした顔をしていたような。

 (やっぱり、ちょっと・・・アレだったか、な、あの時私荒れまくっていたし。しかもお姫様抱っこだった、よね・・・。はは、やべぇ)

 これは響律符で強化されていたとはいえ、女性に抱えられたという事実は彼にとってとんでもない屈辱だったろう。しかもその場所は、ルークが六神将として名を馳せたかつての職場、ダアトだ。

 「おいローレライ、とっとと始めてくれ」
 “分かった。完了したらこちらから連絡する”

 「待て待て待て待て、こら、其処の背後霊と青少年。私の意志はどうなる」

 「そんなの無視だ。ローレライ」
 “大丈夫、心配するな。目が覚めたら全てが終わっている”

 目の前がぼんやりと。え、ちょっと待って、何でこんなに眠いの!!私滅茶苦茶流されていない!?

 そうしたら何か暖かくて力強いものに抱きしめられた。こら、お前にはナタリアがいるだろうが。
 と、同時にローレライが何事を私の耳元で呟いた。

 “シア安心しろ。彼らにはハンデを持たせる。何もかも思い通りにはさせん”








 みゅうみゅうという耳障りな泣き声で気が付きました。あら、ここチーグルの森。前から思っていたけれど、こいつら魔物の一種なのに警戒心というものはないのか。こら私に甘えてくるな、ウザい。
 ここでじっとしているのも何なので、立ち上がって身体に異常がないか確かめる。ま、あのローレライがミスる事は無いと思うのだけれど、結構抜けているからなぁ。

 服は・・・、なんかやたらとぴらぴらのついたワンピースだこと。趣味は悪くないんだけれど、旅には向かないわね。靴はショートブーツか。パンプスじゃなくてよかった。剣もある。ってこれローレライの鍵じゃない。ガルドもこれだけあれば大丈夫か。やっぱり礼を言っておくべきか。有難うローレライ。

 「あれ?」
 ふと泉に移った自分の顔を見る。

 「え?えええええ??」

 衝撃。何よこれ、ルークじゃない。前世の私の顔じゃないの!!うわこれ十代の時だ。肉体年齢を合わせたのね。

 “だから言っただろう。ハンデを持たせると”

 「ローレライ?」

 “彼らがお前のその姿を見て、シアだと分かれば元に戻る。強制的に”
 「分からなかったら?」

 “永遠に其の侭だ。別にその姿でも不都合はあるまい?ばれた後でも前世の姿に戻ろうと思えば戻れるぞ?・・・あの仲間達はそれを望まないだろうがな”

 「そうね」

 だって私ルークじゃないし。

 “たった今、彼らにお前がこの世界に戻った事を告げた。だが何処にいるのか、姿が変わっている事は告げてはいない”

 「つまり?」

 “鬼ごっこの始まりだ。オールドラントをまたにかけての”

 くすり。

 「最高だわ」

 “定期的にこちらから連絡を入れよう。やつらには国家がついている。情報の面でお前は不利だしな”

 「成る程。有難う、ローレライ。・・・じゃ、行きますか」

 “当然。私はお前の味方だ。健闘を祈る”