アクゼリュス崩落後、ルークと、その傍を離れようとしなかったナタリアやミュウをユリアシティに置き去りにしたまま外殻大地へと戻った親善大使一行は、アッシュを連れ、バチカルへ訪れていた。
 アクゼリュスの親善大使に任命した《ルーク・フォン・ファブレ》とその補佐として就けたキムラスカ王女《ナタリア・L・キムラスカ=ランバルディア》を暗殺したとして、マルクトに宣戦布告を出したインゴベルト陛下を説得するためだ。
 ナタリアはユリアシティに残ったが、レプリカではない本物の《ルーク・フォン・ファブレ》=アッシュは此処に居る。きっとインゴベルト陛下も話を聞いてくれるだろうと、そう考えた末のバチカル来訪だった。
 ――しかし。

「なんでお坊ちゃんが此処に居るわけ!?」

 キムラスカ王宮の前、衛兵達が見ているその傍で、アッシュ達は、ユリアシティに捨て置いたはずの《レプリカルーク》の姿を見つけた。
 アニスの金切り声に反応して振り向いたその姿は矢張りアッシュとそっくり同じ顔で、アニスとティアは僅かに顔を顰める。ジェイドは無表情で、ガイだけが戸惑ったようだったが、けれどもそれだけだ。
 唯一イオンだけが気遣わしげな顔でルークを見、それに応えるように彼にだけ、柔らかな眼差しを返す。

「……ジェイド達か。今更キムラスカに何の用だよ」

 何処か呆れたような声音に、アッシュは眉間の皺を更に増やし、女性陣二人も肩を怒らせる。ガイは失望を露にし、イオンはそんな彼女らを見て、悲しげに目を伏せる。

「それは貴方の方でしょう。アクゼリュスを崩落させておいて、よく戻って来られたわね」
「ってゆーかぁ、此処まで厚顔無恥だとは思わなかったって感じぃ?」

 二人の嘲るような視線にも、ルークはまるでそよ風を受けるように聞き流した。

「待て屑! ナタリアはどうした!」

 ティア達を押し退けて、アッシュがルークに詰め寄る。
 直後、王宮前の衛兵とファブレ公爵邸の門前を警備している白光騎士団が身じろぎしたが、ルークは軽く手を翳して、彼らの動きを止めた。
 そんなことには微塵も気付かないアッシュは、ルークの胸元を乱暴に掴み上げる。
 ――が、しかし。

「離せ」

 言下、アッシュの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
 慌てて彼のそばへと駆け寄ったティアがルークを非難めいた目で睨むが、ルークにしてみればただの正当防衛に過ぎない。

「ルーク、お前……っ」

 その態度にガイが怒気を含ませた声を上げる、が。

「……何をしていらっしゃいますの、ルーク」

 澄んだソプラノボイスの介入に、ティア達は声のした方へと視線を走らせ、ルークは破顔した。

「ナタリア!」
「――え?」

 ルークの言葉に、ティア達と、そして傍観者を決め込んでいたジェイドも、驚きを露にする。
 ……其処に立っていたのは、ナタリアによく似た面持ちの――しかし、彼女が持ち得ない深紅の髪を腰の辺りまで伸ばした、凛々しい顔立ちの美少女だった。
 決して、以前旅を共にしていた少女などではない。
 この時、ジェイドが初めて眉を顰め、イオンが小首を傾げたが、残りの四人は嘲笑を、或いは何処か見下したような表情をルークに向けた。

「何を言ってるの? 彼女はナタリアじゃないでしょう……失礼だわ」
「魔界の空気吸って頭馬鹿になっちゃったんじゃない?」
「ちっ……劣化レプリカは顔の判別も出来ねぇのか」
「ティア、アニス――アッシュも! それは幾らなんでも言い過ぎだろう!」

 ――言い過ぎってことは、少なからずお前もそう思ってるってことだよな。
 庇っているように見せかけて侮蔑の言葉を投げかけるガイを、ルークは冷たい目で見下ろしてから……王宮から姿を見せた少女の傍に駆け寄る。

「良いのか? 本調子じゃないのなら、休んでなきゃ……」
「いいえ、今日はなんだか良い気分ですの。ねぇメリル」

 ルークに優しい微笑を見せてから……少女は振り返り、一歩後ろに控えていた自分付きの侍女・メリルを呼び寄せた。
 その侍女の姿を見て……アッシュ達は、驚愕した。
 何故ならば、少女が呼び寄せた侍女・メリルこそ……アッシュが幼い頃約束を交わし、そしてティア達がアクゼリュスまでの道程を共にした《ナタリア》だったからだ。
 これは一体如何いうことかと、不躾な視線を浴びせかけられて……ルークは溜息を零す。
 先ほどから、王宮前の衛兵とファブレ公爵邸前の白光騎士団達が殺気立ち始めている。勿論彼らを斬り捨てるのに、ルークとしては何の遠慮も無いが、此処は神聖なるキムラスカ王宮の御膝元。
 しかもこの場にはルークだけではない、ナタリアとイオンも居る。出来ることなら、二人の前で流血沙汰は起こしたくない。

「正真正銘、本物のナタリア殿下だ。そして彼女がナタリア殿下の護衛と替え玉も兼任してる――殿下付きの侍女・メリル」

 ルークに紹介され、ナタリア――否、メリルが顔を上げる。其処に浮かんでいた微笑は以前と変わらず気品溢れる美しいそれだったが、瞳だけが、アッシュ達に対して酷く冷たいものに変わっている。
 漸く全てを悟ったらしいジェイドが、やれやれと肩を竦めて口を開いた。

「正式な和平の申し込みに対して、替え玉ですか……キムラスカは礼儀知らずの集まりですか?」

 あからさまに馬鹿に仕切ったその態度に、しかしメリルは微笑を絶やさぬまま、

「あら――キムラスカの第三王位継承者であり次期国王であらせられるルーク様に対して数々の不敬をなさってきた《御立派》な名代の方に、礼儀など必要ありますかしら?」

 彼女の言葉に、ジェイドは黙る。
 果たして、その通りだった。和平の申し込みに向かう相手国の要人に対してジェイドが行ったことと云えば、世間知らずだと隠すことなく馬鹿にし、些細なことを論い、扱き下ろし、挙句の果てには魔界などと呼ばれる場所に、その身を放置した。
 『礼儀知らず』などと、どの口で言えるのか。

「けれど、あれはルークの態度が、」
「あらあら、また不敬ですわね。私の婚約者を呼び捨てなどと……貴方は何様のつもりですの?」

 反論しかけたティアの言葉を遮ったのは、ナタリア。

「そういえば、ティア・グランツ響長――貴方にはファブレ公爵邸襲撃とルーク誘拐の罪もありましたわね」
「あっ、あれは、私個人のことだわ! ルークを巻き込むつもりは――」
「それは加害者の詭弁でしょう? 事実、ルークは貴方に連れ去られ、数多の危険に晒されましたわ。それだけでも許しがたい大罪でしてよ。そう、それに……知っていまして? 貴方がファブレ公爵邸を襲撃し、ルークを連れ去った咎で……多くの白光騎士団やメイド達が処罰されましたの」
「ぇ……」

 にっこりと微笑んで言ったナタリアに、ティアは顔面を蒼白させ、絶句する。
 だがしかし、彼女は追及の手を緩めようとはしなかった。

「曲者を易々と侵入させ、守るべき公爵家の嫡男を連れ去られてしまったその罪で、バチカルを追放されたものや牢に入れられたものも多くいたと聞いておりますわね。出来るだけ減刑出来るよう、私も奔走しましたけれど………これでもまだ、貴方は『私個人のこと』だと言えるのですか?」

 がくがくと膝を震わせ、遂にはへたり込んでしまったティアを、ルークは黙って見下ろした。
 同情の余地など無い。それを言えば、彼女の所業に巻き込まれてしまった騎士団やメイド達の方がティアなどよりよほど哀れだろう。
 結局庇い切れずにファブレ家を解雇されてしまった者たちへ、ルークが唯一してやれたことは、次の勤め先を仲介してやることだけだった。だからこそ、ティアが無神経に『貴方には関係無い』と言ったのが許せなかったのだ。

「あぁそう、それと……ダアトからの使者が此方にお見えになっておりますわ、導師イオン」
「え……?」
「なんでも、導師派の方が大詠師モースのスパイを見つけたとか。それだけならまだしも、六神将によるマルクトの陸艦タルタロス乗員虐殺の手引きをし、恐れ多くも身体の弱い導師を、障気の溢れるアクゼリュスへ向かわせたと……聞いておりますか、導師守護役アニス・タトリン。貴方のことですわよ」

 ……瞬間。
 ナタリアによって名指しされたアニスが皆に背を向けて走り出そうとした、が、それよりも早く、ルークからの合図を受けた衛兵と白光騎士団によって、その身柄が確保される。
 その様子を、イオンは青白い顔色で凝視した。
 彼女がスパイであることは薄々感付いていた。
 だが……タルタロス襲撃にまで関わっていたなどと……信じられなかった、否、信じたくなかった。
 しかし、捕縛され地面に投げ出されたアニスの表情は恐怖に染まり切っており……ナタリアの言葉が真実であろうと云うことを嫌でも見せ付けられる。

「アニス……貴方は……っ」

 言葉が出なかった。
 感付いて、それでも良いからと放置していたその結果が、あのような凄惨なことを引き起こすなど……間接的に自分もまた、タルタロス襲撃に手を貸したのだということを思い知り、イオンは力無い動作で、ナタリアへと向き直る。

「……アニス・タトリンの逮捕を許可します、と……ダアトの使者にお伝え願えませんか」
「……えぇ、分かりましたわ。責任を持って伝えさせて頂きましょう」

 ナタリアの指示で、王宮の衛兵達がアニスを連行していく。
 その背を見送ると……イオンもまた、衛兵達に挟まれ、王宮内へと案内されていった。
 此処までの道程で疲労し切っていたのだ。体力があまり無いイオンにとって、今の出来事はショックだったろう。彼のために、王宮の一室を用意してある。せめて時間が彼の心を癒してくれればいいと、ルークは思った。

「では、この場はメリルと兵達に任せて……私達も参りましょう、ルーク。せめて貴方だけでも導師の傍に就いていておあげなさいな」
「ああ……そうだな」

 ナタリアの提案に頷いて、二人は踵を返す。
 だが、それを呼び止めるものがいた――アッシュとガイだ。
 面倒だと言わんばかりの緩慢な動作で振り返ったナタリアに、アッシュは激昂する。

「そいつはレプリカだ、何故そいつがのうのうと此処に居座ってやがる」
「あら。レプリカだから居てはいけないなどと、誰が決めましたの――《ルーク》」

 嫣然とした笑みで逆に問われて、アッシュは声を詰まらせた。
 レプリカはニセモノ、所詮人間に受け入れられるものではない――そう思い込んでいたアッシュは、だからこそナタリアの問いかけに応えることはできなかった。
 何故、居てはいけないのか? ……決まっている、《ニセモノだから》だ。

「ああ、安心なさって。ルークがレプリカだということは、既に父も……公爵も、叔母様も、存じておりますから」

 告げられた言葉に……アッシュは凍りついた。

「気付かれないなどと思い込まれていたとしたら、我がキムラスカを侮っていますわね。けれど、問題ありませんわ。ルークは、少し優しすぎるところもありますけれど……きっと、良い施政者になりますもの。ねぇ?」
「な、何言ってんだよ!」
「あら、顔を真っ赤にして……可愛いですわね」

 二人のやりとりを……メリルを始めとして、衛兵も白光騎士団も、何処か微笑ましげに眺めている。
 其処には、レプリカと人間などという垣根は微塵も見当たらず、周囲の人間の眼差しも、酷く優しい、穏やかなものだった。

「まさか、我が国民を第一に考えなければならない未来の王が、自国の国境で騒ぎを起こしたり、軍港を襲わせて兵達の命を蹂躙……などと、有り得ませんわ。――もし、六神将《鮮血のアッシュ》が、真の《ルーク》であるなら、ですけれど」

 そうして……アッシュは漸く気付いた。
 自分は既に、キムラスカから見限られていたのだということに。
 居場所を奪われたのではなく、居場所そのものが消え去り、新たな日だまりを自分の物だと勘違いしていたという事実に。

「《鮮血のアッシュ》殿、カイツール国境でのルークへの狼藉、及び、カイツール軍港襲撃の主犯として貴方を告発致します」

 よく通る声で、アッシュに言うと、ナタリアはメリルに目配せする。
 その視線を受けたメリルは、小さく頷いて……周囲に居た白光騎士団が、ガイの腕を掴んだ。

「な、何を!?」
「何を、ではありませんわ、ガイ・セシル。貴方が発した、守るべき主であるルークを貶める発言の数々と、護衛任務の放棄とも取れる行動、全て公爵の御耳に入っておりますのよ。……連れて行きなさい」

 ナタリアの号令に、白光騎士団は敬礼し、状況を理解していないガイの腕を引っ張って、ファブレ公爵邸の中へと消えていった。
 恐らく今日中には、最低限の荷物と金だけ与えられ、バチカルから追放されるだろう。
 そしてそれは、当然の処罰でもあった。むしろ、生きている方が不思議なくらいなのだが……彼を極刑に処するには、色々と厄介な背景が絡んでくる。
 彼らに続いてメリルもまた屋敷へ入っていくのを見届け……ナタリアは微笑む。
 我が身の愚かさと真実に気付くことの無かった者たちへ、せめてもの餞に――何よりも気高く、美しく、頂点に立つ者としての誇りを湛えた微笑を。



「それでは皆様、御機嫌よう」





ヴェルダンディの宣告




夕闇様リクエスト「ルーク×真ナタリアによる仲間いじめ(偽ナタリア(メリル)は除外)」でした。

ううー結構説明的なセリフが多くなってしまった気がします。
ツッコミモードですので、仕方無いといえばそうなんですが……
真ナタリア殿下がどんな人かと想像して、未来の施政者だし、ある程度アクが強くてもOKかな優柔不断だと周囲が困るし……と人物像を組み立てた結果、本編ナタリアよりもどギツイ性格になってしまいました(汗)
まぁ普通に考えて、キムラスカ側としては、色々問題行動起こす17歳アッシュより、教育次第でなんとでもなるであろう7歳児ルークを取るのは当然かなぁと思ったのですが、どうでしょうか?
ご期待に添えていれば幸いです……



TOP &9665;#