愚かだから笑うんじゃない。
愚かさを自覚していないから笑うのさ。
* * *
「ルーク!」
――呼び止められた声に、ルークがぴたりと止まる。
そっと見上げると、その瞳は酷く複雑な色を帯びていて、そんな顔をさせたあいつらがますます憎くなった。見捨てたくせに、気安く彼の名を呼ぶあいつらが。
お前らは一体、何様だ。
「貴方、ユリアシティから逃げて今まで何をしていたの!?」
「見苦しいですわ、レプリカといえどその身は我がキムラスカの物。それを逃げ出すなどと……」
背後から投げかけられる言葉に、ルークの顔が悲しみに染まる。――彼のそんな顔を見ていたくなくて、シンクは彼の傍へと歩み寄った。それに気付いたルークが浮かべるのは、優しさに溢れた微笑。
けれど、その姿を見て、アニスが瞠目した。それは当然のことだ、今まで敵対してきた六神将とルークが共に居るのだから。
そしてその光景は、彼と彼女達にありもしない妄想を抱かせることになる。
「どうしてシンクと一緒に居るわけ!? もしかしてアンタ、スパイだったの」
――それはお前だろう、という言葉は、けれども喉の奥で留め置く。
優しいルークは、決して彼らの罪を言及しない。シンクや他の六神将、そしてヴァンが「アクゼリュス崩落に関してルークに罪は無いのだから、全てを背負う必要は無い」と、何度言い聞かせても、彼は決して首を縦に振ろうとはしなかった。
直接的に手を下したのが自分でなくとも、結果的にアクゼリュスの人々を死へ追いやったのが自分の力だということをルークは理解し、そのことがルークを今でも追い詰める。そして決して足を止めようとしないルークの姿を見て、ヴァンはまた頭を抱える――「ルークに引き金を引かせたのは自分だ」と。
陰湿な毒を吐き散らしてはルークにぶつける女性陣達とは対照的に、ジェイドとガイは決して口を開かない。ルークを責め立てない分少しは反省したのだろうか、それでも、傍観はイコール彼女達と同じ加害者であることと同義であることには気付いていない。
そして、イオンが彼らを見るその目に、嘲りと嫌悪が混じっているそのことも。
「……よく考えもせず、喚くだけ喚いて。ただの子供じゃないんだからもう少し言葉遣いと礼儀ってのを学んだ方が良いよ」
「なんですって?」
発言者のシンクをキッと睨みつけるその目を、シンクはただ鼻で笑って受け止める。結局彼らは、自らの行いがどれだけ愚かなものであったかなどと云うことはまったく気付いていないのだ。目の前の光景だけを極端視した罵声罵倒なら、三歳の子供にだって出来る。何故ルークがシンク達と共にいるか、その理由などまったく考えようともしない。
「僕がルークと一緒に居るからイコールスパイなんて、いっそ馬鹿馬鹿し過ぎて笑えもしない。ねぇ――アニス・タトリン」
くす、と、口角を歪めて問えば、罪の自覚だけはあるのだろうアニスが、びくりと肩を震わせた。
その様子に肩を竦めて、シンクは、傍らのルークの手を取る。
「さぁ、行くよルーク。二人が待ってる」
二人――というのはすなわち、ユリア式封咒を解くことの出来るヴァンと、音機関に詳しいディストのことだ。シュレーの丘のパッセージリングを操作するにあたり、ルーク達よりも前に、彼らはこの地を訪れていた。
ダアト式に関しては既に以前、イオンが解咒している。今回この場に、フローリアンの姿は無い。
ぶっきらぼうながらも優しい言葉で促すシンクに、ルークもまた柔らかな笑みで応えて――そして、その表情に元・同行者達が息を呑んだのを感じた。なんて馬鹿馬鹿しい――アッシュたち一行に背を向ける。
はっと我に返ったアッシュが、「待て屑!」と怒鳴りながらこちらへと駆けて来た。剣を引き抜く気配を背中で感じて……シンクは大きな溜息を零す。つい先ほど、言葉遣いと礼儀を考えろと言ったばかりだった様な気がするのだが、聞いていなかったのだろうか。
仕方無く、ルークから手を離して……振り向きざま、腕の中に仕込んでおいたダアト式譜術を解き放った。
不意打ちだったためにそれをマトモに喰らってしまい、アッシュが無様なまでに地に伏せる。
慌てて彼の傍へ駆け寄ったナタリアがシンクとルークを睨んだ。
「無礼者! 何をするのです!」
「――それはこっちが言いたいよ。背中向けた相手にいきなり斬りかかろうなんて、《王家の蒼き血》とやらを持つ《誇り高い》貴族様のすることじゃないね。一体、どういう教育受けてきたんだか」
明らかに馬鹿にされ、アッシュが激昂した。ナタリアもまた憤慨し、次期キムラスカ王である彼に何を言うのかと見当違いな反論ばかりするが、どれもこれもまともな反論にはなりえていない。
「本当に、此処まで理解力の低い人間は初めてだよ……ルーク、よくこんな傲慢な連中と一緒に旅なんか出来たね。本ッ気で尊敬するよ」
《本気》のくだりに込められたシンクの心情を察し、ルークに出来るのは、ただ曖昧な苦笑を返すことだけだった。
「別に……そんなことは……」
「……優しいことは良いことだけどね。こんな奴らにかける情なんて勿体無いだけじゃない?」
「――その通りですね」
いきなり乱入してきた第三者の声。
それに聞き覚えのあるルークとシンクは顔を綻ばせ或いは溜息を吐き、そしてジェイドも顔を顰める。残った者たちは怪訝な眼差しで、周囲を見回した。
「ディスト! ……操作は終わったのか?」
「ええ、万事滞りなく。後は貴方だけなんですが、あまりに遅いので様子を見に来たのですが……」
「ルーク、大丈夫、ですか」
シュレーの丘内部から現れたディストとアリエッタは、ジェイドたちを見回して……嘆息した。
「これでは確かに、遅くもなるでしょうね」
「ごめん……」
ディストの物言いを怒られていると感じたのか、ルークは意気消沈して、謝った。
別にルークが悪いわけじゃないでしょと彼を宥めつつ、シンクはディストを一瞥した。――なに、落ち込ませてるのさ死神。彼は何も言っていないのに、そう言っているのが聞える。
同じく隣のアリエッタからも睥睨されて、二人の子供相手に若干怯みつつも、慌てて否定する。
「貴方を責めているわけじゃありませんよルーク。こんなものに掴まったら、遅くなるのも当然だと言ったんです!」
他でもないディストに《こんなもの》扱いされたジェイドが不快だと言わんばかりに顔を歪めたが、ディストはそれを視界に入れても平然としている。
少し前までのジェイド狂が、嘘のような対応だった。
「シンク、アリエッタ、この場をお願い出来ますか」
「僕を誰だと思ってるんだよ」
ふん、と鼻を鳴らして憤ったシンクと、ヤル気満々なアリエッタに、ディストはそれもそうですがね、と付け足して、ポケットからごそごそと何かを取り出した。
手の平ほどもあるそれをシンクに投げ渡すと、彼は器用にそれを受け取って、まじまじと見つめる。
「何、これ」
「ほんのおもちゃですよ。貴方が此処で果てれば、悲しむ人間も居るでしょう」
こんなところで死ぬなよと、言外に含められたセリフを察して、シンクは一見嫌そうに眉を顰めながら、それを懐に収めた。
「二人とも、大丈夫か?」
「……僕の実力は、ルークもよく知ってるだろ」
「シンクもアリエッタも、アニス達なんかには、負けない、です……!」
ユリアシティ脱出後、秘密裏にダアトへと引き取られ、神託の盾に入団したルークの訓練に付き合っていたのは、実はシンクだったりする。謡将と云う立場上、ヴァンがあまり手を離せないため、必然的に参謀であるシンクへとその役目が回ってきたのだ。
そしてアリエッタは、ルークと和解してからはよく、二人の訓練に参加していた。
外見こそ幼く見えるとは云え、その実力が六神将と呼ばれるに相応しいということを、ルークはその身を持って知っている。
頼もしい二人の言葉に、ルークは嬉しそうに笑って、ディストと共に奥へと姿を消していった。
一連の光景をぽかんと眺めていたアッシュ達は、ルークが居なくなってから漸く、彼らを取り逃がしたことに気が付いたようで。
「ちょ、待ちなさ――!」
「グランドダッシャー」
慌てて後を追おうとする一行の前に立ち塞がったのは、鮮烈な敵意と殺気を帯びた、烈風のシンクと妖獣のアリエッタ。
「此処から先は行かせないよ」
「ルーク達、傷つけさせないんだからぁ……!」
対峙するその眼差しに、ルークに対して見せていたような優しさは、最早微塵も存在しなかった。
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