「……それ、本当、ですか?」

 深い森の奥。
 母の死以来、久しぶりに訪れたその場所で、少女は、かつての友人と再会した。其処で聞いた事実を呑み込むように、思案するように視線を巡らせる。
 今聞いた話が真実なら、自分は、彼の少年を恨む理由が無くなるだろう。否、恨んでいないわけではないが――死霊使いという男がどれだけ恐ろしいか、自分は身を持って理解している。ならば、少年が死霊使いに逆らえず、その場の流れに逆らえなかったという推測も可能だ。
 ……勿論、推測は推測であり、真実ではない。直接確かめる必要があるだろう。
 そして、矢張り彼もまた進んで加担していたのなら、再びその命を付け狙えば良いだけ。しかし、真実であるならば……

「……ルーク……」



*  *  *



 ――アクゼリュス崩落と云う悪夢のような出来事を機に、ルークは変わった。
 決してそのつもりではなかったとは云え、自分が彼の人々を手に掛けてしまったのは事実だった。そして今は、それは痛いほどに自覚している。
 自分に出来ることは何か……ユリアシティで目覚めてからずっと、ルークはそれを探し続けた。かつての親善大使一行と道程を共にしながら……

(でも……なんか違うんだ)

 ジェイドに、アニスに、ティアに、ガイに、ナタリアに……何かを言われ、責められたり、嫌味を言われたりするたびに……ルークの胸には、そんな思いが掠めるようになっていた。
 勿論、アクゼリュスのことは反省しているし、出来る限り償いたいと考えている。
 しかし、何か違和感を感じる。
 気付きたくないと叫ぶ何かと、気付かなければならないと叫ぶ何か同士が鬩ぎ合って、その正体が何であるか、未だに掴めていなのだが……
 そのことが彼の心を締め付け、また、アクゼリュスでの惨劇が悪夢となって眠りを妨げ、こうして今も眠れずに居る。

 ――そんな、月夜の晩。

 立ち寄った街の宿屋から窓の外を眺めていると、ふと、見慣れぬ影がルークの視界を過ぎった。
 疑問に感じて窓脇から乗り出し、影が通り過ぎた方向へと顔を突き出す。――と、再び影が此方へと向かって飛来し、慌てて実を引っ込める。
 そうしてから改めて、ゆっくりと外を覗くと……

「……うわっ!?」

 浅黒い羽を零しながら現れたのは鳥型の魔物で、ルークの視界一杯に広がって部屋の中へ飛び込んできた。
 誰かと同室でないこんな時に夜襲かよとベッド脇に置いた剣に手を伸ばす――が、それよりも早く、鳥型の魔物がその前へ滑り込んで、ルークに己の存在を誇示し始めた。
 ……どうやら、攻撃の意思は無いらしい。
 しかし何がしたいのか分からずに、きょとんと目を瞬かせ、ルークは魔物を見つめた。
 すると、何事も無かったように窓脇へと飛び移って……魔物はルークを振り返る。

「なんだ……?」

 暫くの間、戸惑ったように、ルークは固まる。そして……

「……着いてくれば良いのか?」

 言葉が通じないと分かっていながらも恐る恐る尋ねてみると、その通りだぜと応えるように魔物はその身を翻し、窓の外で、ルークの部屋の前を旋回し始めた。
 仕方無く、剣と、手持ちの道具袋、それからフードを引っ掴んで――奇しくもミュウは今夜、ティアの部屋でお休み中だ――気配を消して、外に飛び出した。
 見つかったら一番厄介そうなジェイドに見つかりませんように。心の中で、そっと呟きながら。



*  *  *



 途中、何度か振り返って自分を誘導する魔物の後を追いながら街を出て、辿り着いたのは、街の近くの森だった。月夜とは云え、木陰が月明かりを遮って、周囲は薄暗い闇に包まれている。
 周りが見えないことに、ルークは若干の焦りを覚えつつも……やがて低空飛行を始めた魔物の様子から、目的地が近いであろうことを察した。
 そして――……

「――あ、」

 優雅な動作で魔物が辺りの木へとまったのを見届け……その下に居たその人物に、ルークは目を見開いた。

「……アリエッタ……」

 其処に居たのは、六神将・妖獣のアリエッタ。
 かつて、チーグルの森で、自分たちがその手にかけた魔物……ライガクイーンの娘であり、そのことから、ルーク達を恨みその命を狙っていた少女。
 そのアリエッタが此処に居るということは……自分は罠に嵌ったのだろうか? そう考えて、ルークは己の迂闊さ加減を呪った。
 けれど、同時に、他の仲間が一緒に居なくて良かったとも思う。ジェイドやアニス、ティアがこの場に居ればまず間違いなく彼女を殺そうとしただろうし、ナタリアやガイにしても、多少は戸惑うかもしれないが、結局同じ答えを出していただろう。
 無論、自分とてむざむざと殺されるわけにもいかないのだが……それでもルークには、彼女をその手にかけることは躊躇われた。
 彼女が自分を殺そうとするその気持ちはよく分かるし、ルークとて、自分の大切な人を殺されれば、アリエッタと同じ道を歩むかもしれない。
 ……そう思えば、剣を抜くことは躊躇われた。せめて話がしたい。そう、思ったから。

「ルーク、一人、ですか?」
「……ああ」

 尋ねるアリエッタに、答える。

「……アリエッタ、ルークに話、あるです……でも……その前に」

 幼い瞳が、キッとルークへと向けられる。
 その強さに気圧されながらも、ルークは拳を握り締め、彼女から放たれる怒気を受け止めた。
 素直に殺されるわけにはいかない。だからこそ、彼女の感情から逃げるわけにはいかなかった。

「ルークは、なんで……ママ、殺したですか……?」

 問われて……ルークは、思い出す。
 チーグル達の話を聞き、イオンを放って置けなくて、共にライガの巣へと赴いて……其処で、戦闘を避けられなくなったこと。
 あの時は、自分の持っていた剣技はまったく通じずに、ティアも焦りを見せて……恐怖した。それまでに歩いてきたタタル渓谷や東ルグニカ平原の魔物などよりも圧倒的な力を持つクイーンに、間違いなく自分は殺されると――その牙を向けられて、そう感じたのだ。
 ジェイドが助けに入ってくれなければまず間違いなく、その通りになっていただろう。

「俺、さ……死にたくなかったんだ」

 ぽつり、と呟いたルークの囁きに、アリエッタは無言で耳を傾ける。

「俺の剣なんてライガクイーンには全然効かなくて……殺されるって思った。死にたくなかったから、だから、俺はクイーンを殺したんだ……」
「……ママも、弟と妹も……死にたくなんてなかったです。アリエッタも、死んで欲しくなかった、です」
「うん……だから、アリエッタが俺のこと恨むのは……当然なんだよな」

 自嘲するように言ったルークの笑みは酷く苦しげで、アリエッタは、そんなルークの横顔をじっと見つめていた。その気持ちが真実であるか否か、それを確かめるように。
 痛いほどの沈黙が、二人の間を漂い始める。
 傍らに居たはずの魔物はいつの間にか姿を消し、真実その場に居るのは、アリエッタとルークのみで。
 ……ふと、アリエッタがその目を伏せる。人形を握り締める腕には無意識に力が篭って……皺だらけになりながらも、抱き締める腕に込めた力を、緩めようとはしない。

「……死ぬが怖いのは……当然、です……ルークは生きるために、ママ達を殺しました。それは許せないこと、だけど……」

 静寂を破って、アリエッタが口を開く。

「……アリエッタ、アリエッタの兄弟達守りたい、です。ルーク……協力してくれます、か?」
「え?」

 唐突な話題転換に目を丸くして、ルークは、アリエッタを見た。
 その目は先ほどとは打って変わって泣きそうなほど歪んでおり……けれども泣き出すのを堪えるように、腕の中の人形をきつく抱き締めるその姿に、ルークは胸を打たれた。

「ルークがアリエッタに協力してくれたら……アリエッタ、ママ達のこと、許す、です」

 ――たどたどしい言葉遣いで話される説明によると、アリエッタは、ヴァンの計画を盗み聞き、それが自分の友である魔物たちが住まう大地を全て消滅させるものだと知り、彼に反旗を翻すための仲間を集めようとしていたらしい。その際、超振動の力を使うルークのことを思い出し、夜中にこっそりと呼び出したのだそうだ。
 説明を聞き終えて、納得しつつも……ルークはふと、首を傾げる。

「でも、なんで俺なんだ……? アッシュだって超振動使えるし……」
「アッシュ、アリエッタの友達に酷いことするから、ダメ。それに……ルーク、アニス達に酷いことされました」
「……な、」
「ルークはアニス達の仲間なのに、アニス達は、ルークに酷いことばっかり言ってる、から」

 彼女のセリフに、ルークは言葉を失った。
 ――酷いこと? だって、アニス達が……皆が俺を責めるのは、当然のことだろう? 俺はそうされるだけの罪を犯したんだ。
 だから、冷遇されて当然なのに……

 ――本当に?

 だって、俺はアクゼリュスを滅ぼした。見捨てられて当然のことをしたんだ。だから、皆に責められるのも当然のことなんだ。

 ――何故?
 ――確かに、アクゼリュスを崩落させたのは俺だけど。



 あいつらに責められる理由は、何処にも無いんじゃないのか?



(―――ッ!!)



 ……この時始めて、ルークは、己の中に巣食っていた違和感の正体に気付いた。

 そう。
 ルークは確かに、アクゼリュスのことを反省して、変わろうと決意した。そして、己が殺してしまった人のためにその罪を償おうと……償うべきだと思った。
 けれど、それをティア達から指図される理由は無い。
 アクゼリュスのことを謝罪しなければならないのも、自分に断罪を下すのも、全てアクゼリュスで死んだ人々やそれに関わる人達のはずで――
 だからこそ、ルークは違和感を感じていたのだ。――何故、お前達に見下されなければならないのだと!
 けれど、そんなことを言おうものなら、自分はまた、彼らに見捨てられてしまうだろう。レプリカである自分がまた捨てられてしまえば……今度こそ行き場を失くし、後に残るのは絶望のみ。
 言える筈も無い……だから、本心に気付くことを恐れ、心に蓋をして、鍵を掛けた。

「……は、はは……なん、何で……今更……ッ」

 湧き上がる不快感をぐっと押し込めて、ルークは慟哭する。
 まさか自分の中に、これほどの嫌悪が燻っているなんて……思ってもみなかったから。

 一体、何時からだったのだろうか……自分が、彼らとの間に、見えない壁を築き始めたのは。

「……ルーク? どうした、ですか」
「……アリエッタ……」

 心配そうに覗き込んでくるアリエッタの純粋な瞳に、ルークは、己の中の不快感がじわじわと引いていくのを感じていた。

「……俺、アリエッタに協力する。俺に出来ることがあるなら、なんでもする……それが、せめて、アクゼリュスで俺が殺した人と……ライガクイーンと、死んでしまった命のためになるのなら」

 仲間達は、自分達と袂を分かって彼女の手を取った自分をどう思うだろうか。
 悲しむのか、或いは――あの時のように、声高に非難するだろうか。
 ……そんなことは、最早どうでも良かった。己の本心に気付いてしまった以上、彼らと共に行くことは不可能だと感じたから。
 大罪人に、そんな選択肢は無いのかもしれない。
 けれど、ルークの前に差し出された小さな両の手は、確かに存在して、ルークを誘(いざな)ってくれている。

「よろしくお願いします、です」
「うん、此方こそ……よろしくな、アリエッタ」

 笑みを浮かべて、互いに顔を見合わせて、改めて握手を交わした。



 剣がある。自分用の道具袋には少量のグミと、それから、銀貨が数十枚。
 フードを羽織って、ルークとアリエッタは、いつの間にか白み始めた空を見上げた。









トーリ・スガル様リクエスト「アリエッタから優しくされたルークがPTメンバーと決別し、ルクアリへと発展する」でした。
更に詳しいリク内容としては、「ヴァンの外郭大地崩壊計画を知ったアリエッタは、ライガの兄弟たちを守るために反旗を翻す。 「打倒ヴァン」の同志を集める際、アクゼリュス以降よりPTメンバーたちからの冷遇に晒されてきたルークと接触する。わけあってライガクイーン殺害の主犯がルークではないことを知った彼女は、ルークを仲間に誘う。 もはやPTメンバーに対する信頼が底を付いたルークは、アリエッタの手をとり、彼女と共にヴァンを倒す決意をする。」とあったのですが……果たして応えられているでしょうか? 不安です(汗)

ネタが出るまで長かったですが、一度出たら割とさくさく書けた気がします。
アリエッタをもう少し男前にしたかったなぁ……と、後悔……。

リクエストありがとうございました!



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