「……有り得ねぇ」
「有り得ませんな」
「有り得ませんね」
口調は違えど声を揃えて呟いた言葉はどれも同じで、アスランは思わず黙り込んだ。
* * *
……ルークとの謁見の後、彼をピオニー曰くの《一番上等な牢》――つまり、衛兵付きの賓客の間へと案内した後、最も信用出来る部下に後のことを任せたアスランはとんぼ返りで謁見の間へと舞い戻った。
其処には予想通り、ピオニーとゼーゼマンの二人が引き上げずに残っていて、アスランの姿を見た衛兵達が、謁見の間の外へ移動する。流石、王宮の中を警護する衛兵。こちらの考えを察してくれているようで何よりだと思いつつ、手招きする己の主に従って、二人の傍に移動した。
其処で手渡されたのは、二つの報告書。
一つは、アクゼリュス崩落後、行方不明となっているジェイド・カーティス大佐が、バチカルを出発する前に送ってきたもの。もう一つは、神託の盾騎士団によるタルタロス襲撃で、奇跡的に一命を取りとめ、セントビナー駐留の軍によって救助された、第三師団の兵士の陳述を下に書かれた報告書だ。
「読んでみろ」
投げるようにして手渡されたそれらを慌ててキャッチすると、促されるまま、目を通していく。
……一枚、二枚と報告書を読み進めていく内に、自分の眉間に似合わない皺が刻まれていくのを、彼は感じていた。――何故かって、色々と有り得ないからだ。報告書の内容が!
最初に、カーティス大佐の報告書。アクゼリュス救援の要請を受けたキムラスカが、名代としてルーク・フォン・ファブレを指名し、アクゼリュスへの親善大使として派遣されると書かれていた。ルークとはつまり、先ほどの少年だ。
アスランはまず、其処に引っかかった。
障気の溢れるアクゼリュスは、鉱山で鍛えた男達がもう幾人も倒れたという報告が入っているほどの危険地帯。キムラスカへの和平申請の内容にアクゼリュスへの救援を盛り込んだのも、それだけ方法が無かったからだ。このことが無かったらマルクトの議会も、仇敵キムラスカとの和平など了承しなかっただろう。災い転じて福と成すと云うか、不幸中の幸いと云うか――まぁ、今となってはどちらでも良いことだが。
それは兎も角。
まぁつまり、それだけ危険な場所なのだ。なのにキムラスカは、第三王位継承者であり、事実上次代のキムラスカ王であるルークを、その障気の溢れるアクゼリュスへ向かわせるなどと……これを可笑しいと思わずに、何を可笑しいと思うのか。
次に、カーティス大佐の報告書には、キムラスカ側の街道の使用認可状が添付されていなかった。報告書の何処にも、それらしいことは書かれていない。和平の親書には確か、そのことについても記されていたはずなのだが……
そしてもう一枚の報告書。セントビナーで救助された、第三師団の兵士の物だ。其処に書かれていたのは、アスラン達の顔を蒼白させるような内容で――
此処で、先のやり取りに戻る。
「やっぱり、あの馬鹿に和平の使者は、荷が重すぎたのか……?」
唸るようにして呟いたピオニーに、アスランもゼーゼマンも、なんとも言えない表情を返すより他無かった。そもそもジェイド・カーティスを和平の使者にと決めたのは、他ならぬ皇帝その人である。一臣下の自分達が逆らえるはずも無い。
そして、ピオニー自身もそれを良く分かっているのだろう。返事などは期待していない。ただ、どうしても口に出したくなっただけだ。
……己の幼馴染の、無能さ加減を。
「王族への不敬、しかも民間人が前衛に立って戦うことを黙認……ですか」
今でこそルーク自身が「自分はニセモノだ」と告白したが、あの時点で、ルークが《ルーク》であることは疑いようも無かったはずだ。つまりジェイド・カーティスは、今から和平の交渉に向かう相手国の要人を散々見下した挙句、剣を持ち前衛に立てとのたまった……ということになる。
いや、王族という以前に、相手は本来戦う必要のない民間人なわけだ。……職業軍人である彼が、民間人の少年に守られているというのは果たして如何なものなのか。
「それに、なぁ……」
ピオニーの声に、アスランは顔を上げる。彼の皇帝は、何処か胡乱気な瞳で空を見つめたまま、その視線を動かそうとしない。
「……ルークが《ルーク》じゃないってことは、まぁ、本当のことかもしれん。だが、果たしてそれを、キムラスカ側が本当に知らなかったと思うか?」
「――それは、」
「しかも、超振動を単独で使用出来るヤツなんざ、そう居るわけもないだろう。何せ超振動と云えば、各国が長い間血眼になって続けてきた研究だからな」
「確かにその通りですな。本物のルーク・フォン・ファブレ殿が超振動を使うことが出来るとして……同じ年頃の、似た背格好をした、超振動を使うことの出来る者を探すなど、事実上不可能と言ってもいいですわい」
「そうだ。一つだけ方法が、無くもないが……如何思う? ゼーゼマン」
ピオニーが話を振ると、ゼーゼマンは唸るように息を吐いて……肩を竦めた。
「その方法ならば、確かに可能でしょう。ですが、些か矛盾が生じますな」
「ああ、そうだよなぁ。俺も詳しいことは知らんが、ジェイドのヤツ、そんなことは一言も言ってなかったと思うしなぁ……」
二人の会話に着いて行けず、一人蚊帳の外へ置き去りにされたアスランはただ首を捻ることしか出来なくて、飛び交う言葉に、ただ黙って耳を傾ける。
そんなアスランの様子に気付いたのだろう、ゼーゼマンは苦笑を浮かべて、彼の肩を軽く叩く。
「――ファブレ家の《嫡男》であるルーク殿の身代わりに《娘子》を使うなど、可笑しいと思わんか? フリングス将軍」
囁かれたセリフの意味を飲み込むのに、アスランが有した時間はおよそ十秒。
「……おっ、女の子ッッ?!」
アスランの叫び声は軍本部の端にまで響き渡り、ピオニーは思い切り大爆笑した。
* * *
眠る少女の目元には、くっきりと残る涙の跡。
一通りの指示を出し終え、休憩がてらルークの部屋を訪ねてきたピオニーが彼女を起こさぬよう、そっとベッド脇に腰掛けると、かすかに身じろいだが……しかし目を覚ます気配は無かった。
それも当然だろうと、ピオニーは思う。アクゼリュス崩落後、彼女を慕い傍を離れない聖獣の話では、ろくに休むこともせず――精神状態はボロボロであるにも関わらず――ただ一心不乱にこのグランコクマへとやって来たというのだから、十代の少女には辛い道程だったろうと容易に想像出来る。
次に目が覚めた時、それはまた、彼女にとって辛い現実が待ち受けるのだろう。だからこそ……今だけはゆっくりと眠れば良い。
何も考えず、ただ、心穏やかに。
「お休み、ルーク」
* * *
「……陛下」
ピオニーが客間の扉を閉めた時、其処に居たのはアスラン・フリングス少将だった。
その顔にはありありと「心配」の二文字が見て取れて、ふっと苦笑を零しながらもすれ違いざまにその肩を叩いた。
「大丈夫だ、ちょっとばかり疲労が溜まってるだけだろう」
「そうですか……」
主の言葉にやっと安堵の溜息を漏らすと、謁見の間へと戻るピオニーの後を追いかけた。
階段の上でピオニーはアスランが追いついてくるのを確認してから、止めていた足を再び動かして、斜め背後へつけた彼に話しかける。
「アクゼリュスに一番近い駐屯地はセントビナーだったな。何か報告はあったか?」
「はい。確かにルーク殿が仰った通り、崩落の跡地からヴァン・グランツ謡将らしき人物が魔物と共に去っていく姿が確認されています。ただ緊急事態だったため、追跡は不可能でしたが」
「いや、構わん。引き続き周辺住民の収拾に尽力させろ――それと、アクゼリュス住民の生存者の確認もだ」
「はっ」
敬礼後、足早に駆け出すアスランの後姿を一瞥すると、謁見の間へと足を踏み入れた。
其処には難しい顔をしたぜーゼマン参謀総長の姿があり、なにやら兵士達に指示を出しているところで、彼らはピオニーが戻ってきたのに気付くと、主のために玉座までの道を開け、恭しく一礼した。
玉座に腰を下ろすと、兵士達が謁見の間から退出し、ピオニーとゼーゼマンの二人だけになる。
「観測台からはどうだ、じーさん」
「概ねはルーク殿の証言の通りですな。崩落直後に、大量の第七音素が放出されたという報告が入っております――ただ、崩落よりも以前には障気以外の第七音素反応は確認されておりませんな。勿論、超振動らしき反応も無計測ですわい」
言葉よりも軽い口調のゼーゼマンにピオニーも頷いて、思い切り背凭れに体重を預ける。
これでひとつ、明らかになったことがある。
ルーク自身の罪がさっぱり消えてなくなるわけではないが……それでも、既遂と未遂では大きく差が出てくる。あとはそれを、彼女自身が認めるかどうかなのだが……
「ジェイドのヤツ、何処で何やってるんだ……」
アクゼリュス崩落以降、ぱったりと消息が途絶えてしまったジェイドだったが、彼らの無事はルークが教えてくれた。そして彼らが外殻大地――つまり、今ピオニー達が生活しているこの地上世界に戻ってきたことも。
謎の崩落で住民は混乱し、事態の把握と収拾で今は猫の手も借りたい状況だというのに、あの幼馴染は一体何処をほっつき歩いているのだとピオニーは悪態づいた。
「……肝心な時に役に立たない馬鹿弟子で申し訳ありませんな」
「いや、こっちこそ大事な時に間に合わない幼馴染で悪い」
互いに顔を見合わせて、溜息。
……居ない者を請うことの空しさに気付いて、二人は表情を切り替えた。
「……キムラスカ方面が慌しくなっております」
顔を顰めて小さな声で呟いたゼーゼマンに、ピオニーもまた同じく厳しい眼差しになり……頬杖をつく。
「王族二人を暗殺されたと取ったのか? それにしては随分と反応が早いな」
「何か、裏があるのかもしれませんな」
そしてそれこそが、ルークが頑なにアクゼリュスを崩落させたわけを語ろうとしない、最大の理由なのだと思い当たる。
……こうなるとますます、当時の状況をよく知る者が必要になってくるのだがルークは勿論のこと、仔チーグルのミュウはまだ幼く、客観的に話をさせるのは無理があった。
だが、簡単な推測は立てられる。
キムラスカに常時放っている密偵の報告では、此処数年、ローレライ教団大詠師モースの、王宮への出入りが激しいのだという。モースと云えば、敬虔な預言信仰者として知られている男。先代の父王と違いピオニーは預言重視派では無いので、彼とはあまり折り合いが良くない。
そんな男が、預言を重んじるキムラスカに出入りしていたのだとすれば……
「預言、か……」
ピオニー自身は、あまり預言と云うものに重きを置いていない。それこそ生誕の日に預言士から一年の預言を詠んでもらう程度で、それ以外では――勿論、政治でも――預言を多用したことは無かった。
「我が国と違って、キムラスカは預言を政治に取り入れておりますからな」
「ふん、嫌味か? ゼーゼマン」
「まさか。……確かに、預言を持ち出せば、議会の数も随分と減って楽になるでしょうなぁ……と考えたことは御座いますが」
本音を隠そうともしないゼーゼマンにピオニーは笑って肩を竦める。
そう、確かに、預言に頼れば普段、揉めに揉めている議会もスムーズに進行するだろう。けれど、政治の場に預言を持ち出すということは、すなわち、ダアトによる政治干渉を許す切欠となってしまうのだ。そう――今のキムラスカのように。
それが悪いことであるなどとは言わない。それも一種の手段だろう。このオールドラントで最も信頼されている預言ならば、民衆も納得する。
ピオニーがそれをしないのは――単純に、好みの問題だ。
「まったく、厄介なことになったな。預言に従って人の命すら軽んじるか……」
それは、戦争で多く散るであろう両軍の兵然り、巻き込まれる民達も然り――そして、利用されたルークもまた、然りだ。
恐らくは国のため預言のため、その身を生贄として捧げられたルークは――何らかの理由で、アクゼリュスを崩落させようとした。あの地域一帯が崩落すれば、自分の死もまた免れないであろうということを知っていて。
施政者としてのピオニーは、それもまた仕方の無いことだと思う。けれど人としては、なんと劣悪な預言なのだろうと蹴り飛ばしてやりたいくらいだ。
ゼーゼマンと顔を合わせ、ピオニーは愚痴と時折溜息を挟みながら、今後の対策を話し始める。
「失礼します、陛下」
そんな折、アクゼリュス方面の確認を急がせていたアスランが、敬礼と共に入室する。
「ルーク殿を診られた医師の方の報告と……それと、もうひとつ、お耳に入れたいことが……」
「どうした」
困惑を浮かべつつ顔を上げたアスランに、ピオニーは続きを促した。
「……キムラスカ=ランバルディア王国インゴベルト王の御妹君であらせられるファブレ公爵夫人……つまり、ルーク殿の《母》に当たる方が、内密に文を寄越されまして……」
「何?」
「その……ルーク殿は間違いなく、ファブレの子であると。死産した筈の、《ルーク・フォン・ファブレ》の双子の妹君であると……サインと印章入りですから、本人であることはまず間違いないかと」
アスランからの報告に、ピオニーとゼーゼマンは、瞠目して固まった。
……ルークが《レプリカ》と呼ばれる存在である可能性を互いに示唆し、同時に打ち消していた二人であったが、まさかそんな事情があったなど、思いもよらなかったのだ。
更に話の続きでは、ごく最近まで夫人は、ルーク……つまりファブレ家息女の生存を知らなかったらしい。どうやら国の思惑のため、自分にすら知らされていなかったのだと……そんなことは言い訳にすらないだろうが、どうか許して欲しいと……言ったのだそうだ。
しかも、この手紙を届けたのは、キムラスカ・マルクト両国で有名なジョゼット・セシル将軍だったため、話の信憑性は高いだろう。
双子なら、或いは兄《ルーク》と同じ超振動の力を持っているというのも頷ける。
しかし、それは……あまりにも残酷な事実だった。
「国のために自身の存在すら亡き者にされ、育てられたのか……」
年頃の少女として普通に育てられていれば、或いは今頃社交界デビューも済ませ、綺麗なドレスを身に纏い、もしくは誰かを好きになることも合ったのかもしれない。
そのことを思うと……三人はいたたまれず、口を閉ざす。
「……このことを、ルークに伝えてやるべきかな」
お前を愛してくれている存在がいるのだと。だから……そんなに死に急ぐような顔をするなと、ピオニーは言ってやりたかった。
ただ裁かれるためだけにグランコクマへとやって来た少女。
その瞳に深い絶望を湛え、誰かから優しくされることを拒絶する少女を、ピオニーは酷く気に掛けていた。
「……アスラン。この手紙を届けた者に、礼を。そして、丁重に国境付近まで送って差し上げろ」
「はっ」
敬礼と共に下がったアスランを見送り、ピオニーは立ち上がる。
「陛下、何処へ?」
「ルークのところだ。いや、本来はルークと呼ぶべきではないのかもしれないが……兎に角、今はあいつの傍に居てやりたい」
ふっと笑う皇帝陛下の表情に何か感じるところのあったゼーゼマンは、引き止めることなく、悠々と謁見の間を出て行く男の背中を見た。
――そして、ぽつりと呟く。
「……まったく、困った方ですな。いつもいつも、険しい道を選ばれる」
今は未だ、自覚していらっしゃらないようですがな。
独り言を口にしながら、ゼーゼマンは苦笑を浮かべたのだった。
Painning rain
葵様リクエスト「「ルークがレプリカではなく、アッシュの実の妹」と言う設定で、アッシュはその事を知らずにルークをレプリカと罵るけど(髭に騙されてる)、ルークは実の兄を守る為に自らが預言を実行しようとした…的な話。普段は男装で。 最終的な希望カプはピオルク」でした。
いやぁ……正直書いていて楽しかったですが、反面ものすごく難しかったです。リクエストが美味しすぎた……じゅるり。
この後の展開としては、陛下が自覚して開き直ってルークに愛を告白しまくったり、和平締結に乗じて「その証におたくんとこの娘さん下さい」とか言って、真実を知ったアッシュが放心したりとか色々あるかもしれないですね。陛下は公にさり気無く私情を挟みこむのが上手かったりして(おいおい)
本当は両想いになるまで書こうかと思ったんですが、そうするとうっかり長編レベルになりかねなかったので、これでも削って削って前後編まで持ち込みました……
何はともあれ、リクエストありがとうございました!
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