9.

「所有者氏名登録」


 ぴ、と軽い駆動音がして、低い声が私の名前を繰り返す。

 愛称登録も慣れたもの。最初こそ調子に乗って愛称を登録してみたけれど、キャラクターの仕様上愛称は使わないと知って、それなら何で登録させるんだと思ったものだ。

 金の瞳が三度またたく。大倶利伽羅が、私を認識する。


 ねぇ、きみに初めましてというのは、五度目を越えたんだよ。

 きみは、覚えていないけど。



 私が初めて大倶利伽羅を買ったのはもう随分前のことだ。初任給で買った初めての大きな買い物だった。

 別に元のゲームをしていたわけでもないし、ものすごくほしかったわけでもない。ただちょっと、初めてのお給料で高いものが買ってみたかっただけ。流行りの人形に目が行っただけ。

 大倶利伽羅を選んだのだって大した理由ではなかった気がする。衝動買いに近かった。

 もう、随分と懐かしい気さえする話だ。


 愛想もなく、近寄らず、学習をしても肉料理を仕込んでくる辺りは昔から変わらない。

 スリープモードに入る時にドアの側で座り込むのも。

 慰め方がへたくそなところも。

 衝動買いをして、愛想の無さに失敗したかと思って、けれど日々を過ごすうちに大事になっていった、私の大倶利伽羅。


 彼にバグがあると分かったのは、初めての定期更新日だった。

 パソコンにつないで、昼には再起動しているだろうからと仕事に出て、ただいまと言ったのに返事が無くて、大倶利伽羅はパソコンに接続したまま。再起動が出来ていないのかなと思って、そうして、


 所有者氏名登録を求められたあの絶望は、思い出すだけで涙が出る。

 私の大倶利伽羅は、年に一度の更新と共に個体データが初期化されるというバグがあった。


 どれだけ私を覚えても、私の好きな味を覚えても、学習しても、一年したら必ず私を忘れる。

 修理のきくバグではないので無償交換をと言われた。

 けれど、私の大倶利伽羅は、ここにいる彼だけなのだ。


 私の大倶利伽羅。

 肉は嫌いだというのにこっそり肉を仕込んでくる。

 冬にはやたらと鍋料理を作る。

 ドアの隣で眠る。

 決して私の名を呼ばない。

 慰め方がへたで、けれど側に居てくれて、見ていてくれる、私の。


 私の、けれど私を忘れてしまう、なのにあの頃みたいに成長していく、けれど、私を忘れてしまう。

 耐えられたのは、二度だった。


 三度目の更新日に、私は大倶利伽羅を捨てた。ゴミ捨て場に放置した。私を忘れてしまった大倶利伽羅を捨てて、けれど、今こうして大倶利伽羅は私の部屋にいる。


 どうしようもなく苦しいから捨てて、けれどどうしようもなく苦しくてまた拾う。

 愚かだと自分でも分かっている。

 友達に言ったなら、買い換えたらいいのにと言うだろうか。今でも大倶利伽羅モデルは売っている。だって彼は大量生産の内の一体だ。バグのない、一年しても私を忘れない大倶利伽羅が手に入るのだろう。

 それでも、だけど。


「おはよう、大倶利伽羅」

「……ああ」



 おはよう、私の大倶利伽羅。

 一年かけて私を覚えて、一年後には私のことを忘れてしまう、私の大倶利伽羅。


 きっと私は一年後、また彼を捨てるだろう。

 そうしてまた、自分で捨てた彼を拾う。


 愚かだと思いながら、苦しくてどうしようもないままに、私を忘れた人形に恋をしている。



―――――
私の恋はゴミ箱へ