「所有者氏名登録」
ぴ、と軽い駆動音がして、低い声が私の名前を繰り返す。
愛称登録も慣れたもの。最初こそ調子に乗って愛称を登録してみたけれど、キャラクターの仕様上愛称は使わないと知って、それなら何で登録させるんだと思ったものだ。
金の瞳が三度またたく。大倶利伽羅が、私を認識する。
ねぇ、きみに初めましてというのは、五度目を越えたんだよ。
きみは、覚えていないけど。
私が初めて大倶利伽羅を買ったのはもう随分前のことだ。初任給で買った初めての大きな買い物だった。
別に元のゲームをしていたわけでもないし、ものすごくほしかったわけでもない。ただちょっと、初めてのお給料で高いものが買ってみたかっただけ。流行りの人形に目が行っただけ。
大倶利伽羅を選んだのだって大した理由ではなかった気がする。衝動買いに近かった。
もう、随分と懐かしい気さえする話だ。
愛想もなく、近寄らず、学習をしても肉料理を仕込んでくる辺りは昔から変わらない。
スリープモードに入る時にドアの側で座り込むのも。
慰め方がへたくそなところも。
衝動買いをして、愛想の無さに失敗したかと思って、けれど日々を過ごすうちに大事になっていった、私の大倶利伽羅。
彼にバグがあると分かったのは、初めての定期更新日だった。
パソコンにつないで、昼には再起動しているだろうからと仕事に出て、ただいまと言ったのに返事が無くて、大倶利伽羅はパソコンに接続したまま。再起動が出来ていないのかなと思って、そうして、
所有者氏名登録を求められたあの絶望は、思い出すだけで涙が出る。
私の大倶利伽羅は、年に一度の更新と共に個体データが初期化されるというバグがあった。
どれだけ私を覚えても、私の好きな味を覚えても、学習しても、一年したら必ず私を忘れる。
修理のきくバグではないので無償交換をと言われた。
けれど、私の大倶利伽羅は、ここにいる彼だけなのだ。
私の大倶利伽羅。
肉は嫌いだというのにこっそり肉を仕込んでくる。
冬にはやたらと鍋料理を作る。
ドアの隣で眠る。
決して私の名を呼ばない。
慰め方がへたで、けれど側に居てくれて、見ていてくれる、私の。
私の、けれど私を忘れてしまう、なのにあの頃みたいに成長していく、けれど、私を忘れてしまう。
耐えられたのは、二度だった。
三度目の更新日に、私は大倶利伽羅を捨てた。ゴミ捨て場に放置した。私を忘れてしまった大倶利伽羅を捨てて、けれど、今こうして大倶利伽羅は私の部屋にいる。
どうしようもなく苦しいから捨てて、けれどどうしようもなく苦しくてまた拾う。
愚かだと自分でも分かっている。
友達に言ったなら、買い換えたらいいのにと言うだろうか。今でも大倶利伽羅モデルは売っている。だって彼は大量生産の内の一体だ。バグのない、一年しても私を忘れない大倶利伽羅が手に入るのだろう。
それでも、だけど。
「おはよう、大倶利伽羅」
「……ああ」
おはよう、私の大倶利伽羅。
一年かけて私を覚えて、一年後には私のことを忘れてしまう、私の大倶利伽羅。
きっと私は一年後、また彼を捨てるだろう。
そうしてまた、自分で捨てた彼を拾う。
愚かだと思いながら、苦しくてどうしようもないままに、私を忘れた人形に恋をしている。
―――――
私の恋はゴミ箱へ