春をいただきます






「すみませんお届け物でーす」
尾形のお婆ちゃんから荷物が届いた。
クール便で届けられたそれを配達員のお兄さんから受け取ると、ずっしりとした段ボール箱が両腕にのしかかる。
重さに耐えきれずよろめいた拍子にゴロゴロと段ボールの中身が転がってバランスが取りにくい。
拙い足取りでどうにかこうにかリビングまで運び入れて恐る恐る床に置くと昼間からソファーに寝そべっていた尾形が怪訝そうに顔を上げた。
「なんだそれ」
「尾形のお婆ちゃんからだよ」
「婆ちゃん?ああ、この前言ってたあれか」
「あれ?」
「開けてみろ」という尾形の言葉に、きつく貼られたガムテープにカッターで切り込みをいれていく。段ボールを開けると微かな青臭さと土の香りが鼻を擽った。
段ボールの中には新聞紙に包まれた筍にビニール袋で小分けにされた青々としたふきのとうとたらの芽、小ぶりなカブが何個も鎮座している。いつの間に起きて来たのか尾形が背後から段ボールを覗き込んで呆れたように髪を後ろに撫でつけた。
「おぉ〜すごい筍だ!カブもある!」
「またすごい量を送ってきたな…」
「どうしようか。杉元君とか明日子ちゃん達におすそ分けする?」
「そうだな、食う分だけ保存して後はあいつらに恵んでやるか」
段ボールの中身をすべて取り出すと然程広くない調理台の上が食材で埋まってしまった。
これなら当分は食べるものに不自由しないだろう。
「なに作ろうか?」
「わりと何でも作れるぞ」
「なにかおすすめある?」
「ふきのとうは天ぷらにしてもいいし胡麻和えでも美味いな。たらの芽は天ぷらが一番美味い。カブは味噌汁か漬物でもいいな。筍は…そうだな筍ご飯にでもするか」
すらすらと答える尾形の横顔は何処か楽しそうだ。いつもそれくらい表情を出してほしいけど本人に言ったらきっと機嫌を損ねるに違いない。
「食べるの楽しみ?」
「わりと」
「これ使って今日は豪勢にご飯にしようよ」
「いいな、それ」
「買い出し行くけどくる?」
「仕方ねぇな。付き合ってやるよ」
そうと決まればさっそく準備だ。
冷蔵庫を覗きながらスマホのメモ機能に足りない食材を書き足して財布とスマホをジャケットのポケットに突っ込む。
既に玄関で待っていた尾形の手に指を絡めて行きつけのスーパーへと足を向けた。

◇◇◇

「なぁビールまだあったか?」
「えっもう無いんじゃない?何本か買っときなよ。ねぇ、私の分のお酒もかご入れて。いつものやつ」
「ああ、他に買い忘れたもんないか?」
「うん、これで全部」
横から尾形が余計な物を入れてくるのを阻止しながら買い忘れがないか確かめる。
レジに向かう途中で尾形に服を引っ張りながら「あれも買う」と持ってきたのは菖蒲だった。
「菖蒲湯するの?」
「ああ、端午の節句だしいいだろ」
「あ、今日端午の節句か、たまには良いかもね」
会計を済ませて袋の中に買ったものを詰め入れる。こういう時に何も言わずに重い方の荷物を持ってくれる辺り尾形は優しい。
「重い方持ってくれてありがとね」
「ふん…お前に持たせたら家に着くまで何時間かかるか分からんからな」
まぁ持ってくれるのは有難いので尾形の可愛くない物言いも今は甘んじて受けよう。
空いている大きな手をゆるりと握るとそれ以上の力でぎゅっと握られる。
こういうところは可愛いのにな。
スーパーを出て、来た道を戻っていると前を歩いていた尾形が「こっちから帰ろう」と曲がるはずの角をそのまま通り過ぎる。「どうしたの?」という言葉にも尾形は「いいから」としか言わずそのままぐいぐいと進んでいく。こっちからでも帰れないことはないけど少し遠回りになる。
「尾形くぅん、どこ行くの?早く帰ってご飯作ろうよ」
「夕飯作るにはまだ早いだろ。つべこべ言わずに行くぞ」
「いいけどさぁ〜」
狭い路地を通り抜けて閑静な住宅街に出る。
普段通ることがない道に若干の不安を覚えるが尾形はすたすたと慣れた様子で歩いていく。
どこかに桜の木でもあるのか桜の花びらがアスファルトを転がっていく。
細い川に沿って歩く尾形に手を引かれるまま見慣れない風景を目で追っていると尾形が急に立ち止まり、急ブレーキのできない私はそのままつんのめって尾形の肩に額をぶつけた。
「着いたぞ」
ぶつけた額を抑えながら前を見やると道に沿うように満開の桜が続いている。住宅街に入った時からちらちらと待っていたのはここの桜なのかもしれない。
「綺麗…」
「だろ?この前仕事の帰りに見つけた」
「へぇ全然通らないから知らなかった」
薄紅に色づいた桜を見ていると隣で尾形が何やら袋を漁って、取り出したのは買ったばかりの缶ビールだった。ぷしゅっと軽快な音と共に缶の口から泡が零れてアスファルトに落ちて染みていく。目を細めて喉を鳴らしながらビールを流し込むとお前も飲めと缶を渡された。
「まだ昼間なのに」
「いいだろ別に。花見酒だ」
渡された缶ビールと尾形の横顔を見比べて結局私は缶に口をつけた。
独特の苦味とコクが炭酸と一緒に口の中に広がる。家で飲むよりこういう時の方が美味しく感じるのはなんでだろう。
「あ〜しみる…」
「おっさんくせぇ感想だな」
「うっさい」
くつくつと楽しそうに笑う尾形に自然と私の顔も緩む。
静かな住宅街に2人の足音と桜が風に揺れる音だけが響いて、雲一つない澄み切った空に薄紅色の桜がよく映えて綺麗だ。舞い散る花びらが私と尾形に纏わりついて髪やジャケットに張り付いては流れていく。
そよ吹く風に目を細めてる尾形はどことなく猫を思わせる。
こうやって2人で缶ビールを分け合いながらのんびり歩くのもたまには良いかもしれない。
気付けばもう家の近くまで来ていた。
「今度はちゃんとお花見しようね」
「弁当作れよな」
「が、頑張る…お酒も持っていこうね」
「ああ」

◇◇◇

「何から作る?」
「まずは飯だな、あとは味噌汁と天ぷらは並行して作れば良いだろ」
「了解〜」
台所に広げた食材を見ながら献立を作っていく。
悔しいけど一人暮らしが長い尾形の方が私より料理のスキルは断然上だし何より作り方が分かるというので尾形に教えてもらいながら作ることにした。
「俺は米を研ぐからお前は筍切れ。デカく切れよ」
「任された」
手早く米を研いで調味料を炊飯釜に入れていく尾形を横目に、大きく切った筍と油抜きして細かく切った油揚げを炊飯釜に入れてスイッチを押す。
後ろから「セットするだけじゃなく炊飯ボタン押せよ」と声が飛んでくる。
「それくらい分かってますー」
「お前そういうとこ抜けてるからな。天ぷらの用意するから味噌汁作ってくれ」
「はいはい」
お湯が沸く間に味噌を取り出してカブの皮を剥いて切っていく。尾形曰く「薄く切った方が味噌汁がしみて美味い」らしい。葉と茎も切り分けてふつふつと煮立ってきた鍋に入れて天ぷらに使うふきのとうとタラの芽、あとは冷蔵庫で眠っていたナスも切っていく。
尾形はすでに天ぷらの衣を作り終えて鍋の油を温めて準備万端だった。
「あと尾形よろしくね」
「ああ」
天ぷらは尾形に任せて作りかけの味噌汁を見るとカブが薄っすらと透き通っている。
顆粒だしと味噌を加えて溶けるようにゆっくりとかき回すと、ふわりと味噌の匂いが鼻をくすぐった。隣では尾形が手際よく天ぷらを揚げていてしゅわしゅわと小気味いい音が聞こえてくる。時計を見ると17時を少し過ぎたところだ。
いつもより少し早いけど夕食にしてしまおう。
炊飯器から少し抜けた電子音が鳴ってご飯が炊き上がったのを教えてくれる。蓋を開ければふわっと湯気が立ち上って醤油で色付いた筍とご飯が顔を出す。
「おお〜!いい感じに出来てる!」
「俺の飯多めにしてくれ」
「うん」
「天つゆと塩どっちにする」
「両方!」
ざっくりと混ぜ合わせると底の方におこげが出来ていて美味しそうだ。ご飯と味噌汁をよそってテーブルに並べていると尾形も缶ビールとチューハイを片手に天ぷらが乗った大皿を持ってくる。
からりと揚がった天ぷらとほこほこと湯気をたてている味噌汁と筍ご飯が揃って急激に胃が空腹を訴える。
「美味しそ〜!早く食べよ!」
「天ぷらは各2つずつだ。それ以上食いたきゃ自分で持ってこいよ」
「はーい!今日は旬物味わえて贅沢だな*!」
「まだ残ってるぞ」
「えっまだあったっけ?」
「菖蒲買っただろうが」
「あ〜菖蒲湯にするって言ってたもんね」
「入るぞ」
「えっ一緒に!?」
「当たり前だろうが。いただきます」
「えっあっ、い、いただきます…」
にんまりと楽しそうに笑う尾形に背筋が凍る。こういう顔をしてる時は大抵ロクなことにならないことは経験上良く分かっていた。
「お手柔らかにね?」
私の言葉に尾形は悪い顔で味噌汁をすすった。