桜が散る頃には






春は出会いと別れの季節とよく言われるが、まあ
よく上手い事を考えたものだと思う。

月島は現代に生まれ変わっても、明治時代からの[月島基]という記憶を持って産まれて来た。ようは前世の記憶持ちだ。
不思議な事に名前だけではない。男にしては低めな身長、ムスッとした無愛想な顔など、前世と全く同じ姿で産まれたのだ。

しかもあの鶴見中尉や鯉登少尉、杉元達もだ。これは神の悪戯か。だがしかし、名前だけは、我が愛しい恋人だけは前世の記憶は持ち合わせてはいなかった。同じ姿、同じ性格なのに。

まあ今はそんな事はどうでもいい。自分と名前は現代では恋人同士。前世でも恋人同士だったが、戦争が勃発していた不安定なご時世と比べ、現代は実に平和であり、その現代で穏やかに暮らしていける事に幸せを噛み締めている毎日だ。

ただ時々、愛しい名前が突然いなくなるのではないかと、猛烈な不安が己の心をかき乱す事がある。

特に1人でいる夜や、こんな桜が散る、綺麗な桜が儚く散っていく情景を見るとさらに胸が押しつぶされるような感覚に襲われてしまう。

昔(前世)戦争から故郷に帰って来ると行方不明になってしまったあの子(いご草)のように、そして急な病によって逝ってしまった名前のように。

そんな事をぐるぐると考えていたら、「わっ{emj_ip_0792}」と背後から急に抱きつかれた。

振り返ると名前が、まるでいたずらが成功した子供のように、満面な笑みを浮かべていた。

まったく人の気も知らないで。本当に前世の事など覚えていないのだろう…だがそれでいい、と男は思った。

先程抱きつかれた際に、つい「こんな事して、お前は前世から変わらないのだな。」と言いそうになったが、何とかすんでの所で飲み込んだ。

名前は前世ではお金が無く、人攫いに合い、遊女として身体を売って生活していた頃もあったと、今にも泣き出しそうな顔で告白された日の事をふと思い出した。

もう名前に辛い思いはさせたくないと思った。

前世の事など忘れても、今世でこれから思い出をたくさん作ればいい。色んな場所へ赴き、愛を囁き合い、子宝にも恵まれ、老後は2人で静かな場所でささやかな生活を送る。
記憶が無くともただ隣に居てくれればいい。

ー死が2人を分かつまでー