夏が来た






職場のラジオから夏らしい曲が流れる。
7月。海の日目前。

GWはシステムトラブルで、たった2日で会社に呼び戻された。
おかげで変な時期に代休を消化するはめになってしまった。
例年より長いはずだった私のGWは、高校のクラス会に参加しただけで終わった。

クラス会。
思い出すだけで顔が熱くなる。
3次会のあと、気づけば野間くんと2人きりになっていて、そのとき私は野間くんに告白された。
武骨な、という表現がとても似合う野間くん。
授業中のグループ班で一緒に課題をしたり、文化祭で同じ分担してたな、くらいしか印象になくてビックリした。
翌日、仕事に戻る私を駅に見送りに来てくれた友人たちから
「野間、ようやく告ってきたねー!」
「アンタ、ずっと気づいてて躱してるんだと思った」
「めっちゃ分かりやすかったよね、野間」と口々に言われた。
「全然気づかなかったし、あの頃は好きな先輩がいたから」と言い訳したけど
「それにしてもニブすぎる!」と異口同音に叫ばれて顔から火が出そうだった。

アンタたち、見送りがてら野次馬しにきたのね…
地元に後ろ髪を引かれながら、ドキドキ騒ぐ鼓動と一緒に私は日常へ戻っていった。

好きだった先輩を追いかけて県外の進学先を選び、わたしはそのまま県外で就職した。
あの淡い恋は結局実らなかった。今より無鉄砲だった自分は、ほろ苦くて楽しかった時間を経ていつのまにか大人になっていた。
野間くんとはクラス会で連絡先を交換して以来、ぽつぽつとLINEが来る。
言葉少ないイメージの野間くんのまま、いつも短いメッセージ。

自宅に戻って2週間ほど経った頃、野間くんから入ったLINEには
「夏祭りは帰られるのか?」の一文。

お正月くらいしか帰省しなかったから、地元の夏祭りなんて何年も行ってない。
職場の人たちと調整しあってなんとか希望通りの代休が貰えた。

「夏祭りの前日の金曜日に帰るよ」
「何時くらいに着く?」
「お昼前に家出るから、16時くらいかな?」
「わかった。駅まで迎えに行く」
「え?仕事は?」
「午後から休みとる」
「大丈夫?」
「なんとかする」

野間くんとのLINEのやり取り。何度も見返してはドキドキした。
2泊3日の帰省。荷物をまとめて、戸締りをして。高鳴る胸を押さえて地元行きの列車に乗った。

地元の駅には16時過ぎに着いた。
「駅に着いたよ」
「東口の方に迎えに行く」
駅の東口を出て、タクシー乗り場の目の前のベンチに腰掛ける。地元の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
山と海に囲まれた地元は、夏は盛りと蝉が大合唱している。
「名前」
「あ、野間くん」
「待ったか?」
「大丈夫。迎えに来てくれてありがとう」
「荷物はこれだけか?」
「うん」

駅から私の実家まで海沿いの道を野間くんの運転する車で走る。
「夏に帰るの、久しぶりなの」
「そうなのか」
「うん」
「時間があるなら、少し遠回りしていいか?」
「うん」
車を運転する野間くんの横顔は、高校時代と変わらない気がするのに
どこか知らない男の人の顔にも見えてドキドキした。

海浜公園の駐車場に野間くんが車を停める。
車のドアを開ければムワッと潮の香りの風に煽られた。
「わー!この辺りは全然変わってないね!」
「高2の時にここでクラスの奴らと花火したよな」
「あはは!そうだったねー。ねずみ花火に追いかけられたコとかいたよねー」
海沿いの遊歩道を思い出話を話しながら歩く。
ふと視線をあげると上空に暗い雲の塊が見えた。
「夕立が来るかもな」
私の視線に気づいたのか野間くんも空を見上げていた。
「昼間は会社の中で仕事してるから、夕立すら久しぶりかも」
「仕事、忙しいんだな」
「野間くんも一緒でしょ。働いていればみんな忙しいよ」
ぽたっと雨粒が足元に落ちる。
濃い灰色の雨雲はいつのまにか近くの空まで迫っている。
「わっ!急に来たね」
「あのバス停で雨宿りするか」
遊歩道のすぐ脇の道路沿いに、ぽつんと建っているバスの待合所。
少し歩調が早くなった野間くんの背中を雨に追われながら追いかける。
アレ?前にもこんな光景みた気がする。
「ねえ、前にもこんなこと…」
言いかけた瞬間、ピカッと空に閃光が走る。
待合所のベンチにたどり着いた瞬間、
矢のような雨粒が勢いよく地面に叩きつけられた。土砂降りの雨は、待合所と外を切り離すかのように激しい。ゴロゴロと雷鳴りが響く。
雷は恐くない、と言いたいけど屋外にいると不安になる。
「大丈夫か?」
「う、うん…」
不安な気持ちが顔に出ていたのか、野間くんはふっと笑った。
「大丈夫だ。向こうの防風林の方が待合所より背が高いから、落ちてもあっちだろ。
確証はないけどな」
「全然安心できないよ野間くん…」
「雷雲は長時間居座らないぞ。西の空は明るいから大丈夫だ」
野間くんの熱い手が、緊張と雨に濡れて冷えたわたしの手を包む。
「小さい手だな」
野間くんの手が大きいんだと思う、と言いたかったけど突然の接触にビックリして、ドキドキして、声にならなかった。
「やっぱり覚えてないか」
「え?」
「雨、止まないな」
野間くんがそう呟いたそのとき、ピカッと閃光が走った。
ドオォーーーン!!
「ひゃっ」
…我ながらなんとも色気のない悲鳴。近くに落雷した地響きに耳を覆って身をすくませたら、
「大丈夫だ。どこかに雷が落ちたみたいだな」と言いながら野間くんに抱きしめられる。
雷はまだ唸り声を上げている。不安な気持ちは、野間くんの腕の中にいる驚きで少しおさまった。
「…ねえ、さっき、何のこと?」
視線は上げられないまま、動揺する気持ちを隠して問いかける。
「中2の夏休み、試合帰りに雨に降られてこんな感じで雨宿りしたよな」
「あ!」
一気に記憶が蘇る。
通学路沿いの潰れたお店の軒先を借りた時。
雨に追われて雷が恐くて、半泣きで走っていたら、
目の前を走っていた他校の男子生徒が声をかけてくれた。
ベソをかいていた私の手を繋いで、夕立を過ぎ去るのを一緒に待ってくれた、部活のTシャツを着た男の子。
「あの時の、野間くんだったんだね」
「高校の入学式でお前見つけてうれしかった」
頭のすぐ上に野間くんの顔がある。
そう感じるとドキドキして顔が熱くて、ますます顔が上げられなくなる。
「ずっとお前が好きだった」
「うん」
「…お前どうなんだ?」
なんて答えたらいいんだろう?ドキドキしすぎて頭が回らない。
「雨、止みそうだな」
「え?」
視線を上げると空は雲の切れ間から日が差しはじめた。
「お前の答え聞くまで離さないぞ」
少しからかうような野間くんの声に、思わず吹き出してしまった。
そーっと野間くんの顔を見上げると、野間くんの視線とぶつかる。
恥ずかしくて反射的に体が動くけど、がっしりとした野間くんの腕はビクともしない。
「野間くんのいじわる…」
「ずいぶん待たされたからな」
「恥ずかしいんだけど」
「誰も見てねぇよ」
観念して野間くんの顔を、再度見つめる。

「野間くんのこと、好き」
勇気を出して絞り出した声。自分で返事を催促したくせに野間くんは固まっていた。
「野間くん??」
名前を呼ぶと野間くんの顔はなんだか赤くなったように見えた瞬間。ぎゅっと抱きしめられた。野間くんの大きな背中に、おずおずと手を回してそっと抱きしめ返す。
トクントクン。早鐘を打っているのはどちらの心臓だろう?

「晴れたな」
5分くらいは抱きしめ合っていただろうか?
野間くんが沈黙を破り、ゆっくりと体が離れていく。
名残惜しいな、と思ったら虚を衝かれてちゅっと唇を奪われた。
「隙あり」
野間くんは照れ隠しのように立ち上がり、私を振り返る。

白いTシャツ姿の野間くんは、どこまでも眩しかった。