夏の祭の暑い夜






『厄除け粽はこれより出ます、常は出ません今晩限り。
ご信心のおん方さまは、受けてお帰りなされましょう。
ろうそく一本献じられましょう、ろうそく一本どうどすか』

古都の夏がやって来た。7月1日を迎えれば、中心地である市街地は一気にお祭りムードになる。アーケードに下がる提灯、そこかしこの山鉾町で聞こえるお囃子の練習。
こんこんちきちんこんちきちん。
私は生粋の京女ではなく他所から来た人間なので、そこまでこのお祭りに執着や情熱がある訳ではない。居住歴10年以上ともなれば、ああ今年も来たなあくらいで、それはキロさんもいっしょだ。

「なあ、名前。そういや今年の山一番はどこだったんだっけな?」
「どこでしたっけ…。んえーっと…」

山一番とは、17日の前祭と24日の後祭、それぞれの山鉾巡行で先頭を任される山鉾のことだ。毎年7月1日にくじ取り式という行事があり、前祭全23基、後祭全11基の順番を決める。御霊会の中でもハイライトであり、重要な役割の山一番なのだが、なにせ私たちは1週間以上経ってからやっと思い至る有様である。
メインになる市街地エリアに住んではいるものの、町会自体は山鉾を保有している訳ではないので、私たちの中では最早生活圏にただただ人が増えるだけのイベントと化している。

「アレ?蟷螂山?」
「ん?そりゃ去年だろ?」
「待ってください、んん…、いえ、合ってます。2年連続ですって。すごい、このパターンは初めて見ました」
「へえ。元号の最後と最初ってのはまた縁起が良いな」
「ほんとに。ああー、ここの絡繰りおみくじ、今年行こうかなって思ってたんですけど…」
「人の量エグそうだな。去年宵山に通りかかったが…」
「アッ察し…」
「去年みたいな暑さじゃなくても熱中症が怖いし俺は止めるぞ」
「ご心配痛み入りますが既に断念したのでご安心ください」
「よしよし。良い子だ」
「あ…、でも綾傘鉾の御守りは欲しいなあ」
「寝坊防止とかの御利益か?」
「違いますう。友だちから教えてもらったんですけどね、あの、縁故守り、キロさんとおそろい、で…」
「…」

当然のごとくキロさんとの御縁をお護りくださいって意味で欲しいんだけど、急にそんな、スンッ…、って真顔で黙られたら恥ずかしい。言うんじゃなかった、顔がどんどん熱くなってく。私はとうとうゆでダコも真っ青に見えるほど赤くなってるだろう顔を覆った。

「…聞かなかったことにしてぇ…」
「いや無理だろ」
「ぅ、わ、ちょっとキロさん!」
「不意打ちで可愛いコト言うお前が悪い。覚悟しろよぉ、名前?」

押し倒されたソファーの上、悪い大人の顔で笑うキロさん。もうもうもう。格好良いからその顔やめて。うそやっぱりやめないで、大好き大好き、愛してる。

夏の祭の暑い夜

お祭り騒ぎも恋人たちの痴話沙汰には勝てないらしい。
遠く微かに聞こえるお囃子の音を聞きながら、私は彼の太い首に腕を回した。