手遅れですね






「宇佐美!こっちの黒い水着とこっちの赤色の水着、どっちがいいとおも」
「どうでもいいです」
「おい」

せめてこっちを見ろ!という強い念を込めて私は、店の壁にもたれ掛かりスマホを触っている宇佐美の真正面に二つの水着を突きつけた。左手には黒いフリルが目を引くオフショルビキニタイプの水着で、右手にはホルターネック・ビキニタイプの赤色の水着だ。宇佐美が好きそうな色合いと形を選んだと思った私は自信たっぷりにそうしたのに、奴から返ってきたのは端正な眉をひそめたしかめっ面だった。

「……名前さん、邪魔です」
「ほらよく見て!彼女の水着だよ?宇佐美の沽券にも関わってくるんだからね!?」
「僕の何の沽券に関わるんですか」
「ダサい彼女を横に置いて歩きたいの?」
「……水着なんてどれも一緒ですよ」

呆れたようにそう言い放った宇佐美に私は「はぁ………」と大きなため息をつく。

「わかってないなぁ**形ひとつ色ひとつをとっても水着は選ぶのに苦労するの!」
「あっそ……好きなの買えばいいんじゃないんですか」
「好きなの買っても似合わなかったら意味無いでしょー?」
「………どうでもいいけど早くしてください。この店に来るためだけに、わざわざ日曜日に出かけてるわけじゃないんですけど」
「っ、……そ、それは……」

うんざりとした口調の宇佐美に私は思わず言葉を詰まらせる。確かに、人混みが嫌いな宇佐美を半ば無理やり日曜日のショッピングモールに引っ張って来たことを悪いとは思ってる。思っているが、そんな態度を取られるほどじゃあないのではないか?ムッとする私の気持ちを知ってか知らずか、宇佐美は再びスマホに目線を落とした。

「………もういい」

宇佐美に突きつけていた両腕を下げ、大人しく売り場に戻った。元々ショッピングが嫌いな人間にショッピングへの意見を求めるのが酷というもの。妙に張り切っている私のテンションと、普段より更に低めとなっている宇佐美のテンションが合致するわけがないのだ。

でも、それでも、

(……久々のデートなのに)

目の前に並ぶカラフルで可愛らしい水着たちとは正反対の、澱んで曇った小さな不満が心の中で渦巻いていく。

そう。本当に、久しぶりに二人っきりで出かけることが出来たのだ。同じ会社に勤めているとはいえ、お互い部署も違うし、四月も五月も六月も七月も新人教育に明け暮れていて。その間にも自分の仕事は減るどころか増え続ける一方だった。当然、休日はあってないようなものだったし、今日は本当に、ようやく二人の休日が一致して尚且つ諸々の仕事が落ち着いて来た頃だった。それなのに、

「………失敗したかなぁ」

誰に言うでもなくそう独りごちる。水着選びなんて、今日でなくても良かったのではないか?疲れているであろう宇佐美に対してあんまりなデートプランだったのではないか?

グルグルといろいろな考えが頭の中を回りめくる。手の中にある二つの水着も店内の内装も、さっきまであんなに可愛く見えていたのに、急に色あせて見え始めた。こんな憂鬱な気分はショッピングに相応しくない。

はぁ、とため息をつき、水着を元の場所に戻そうとした時だった。

「勝手に選ぶのやめてくれません?」

背後からぬっ、と腕が伸びてきて私の左上の方に並んでいた水着が一つ消えた。間違えるはずもない、若干不機嫌さが混じったその声にハッとして振り向けば、案の定、しかめっ面を崩していない宇佐美がこちらを見つめている。その手には、私が持っていた水着とは別の水着が握られていて。と、奴は無言でその水着を私に押し付けてきた。

「…………なに」
「これ」
「は?」
「名前さんの水着は、これでいいんじゃないですか」

ぶすくれた口調の宇佐美は強引に私の手自分が勝手に選んだ水着を握らせる。渡されたその水着を確認すると、白を基調とした控えめの花柄が散りばめられつつ後ろ腰付近には大きめの水色のリボンがついていて、確かに可愛い。けれどすぐに、私はその水着の形に疑問を抱いた。

「でもこれ……ワンピースタイプじゃん」

ぴらりと目の前に広げてみると、現れたのは肌を極力出さないという強い意志を感じる布面積。お腹はもちろん、袖の部分も肘まで隠れるくらいに長く、丈は膝上まである。かろうじて肩は出ているけれど、それも付属の同じ柄の羽織で完璧に隠せるようになっていた。純粋な疑問を咄嗟に口に出しただけなのに、宇佐美の眉間のシワはますます深くなる。

「何か文句でも?」
「いや……別に可愛いけど………」
「貴女が選べって言ったんでしょ。だから僕はこれを選んだ。はい、おしまい」

さっさと買ってきてください、と再びスマホに目を落とした宇佐美に「ちょっと!」と声をかければ、心底面倒臭そうな顔をしつつも「なんですか」と私に視線を向け直される。

「い、いや、ほんとにこれでいいの?」
「はぁ?」
「だって、そりゃあ色とか柄とは可愛いけど……なんか地味だし子どもっぽいし、その、」
「…………」
「いや………私がこういうのしか似合わないっていうなら……別にいいんだけど……」

ちらり、と先程まで手に持っていた水着を見やった。………うん。確かに、ビキニは少し頑張りすぎてたかもしれない。別にそんなに身長があるわけじゃないからスタイルだって良くないし、胸も自慢できるほど大きくもない。よくよく考えてみれば、そんなに張り切ることは無かった。

そんな思いを心に押し込んで私が意を決し顔を上げると、やっぱり宇佐美は不機嫌顔のままで。と、彼から何故か深い溜息がこぼれた。

「………名前さんが何を勘違いしているのかは大体予想はつきますけど、わからないなら教えてあげた方がいいですか?」
「?なにが?」

勘違い、という言葉になんの心当たりもない私が首を傾げると、宇佐美はぶすくれた表情のまま押し黙る。いつもの口が回る彼にしては珍しい沈黙で、私は彼の次の言葉を半ばドキマキしながら待っていた。と、宇佐美は再び溜息をつき、一言。

「露出」
「へ?」

「露出が多すぎ。あと色が派手。形が際どい。胸も肩もお腹も出すなんて防御力皆無。赤色とか黒色とか、男を誘ってるようにしか見えない」
「…………えっと、」
「大体どこで情報収集したのか知らないけど、僕、別にセクシー系が好きとかそんなのじゃないんで。むしろやたら胸を強調させてくる女嫌いなんですよね。ただの脂肪の塊を腕に押し付けてくるなって感じなんですけど」
「は、はぁ」
「わかりましたか?」
「………えっ、と、つまり、ビキニは嫌ってこと?」

なけなしの理解力を働かせておずおずとそう答えても、宇佐美の眉間のシワは一向に消えない。オマケにチッ、と舌打ちもされた。なんなんだ。ズズズ、と気持ちが黒いもやに埋め尽くされていくのを感じる。そんなに嫌なら、最初から、

「………ないんですよ。」
「え?」

「他の男に、名前さんの水着姿を見せたくないんですよ」

思わず、目を見開いた。

店内の喧騒にかき消されそうなその小さな声は、不思議とハッキリ私の耳に届いたのだ。バッ、と俯きがちだった顔を上げればかちりと宇佐美と視線が合う。が、ふい、と彼の視線は外され、自然、その顔は若干私の視界から見えなくなってしまった。すぐさま逸らされた顔を覗こもうとした矢先「なんですか」とこちらに顔が向けられる。
その表情はいつも私に向ける不機嫌気味な表情だったけど、一つ前に起こった天変地異の驚きを受けた私にとっては、その顔に突っかかることも出来ない。

「いや、え、……いまなんて」
「何度も言うと思いますか?」

フン、と鼻で笑われる。小憎たらしい嫌味たっぷりな言い方。いつもの宇佐美だ。「早く買ってきてください」と無理矢理彼が選んだ水着を握らされる。それが何だか面白くなくて、私はその水着を宇佐美に押し戻した。

「ちょっと、」
「もう一回」
「は?」
「もう一回言ってよ」

じゃないと買わない。なんて面倒臭い女をやってみれば宇佐美は心底ウザそうにこちらを見下ろしてきた。その顔をする宇佐美は苦手だけど私はぐっと耐える。

だって、あんな言葉、……嬉しくないはずがない。

「もう一回。お願い」

真っ直ぐに宇佐美の顔を見てやれば、彼は暫く私から目を逸らしていたけれどやがて観念したかのようにため息をつく。と、次の瞬間、ぐい、と腕を引っ張られた。

「っ、!?」

思わず前のめりに転びそうになった私の体はしっかり宇佐美に支えられる。咄嗟に口から「ありがとう」という頓珍漢な感謝の言葉が飛び出ようとした時に、右耳にそっと寄せられた気配にびくり、と肩が跳ね上がった。

「名前の身体を誰にも見せたくない」

その声色は、優しい甘やかな艶で縁取られていて、まるでベッドの中で囁かれているように錯覚してしまった私の顔に一気に熱が集中する。はた、と、ここは昼間のショッピングモールだと気づいた時には、満足気な顔の宇佐美が再びスマホをいじり始める姿が視界にあった。

「〜〜〜っ!宇佐美っ!」
「なんですか。ちゃんともう一回言ってあげたでしょ」
「そうじゃ、っ………あぁ、もうっ!」
「ブサイクですねぇその顔」

ケラケラと笑う宇佐美を思いっきり睨みつけて、私は足早にレジに向かった。ずるい。私ばかりドキドキさせられて、振り回されて。私の方が年上で「大人の女性」の筈なのに、年下の彼にはいつも敵わない。年上っぽく大人に、クールに対応しようとしているのに……思わず漏れるため息を見たレジの人から心配そうに「大丈夫ですか」と声をかけられた。曖昧な会釈を浮かべてやり過ごす。

(………今度インカラマちゃんに相談してみようかな……)

思い浮かべたのは同じ部署の同僚の姿。妖艶という形容詞がふさわしい彼女に聞けば、上手く宇佐美を動揺させることが出来る良い案が思いつくかもしれない。うん。それが良い気がしてきた。今度お昼ご飯に誘ってみよう。彼女なら的確なアドバイスをくれるに違いない。きっと上手くいく。

でも、悲しいかな。

今のこの状況に、私がとんでもない嬉しさを感じていることを見抜かれて、アドバイス云々の前に彼女の美しい笑顔付きでズバリと言い放たれる言葉は、なんとなく想像出来てしまうのだ。