百物語






「次で最後…名前の番だよ」
ふぅっと蝋燭を吹き消し、左隣から声がする。
…夏、怪談。なんと安易な考えだろうか…なんて思っていたが、なんだかんだ百物語は私の話で最後になるようだった。
外は物音ひとつせず。残り1本の蝋燭の光が頼りなく揺れていた。
「これは、私が実際に体験したことなんだけどね」
…私はぽつりぽつりと、彼のことを話し始めた。

…何年か前の夏。その頃からだろうか…視界の端や部屋の隅に影…モヤが見えるようになったのは。
初めは無視をしていた。…干渉すると、見えていることに気づくと、…何かされそうだったから。
…でも、そのモヤは消えなかった。むしろ、形を帯びて段々鮮明になってきた。
…どうやら軍服を着て、頭から血を流している…ということは目視できるようになってきた。
そして、アニサマ、と…しきりに呟いている。私は一応女なのに、アニサマ。
…無視はできない状況になってきた。意思の疎通を図ると、思った以上にコミュニケーションをとることはできるようだった。

「貴方は誰ですか…?」
意思疎通ができることに気づいて数日たった頃、私は彼に質問した。見た感じだと、軍人であること、顔が恐ろしく端正なこと、そして頭から血を流していること…そして、どうやら《アニサマ》を探していること、そして私は《アニサマ》に似ていること…がわかった。でも、それ以外は何もかもが謎だった。
貴方は誰ですか?…そう聞いても、彼は首を傾げ、私の顔をのぞき込むだけだった。
「貴方は、なんの目的で私のところに来たんですか?」
変わらず、黙って顔をのぞき込む。
「…《アニサマ》ってなんですか?」
…無言。
「貴方は…」
一方通行さが堪らなく不快で、気持ちが抑えきれない。
「貴方は一体なんなんですか!!」
…無言、と思いきや、クスクスと小さい声で笑い始める彼。
「貴方はそんなこと疑問に思わなくていいのですよ」
私の顎をもち、クイッと上にあげる。


「『…何故なら、今から私が貴女を取り込んで殺してしまうのですから』!!!」

きゃぁっと悲鳴があがる。…左隣の子からだ。
ふぅっと最後の蝋燭を吹き消すと、彼女が私に寄り添ってきた。
「ねぇ名前怖いよぉ…ホントの話?違うよね?」
顔面蒼白で訴える彼女に、私は笑顔で「ほんとの話じゃないよ」と言うことしかできなかった。

あの後、結局くだらない話で盛り上がってそれぞれの帰路についた。
「…はぁ、楽しかったー!」
…と、後ろから申し訳なさそうにモヤのかかった声が聞こえた。
「しかし…苗字さん、私あんなこと致しておりません…」
半分ぼやけた姿、深くかぶった軍帽、頭から流す血。
「ちょーっとだけ嘘ついちゃった。ごめんね?」
イタズラっぽく笑うと、彼は口元を緩めた。
「…この世界での《アニサマ》は幸せそうで何よりです」
繰り返す《アニサマ》も私からすれば皆目見当もつかない人間だけど…それでもどうやら私の傍にいてくれるらしい彼を、私は愛おしく思うのだった。