蒸し暑い、






 宇佐美くん、と、呼ぶ声がする。
 つけ抜けるように晴れ晴れとした空のもと、目に痛いほどに黄色く、高く、向日葵畑がそこにあった。自分より遥かに高い向日葵が、まるで、こちらを覗くように、同じ方向を揃ってむいていた。

「宇佐美くん!」

 その向日葵を掻き分けて、まるで真夏の太陽のような笑顔を引っつけて現れたのは、幼なじみだった。上等な着物を着ていた。また母上に怒られても知らないよ、という前に、また彼女は向日葵の中に入っていってしまった。
 僕はそんな彼女を追いかけるように、向日葵のなかにはいっていった。

「宇佐美くん」
「……は、ちょっと、どこにいるの、早く出てきなよ」

「宇佐美くん」
「なんで出てこないの、ねえ、」

「宇佐美くん」

 彼女は、僕をこんなにからかうような子だっただろうか。どれだけ掻き分けても、どれだけ呼んでも、返事は聞こえるのに、姿は一向に見えない。言い様もない不安に駆られる。彼女がまるで、水になって、手のひらから落ちてしまったように。
 じーわじーわ。蝉の音が、耳を、頭を、思考を、殺す。汗が額を滑り落ち、地にしみを作る頃には、もう僕はきっと、溶けてしまっているんだとすら思った。
 どろどろになる思考をかき集めて、僕は、必死に彼女の名を叫んだ。

「っ、____!」

「……はッ、あ、」

 何とも言えない低い音で目が覚めた。さっきとは打って変わって、暗闇が支配する、ここは、……ああそうだ、塹壕だ。あちらこちらから呻き声が頭に刺さる。一気に現実に戻され、少しだけ、笑いが洩れる。
 僕は一体、あの夢に何を想っていたのだろうか。遠い記憶で、名前すらも掠れてしまった彼女が、まだ僕に笑いかけているだなんて。

 きっと彼女は、いい人のお嫁さんになって、こんな汚れた世界など知ることもなく、今日も誰かと幸せを育んでいるのだろう。そして彼女もまた、僕のことなんて、忘れている。そんな気すら、するのだ。

 先程の夢と同じように、また、汗が落ちる。蒸し暑く、湿った空気は血を含んでいた。ああ、本当に、彼女は、知らなくていい。

 縋るように握りしめていた銃の冷たさに、現実の冷酷さを教えられたかのように、僕はもう一度、目を瞑った。