小さな瓶の中でとぷりと揺れる、鮮やかな色。くるくると蓋を回すと、液を含んだ小さな刷毛が現れる。刷毛の片面の液を落として、そっと足の爪の中央に滑らせると、爪に鮮やかな色が乗り移った。
膝を抱えるような体勢で、ちまちま足の爪を塗るこの作業が、実は好きだ。仕事の都合で手の爪はあまり派手な色を塗れないけれど、足の爪は見えないからどんな色を塗ったって咎められない。夏の日差しに映えるように、原色に近い色にした。乾いたらラメを散りばめてもいいかもしれない。新しく買ったあのサンダルにも、きっと合うはずだ。
「器用なもんだな」
肩にタオルをかけた月島さんが、私の肩越しに足を覗き込んでそう言った。ふわりと漂うトニックシャンプーの匂いと、プルタブを開ける音。最高気温が30℃を超えるようになってから、お風呂上がりにビールを飲むのが彼の日課だ。
少し塗って、はみ出したところを修正して、また塗って。少しずつ色づく私の爪を、月島さんはじっと見つめている。見ててそんなに楽しいかな、と思いつつ、私は何も言わず作業を続ける。右足の爪を全て塗り終えて、ふうふう息を吹きかけた。うーん、我ながらなかなか上手く塗れたと思う。艶やかに色づいた爪を見るだけでテンションが上がってしまうのは、女性のサガなんだろうなぁ。
コン、と空になったらしいビールの缶が机に置かれた。私の前に立った月島さんが、床に膝まづく。同じ高さになった視線が絡まった。お酒のせいか暑さのせいか、その他の原因か、頬を僅かに赤く染めた月島さんが、ぽつりと小さく呟いた。
「俺も塗っていいか」
頷くとソファーに誘導されたので、大人しく従う。私の左足を月島さんが自分の膝に乗せた。足の裏から感じる硬い筋肉の感触が物珍しくて足をモゾモゾ動かすと、こら、と軽く掴まれた。
月島さんが慣れない手つきでポリッシュを手に取って、そっと爪に塗り始める。緊張してるのか、少しだけ、刷毛が震えていた。真剣な目と掴まれた足、微かに感じる刷毛の感触がくすぐったい。この体勢、まるで王子様がシンデレラにガラスの靴を履かせるシーンみたい、なんて。月島さんは王子様なんて柄じゃないかな。
月島さんの手によって、私の爪が彩られていく。夏の太陽に映える色。新しく買ったサンダルに似合う色。
「ねえ月島さん」
「なんだ」
「ワガママ言っていい?」
「言ってみろ」
「海に行きたいな」
ふ、と月島さんが小さく笑った。小指まで全て塗り終わった月島さんが、掴んだままの私の足を持ち上げる。
「それくらいお安い御用だ」
ちゅ、とリップ音を立てて、足の甲に唇が触れた。足を持ち上げられたせいで、上体がソファーに沈み込む。その上に覆い被さった月島さんの頬はやっぱり赤い。私の爪と同じ色。ギラギラ夏の太陽に負けないくらいぎらつく瞳に、私の顔が映っている。私の頬も、負けず劣らず赤くなっていた。
「あと水着も欲しい」
「買ってやる」
「あと……」
「それ以上は先に代金を払ってもらおうか」
月島さんの分厚い唇が私の唇を食んだ。アルコールの味がする、熱っぽい舌が私の口内に滑り込む。今から私も、月島さん色に染められてしまうのだ。