夏の終わり






蝉が鳴いている
息苦しいような草の蒸した畦道で
ポニーテールが揺れていた
草の匂い

この町を出て行くと
彼女はそう言った
部活で日焼けした顔で
嬉しそうな瞳が
きらきらと太陽を映していた

何故だか無性に悔しかった

このままが続かないことを
突き付けられた気がした

野間はやりたいこと、ないの?
白い制服は眩しすぎた
「強いて言うなら…」
アイスの棒を咥えたまま
たっぷり真面目な顔を作る
「億万長者」
真剣な顔がふっと綻ぶ
「野間はバカだなー」
彼女はからからと笑う

8月、夏の終わり。

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久しぶりに会った彼女は
人工的な匂いがした
知らない女を見るようで
なんだか居心地が悪かった
甘い香り

知らない街での出来事を
彼女は楽しそうに話した
瞳の奥が笑っていないことを
気づいていたから
無性に苛立った

こんな田舎で埋もれるなんてありえない
そう言って蛍に石を投げた背中が
野間もこっちに出てきなよと誘う
「いや、俺はずっとここで良い」
思ったよりずっと頑な声が出た

「…野間はバカだなぁ」
諦めたように溶けた声
蛍の柔らかな光では
彼女の表情は見えなかった

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彼女の親父さんが亡くなった
蝉の賑やかな夏の盛りだった
畑の雑草は蒸し返すほど生きているのに
山影の客間はしっとりと潤んでいた
線香の匂い

日の落ち始めた縁側に
心許ない背中が見えた

黙って隣に腰を下ろす

ぽっかりとした目が
酷く疲れて見えた
お前がせめて幸せそうなら
こんな気持ちにならないのだろうか

「帰ってこいよ」
ずっと燻り続けていた言葉が
あっさりとこぼれ落ちた
10年前のあの日も、20年前のあの日も
あんなに言おうと思っていたのに

白く上品になってしまった手に
土の染み付いた自分の手を重ねた
いつのまにかこんなに遠くなってしまった

「…野間はバカだな」
声に少し悔しさが滲んだ気がした
彼女があの時と同じ顔で笑う
左手の薬指に鈍く銀が光った

蝉の声が 消える