仲良きことは美しきかな






 照りつける太陽がなりを潜め、爽やかを通り越した冷たい風が頬を撫でる季節がやってきた。
 北の大地ではあっという間に過ぎていくこの季節。楽しむ時間は短く気が付けば冬がやって来てしまう。

「秋といえば食欲の秋ですよね」
「お前年がら年中食ってんだろ」
「秋の実りといえば焼き芋もありますし、魚介も美味しい季節になります!」

 指折りながら旬なものを頭の中で想像して歩く名前の横顔を見下ろすように見ている尾形は、寒さからか両の手を上着のポケットの中に突っ込んでいる。

 北の国の夜は長く、午後4時を過ぎれば太陽は夕焼けに変わり、月が顔を出し始める。仕事終わりの時間では完全に外は暗く、街灯は煌々と明かりを灯している。

「はぁ……」
「息、ほんのり白いですね」

 日が落ちるとガクッと気温は落ち、一桁になる事も珍しくはない。晩秋と言えば聞こえはいいが、北国に秋なんてあってないようなものだ。

 名前はその白い手を剥き出しのまま夜空の下を歩いている。隣を歩く尾形は寒くはねェのか、と口に出してしまいそうになるが、名前は生まれた時からこっちに住んでいるのだから、寒さにも慣れているか。と疑問を殺した。
 そんな尾形を知ってか知らずか、名前は困ったように、寒いですねぇ。と頼りない声を発した。

「だろうな」
「今日はもう少し暖かいと思ったんですよー」

 天気予報を見るのを忘れたと付け加えた名前に尾形は鼻で笑う。笑われた事に名前は軽く拗ねてみせるが、尾形には何の効果もなく大人気ないと恥ずかしくなり、空を見上げた。
 街の中故か、満足に星も見れない。精々見えるのはお月様と、一等星と呼ばれる星々だけだ。
 では地面はどうだろう。と名前は顔を下に向けた。すると、地面には潰れているナナカマドがあり名前は小学生の時に教わった、この真っ赤な実の名前の由来を得意気に尾形に質問してみた。

「尾形さん、尾形さん!何でナナカマドってナナカマドって言うか知ってますか?」
「……ナナカマドってなんだ?」
「まさかのそこからですか?! 尾形さんこっちに来て何年経つと思ってるんですか」
「まだ3年だ」

 もう3年もいるのに知らないのか? と名前は驚くと尾形は興味なさげに視線を進行方向に向けた。2人が歩いている道は所謂飲み屋街で、仕事終わりの2人は今から飲みに行こうと目的地まで歩いている。

「もー、尾形さんは仕事以外に興味持ちましょうよ」
「あー? 仕事にも興味はねェよ」
「え、うそ! 尾形さん本格的に何に興味あるんですか?」

 ナナカマドの由来は何処へいったのやら、名前の興味は尾形の興味に変わり、釣り、日曜大工、絵画、旅行……とまた指折りながら趣味と呼ばれるものを次々にあげていくが、そのどれもが違うようで、尾形は薄く笑うばかりだ。
 ハッ、と思い付いたように声を上げた名前はニヤリと笑い、尾形を指さした。

「女漁りでは?」
「あ? 仮にそうだとしてもお前には手ェ出さねぇぜ」
「えぇ? こんなにも魅力にありふれてるのになぁ」

 尾形と名前は上司と部下という関係ながら、軽口をたたける関係でもある。しかしそれは裏を返せばお互いを異性として意識していないからとも言える。

 ……彼女とかいるのかな?

 片方が強く意識していたとしても、それを表に出さなければ軽口だってたたけるだろう。名前は尾形を異性として意識し始めてからその事に関しては、表に出さぬように努めてきた。
 例え努めれば努める程自分が異性として見られなくなると知っていてもだ。

 職場恋愛拗れた時が大変だものね……。伝えないのも私からの愛情表現の一つよ。

 職場も尾形も大切なのであれば、この気持ちに蓋をすればいい。簡単な事だ。子供にもわかる。

「やっと着きましたよー」
「寒いな」
「店内は暖かいですよ!何食べようかな」

 2人の口から漏れる息は白く、名前の頬は寒さで赤く染っている。しかしこれでも季節はまだ晩秋で本格的な寒さは到来すらしていないのだ。
 目的地の飲み屋は暖かく、2人は案内された席に着くとすぐに上着を脱ぎメニュー表を覗き見た。

「身体ポカポカするのがいいです! 鍋とか」
「んじゃこれと、これだな」
「はーい」

 名前の好みを把握している尾形は、名前の味覚に合うような酒や料理を適当に見繕った。名前も尾形が選んだものにハズレはないと確信を持っている為、大してメニュー表に目を通さないまま顔を上げる。

「尾形さんの彼女って、すっごい色気ありそうですね」
「あー、お前とは正反対だな」
「それ、普通にセクハラですから」
「お前女のつもりあったのか」
「はー! そういう事いいますかー! はー! これは完全に尾形さんの奢りですわー」

 何とも色気のないやり取り。
 軽口をたたきあうやり取りは気心の知れた仲だから出来る事だ。

 店員が持って来たジョッキを受け取った2人は、カンと乾杯の軽い音を響かせる。そのまま喉を潤した名前は大きな息を吐き出した。

「ぷはぁー!」
「本当にお前はオッサンくせぇな」
「おっさんに言われたくはないですー」

 尾形さんの彼女もなんで尾形さんが良かったんですかねぇ。なんて名前がボヤくと尾形は低い声でそれを否定した。

「いねぇよ」
「はい?」
「彼女なんていねぇよ」

 嫌に艶のある声は、喧騒の居酒屋とは思えない程名前の耳にはっきりと届いた。
 尾形の言葉が耳を抜けて名前の脳裏に焼け付く。いないと、目の前の男は彼女なんていない。と言ったのだ。

「なってみるか?」

 俺の彼女に。

 そう言った尾形は不敵に笑っていた。
 それは勝利を確信している人間の目で。
 それは絶対的な自信を持っている笑みで。
 それは逃れられない誘惑を伴う声色で。

「……私、色気ないですよ」
「確かにな」
「私、子供っぽいですよ」
「あぁ」

 鼻で笑う尾形に向かって名前は泣きそうな笑みを浮かべた。
 確かにその笑みは大人とは言えるようなものではなかったが、尾形にはそれこそどうでもいいのだ。

 誰も色気のある女が好きだとは言ってはいない。
 名前が好みの女ではないとは言ってはいない。

「名前」

 尾形はゆっくりと名前の名を呼んだ。
 
「……っ、全く、こんな居酒屋で告白なんてこれだからおじさんは……こんなおじさんと付き合えるのは私だけですね」

 活気に溢れ喧騒が絶えない店内の片隅。冬の訪れを待つばかりの晩秋に、寒さから逃れようと人は温もりを求めるのかもしれない。
 そんな事を名前は頭の片隅で考えていた。