「あっづー…」
うららかな春が訪れ、午後の日差しによる気温の上昇を肌で感じる。密封されたこの自室の中では特に。
こんな天気の良い日は空気の入れ替えをするべきだと指摘されるかもしれないが如何せん花粉症の症状が酷い。換気をした瞬間尋常じゃない目のかゆみとくしゃみが止まらなくなってしまうだろう。この時期はなるべく外の空気を吸いたくない。今日みたいななんの予定もない休日ほど居心地の良いものはない。
換気のされていない日当たりの良い自室は、この前まで「寒い寒い」と身を震わせながら嘆いていたのが嘘かのように、暖かな空気で満たされていた。暖かいを通り越してむしろ少し暑ささえ感じる。
自分以外に誰も居ない空間をいい事に少しサイズの大きいロングTシャツ1枚という薄着でなにをするわけでもなく一人悠々とくつろぐ。寂しい生活だと馬鹿にされようがどうってことない。外に出ずとも花見は出来る。
外では風に揺られて舞い上がった花びらが窓ガラスに数枚張り付きこちらを覗いていた。
「名前さぁん、いくら家の中と言えど薄着すぎじゃない?」
「あれ、佐一くん?」
聞きなれた声の主の姿をとらえるため寝転んだまま視線だけを動かすと少し呆れ顔の佐一君がこちらを見据えていた。
今日は一日仕事だと言っていたのになんでここに居るんだろう、という疑問を汲み取ってくれたのか声に出して問い掛ける前に「午後から休みになってさ」と微笑みながら教えてくれる。
「天気も良いしお花見でも行かない?って言おうとしたんだけど…」
「却下。花を見て楽しむ前に私の鼻が大号泣しちゃうから」
「ははっ、だよね」
花粉症の薬買ってこようか?なんて甲斐甲斐しく声を掛けてくれる素敵な彼氏様を持って私は幸せだ。
さっき飲んだから大丈夫と短く返すと「そっか、」と一言添えながら頭を軽く一撫でされた。ちくしょう、好きだ。ほんの僅かなふれあいでもときめいてしまい胸の内にぽぽぽと小さな黄色い花が咲いていくような感覚に襲われる。
そんな春の小さな幸せを運ぶ黄色い花はすぐに姿を変え、いとも簡単に綿毛と一緒に心まで舞い上がらせていく。
「パンツ見えてる」
きゅんと来た気持ちを抑えきれずに寝転んだまま足をじたばたと動かしているとそう指摘されてしまった。
早くズボン履かないと襲っちゃうよ?なんて言いながらベットの縁に腰掛ける佐一くんにけらけらと笑って返す。
「やだー、佐一くんのえっちー」
「…名前ちゃん本気にしてないだろ」
「だってこんなんで欲情しないでしょ?」
女の子らしくかわいいレースであしらわれた甘めの下着。ではなく、女っ気のない安っぽいボクサータイプのパンツ。ぺらっとロングTシャツの裾を捲りあげて見せる。また去年より太ったなぁ。これからの時期どうあがいても薄着になり、肌の露出が増える。季節は移ろう。日本の四季となれば尚更。春から夏に。季節を一つ跨ぐのなんて一瞬だ。
いい加減自堕落な生活から抜け出してダイエットしないとまずいなと思いながら仰向けになり脚を天井へ向ける。自分の脚の太さを改めて自覚し、ものすごく虚しくなった。あ、この体勢パンツ見えるどころか丸見えだな。まぁいっか。
女っ気と共に恥じらいをどこかに捨ててきてしまった私は隠そうともせず、そのままの体勢をキープした。脚をあげた反動で裾がお腹辺りまでめくれ上がる。うーん、お腹周りもちょっと、いやだいぶやばいな。腹筋しないとかなぁ。そう思いながらお腹を少しさすって見る。
あんまり長時間お腹出してると風邪引くかもしれないけどこれ涼しくていいな。外気に触れる面積が増え、少し体感温度が下がった気がする。
暑さが少し半減されてずっとこのままで居てもいいなと思いかけた時私の視線と天井の間に佐一くんが割って入ってきた
「…杉元さーん?」
一人用のベットがぎしりと二人分の重さに悲鳴を上げる。これからしようとしていることを察してしまい口角が思わず引き攣る。
「俺はちゃんと警告したから、」
それでも直さなかった名前ちゃんが悪いんだからね。
無防備に晒された太ももをなぞるように這わせる手の感覚に思わず身体がピクリと揺れる。上がってこようとする手を慌てて掴んで止め、待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待って」
それも悪足掻きにすぎなかったようで、その手もうまい具合に絡み取られ、あっという間に頭の上で両手を纏め上げられてしまう。
「待てない。彼氏と二人っきりでそんな格好してたら誘ってるのと一緒だよ?」
「そんなつもりじゃ、」
「名前ちゃんがそんなつもりじゃなくても俺はそういう気分にされちゃったから。責任取って。ね?」
いつもはあるはず隔たりがいくつか無いため、いつもよりあっさりと服の内側へ侵入されてしまう。いつものようにホックを外そうとしたのか背中に手が回る。が、それも今日は無意味なわけで。
「…もしかしてノーブラ?」
呆れたように言う佐一くんに慌てて否定する。
「ち、ちが!これはブラトップ!!カップ付いてるでしょ!」
「ふーん?こっちのがいつもより手間かかんなくていいな」
まぁどっちにしろ脱がせるからなんでもいいけど。その言葉だけで体感温度が既に二度くらい上がった気がする。そう言いながら腰のラインをなぞって徐々に上へ向かう手のひらの動きが一々やらしくて声を抑えるのに必死だ。
「ふっ、名前ちゃん顔真っ赤。暑い?」
くつりと楽しそうに笑う佐一くんを下から恨めしげに睨む。わかってるくせに。
「暑いから…全部、脱がせて」
精一杯の強がりで佐一くんの首に両手を回して自分の方に引き寄せ頬に一つキスを落とす。こんな事するのも言うのも柄じゃないから今にも顔から火が出そうだ。
そんな私の行動が意外だったのか一瞬動きが固まった佐一くん。それもすぐにギラついた雰囲気に変わり、さっき私がしたようなかわいらしいものではなく、口内を荒々しく吸い尽くされるような深い口付けをされる。
「んぅ、」
「はっ、」
口内をこれでもかってくらい味わい尽くされると、二人の荒い息遣いだけが静かな部屋に煩いほど響いて感じる。馬乗りになった状態のまま、煩わしいと言わんばかりに荒々しく服を脱ぎ捨てる佐一君を呼吸を整えながらぼんやりと見上げる。
その姿がなんとも言えずかっこよくて、思わずボーッと見つめていると見つめすぎたのか目がかちりと合う。こんないい雰囲気の時でも自分の身体は空気を読まずに鼻水を垂れ流す。ずずっと啜られた音はお世辞にも色っぽいと言えるようなものではなく、思わず笑いそうになる。
「暑いね」
「うん、暑い」
「今からこんな暑いんじゃ夏になったら俺ら溶けちまいそうだな。」
「ふふっ、そうかもね」
今から情事を始めようとする男女とは思えないような、そんなゆるい会話。佐一くんと一緒だったら溶けてもいいかもなぁ。
「名前ちゃんとだったら一緒に溶けるのもいいかもなぁ」
自分の思考が勝手に声に出てしまったのかと錯覚するかのようなタイミングで口に出された佐一くんの言葉。
胸がきゅーっと締め付けられるような愛おしさが込み上げてきて今度は自分から口に軽くキスをすると再びベットに沈む二人分の体重。
全部脱いでも暑さは変わらないらしい、下手したら、脱いだ方が猛暑日に近付いてるような。そんな錯覚に陥る、午後二時過ぎ。