最後の一枚






今日も彼女は、窓の外を見ている。

元々病弱な彼女は、この春の寒暖差にやられて風邪をこじらせてしまった。入院生活も慣れたものだと薄く笑う姿に心が痛む。幸いにも重症ではないらしいが、医師が険しい顔で俺に告げた。

「ゆっくりと薬は効いているようですが……治りが遅い。あまり長引くと他の病気にかかるリスクも上がります。あとは彼女の気の持ちようにかかっています」

病室に戻ると、彼女は窓の外を眺めていた。心なしか少し痩せたように見える。窓の外には大きな桜の木。ついこの間まで満開だったのに、連日続いた雨や強風のせいで随分と散ってしまっていた。

俺が来たのに気づいてこちらに視線を向け、また薄く笑みを浮かべて俺の名を呼んだ。

「百之助さん、そんなにこまめにお見舞いに来てくれなくてもいいんですよ」

そうは言うが、俺が来ると嬉しそうに目を細めるので見栄を張っているのがバレバレだ。素直に喜べばいいのに、あまのじゃくというかなんというか。俺も人のことは言えないが。

彼女がまた窓の外に目を向ける。ヒラヒラと、桜吹雪が舞っている。

「綺麗だな」

「ええ、そうですね。お花見に行けたら良かったんですけれど」

「この調子じゃ退院する頃には散ってるだろうな。まあ、また来年があるだろ」

彼女がちらりとこちらに視線を向けた。唇の端が持ち上がり、酷薄な笑みを浮かべる。こんな顔をするときのこいつは、大概ろくなことを考えていない。

「あの桜が全部散ったら、私もこの世から、さよならするのに違いないわ」

「はっ、そんな馬鹿げたこと、聞いたこともねえな」

「ほらまた風が吹いた。精々もってあと3日でしょうね」

冗談でもそんなことを言うなと、低い声で囁くが彼女は意にも介していない。

最後の花びらが散るのが見たい。それだけ言って、彼女はまた視線を外へやった。俺は彼女の手をとって、ぎゅうと握りしめるしか、できなかった。

それから3日、今日は珍しく窓のカーテンが閉まっていた。彼女はうとうとと眠っているが、俺が来たことに気づいて目を覚ます。おはよう百之助さん、と掠れた声で言って、彼女は俺にねだった。

「ねえ、百之助さん。窓のカーテンを開けてください」

俺は首を横に振った。彼女が困惑したような顔をする。俺は手に持っていた箱を、彼女の目の前のテーブルに置いた。

箱を見て、また俺を見て更に困惑した顔をする彼女。俺は髪をかきあげて、彼女に箱を開けるように促した。細い指が、蓋をゆっくり開ける。中から出てきたものに、彼女は目を丸くした。

「ハーバリウム…?」

円錐形のハーバリウム、その中に詰め込まれているのは桜を模したピンクの花。オイルを通した照明の明かりが、机の上に不規則な影を作った。

「これがあれば、雨が降ろうが風が吹こうが……桜は散らねぇだろ」

彼女が一瞬きょとんとして、その後声を上げて笑った。

「これは早く治さないといけませんね。知ってたんですか?O.ヘンリーの最後の一葉」

「さあな」

俺も大概、あまのじゃくなのだ。