「おとうさま」
私のよりずっと広くて、いつもおぶってくれる背中に呼ぶ。
「ふわふわすっちゃ、いやです」
お口ですぅってしてから、はぁってする。
そうしたらふわふわが出てきて、けれどもだんだん見えなくなってしまう。
お父様が毎日持っている、それ。
「キセルだ」
ゆっくり振り返ったお父様と目が合う。
何回聞いても、その名前を覚えられない。
たぶん、それよりもお父様の手やお口ばかり見ているから。
「またこさんにね、からだにわるいから、だめっていわれたんです」
それはさっきあったこと。
どんな味がするのか私も知りたいって、また子さんにお願いした。
「だから、おとうさまもだめです」
私がお婆さんになっても、お父様とずっと一緒にいたい。
ふわふわは駄目って、教えてあげなくちゃ。
「俺ァいいんだよ」
「どうして?」
「大人だからだ」
じゃあ私も大きくなったら、吸えるのかな。
「わたしも、おとうさまとおなじのが、すいたいです」
「お前はやめとけ」
お父様はくすくす笑う。
真面目に聞いて欲しいのに。
じっと見上げると、頭をぽんぽんってされる。
胸の奥が暖かくなった。
「名前」
「はい」
「口にしちゃいけねェもん言ってみろ」
これはお父様との約束。
今まで何回も唱えた。
「おさけと、たばこ」
私はいつかこの国のお姫様になる。
お酒とタバコは、お姫様の魔法を解いてしまう。
だからお口に入れてはいけない。
前にお父様から聞いた。
「そうだ。忘れんなよ」
また頭をぽんぽんってされる。
それから、タバコとキセルは家族みたいなものらしい。
教えてくれたけど、よくわからなかった。
「おとうさま」
「ん?」
「まねするのは、だめですか」
吸えなくてもいい。
お父様と同じものを、手に持って、くわえてみたい。
「これのこと言ってんのか」
「はい」
お父様はふわふわをはぁってしながら、眉を真ん中に寄せた。
わがままを言ったから、困ったのかも知れない。
「……一回だけだぞ」
ごめんなさいって気持ちと、ありがとうって気持ち。
どっちが早く出てきたんだっけ。
「わかりました」
お父様は何も言わないで、キセルのしっぽから、ぱらぱらごみを落とす。
最後にふっと強く息を入れてから、ごみの入ったお皿を遠くにやった。
「ほらよ」
二つの手の平を並べて、お父様の方を向く。
その上にキセルを置いてもらった。
「おふでよりおもたい……」
たまに、お父様は字を教えてくれる。
その時使っているお筆を思い出した。
大きさが似ているから。
「そうかい」
それに、私はお父様より手が小さい。
持っていると、キセルがびよんと伸びているような気がする。
「くわえてみてもいいですか」
「あァ」
何だか、これからいけないことをするみたい。
そわそわして、おまけに、ちょっとわくわくする。
「こう、ですか」
手にあるそれを、そっと唇にはさんで、見上げる。
すると肩を揺らして、くつくつ笑われた。
「それじゃビードロだろうが」
ぽっぺん、ぽっぺんってする、きらきらのおもちゃ。
ずっと遠い国からやって来たのを、お父様からもらったことがある。
いい子でお留守番できたご褒美だった。
息のすぅ、はぁ、がそれと逆だってことくらい、知っている。
「まちがってますか」
お父様はまだ、お口をにぃっとしている。
私をからかう時に、よくそういう顔をする。
そしてちらっと私の手を見た。
「まだまだガキだな」
そういえば、お父様はいつも違う持ち方をしていた。
お箸とも扇子とも別のような。
考えてもわからなかった。
教えてくれたっていいのに。
「もう、おとうさまのけち……」
「あァ?んなこと言う奴にゃ、貸してやんねェぞ」
「あっ」
ぱっと取り上げられてしまった。
「おこらないで……おとうさま」
お父様はキセルをしまって、私の後ろに座り直した。
「違ェよ」
すっと腕が伸びてきて、そのまま膝に乗せてくれる。
さっき子供扱いされて、ちょっぴり悲しかったのなんて、すぐ忘れてしまった。
「たのしかったです」
「オモチャじゃねェんだぞ」
「わかってますっ」
ばっと振り返ったら、お父様のお顔はすぐそこだった。
背伸びして、お耳に近付く。
「それにね、おとうさまと、かんせつきすできました」
誰にも知られないように、こっそり言った。
「んなの、どこで覚えてきたんだよ」
「ひみつです」
確か、また子さんが教えてくれた。
お姫様が幸せになれるのは、大好きな人とのキス。
「隠し事たァ、いい度胸じゃねェか」
「えへへ」
ほかほかした気分で、勝手に目の端っこが下がってしまう。
「名前も女だな」
お父様はぎゅうってしてくれた。
負けないくらい私もぎゅうってした。
相思草の名前を教えて