白い閃光が瞼を貫き、直後、鳩尾に走った衝撃に思わず息が止まった。
「かは…っ」、とやっとのことで吐き出した息は、霧雨の中、煙を燻らすように揺れてはまた消えていく。
ああ、やっぱりーー。
飛び散る意識とともにあっけなく地面へと崩れ落ちた体が、今日も完全な私の敗北を知らしめる。

痛みで震える体に容赦なく降り注ぐ冷たい雨。無様に水たまりへと突っ伏しながらも、最後の意地にと必死に顔を上向かせては目の前の相手に視線を合わせる。
雨の中、青白い満月を背負うあの人は今日もその美しい双眸を隠している。表情は相変わらずうかがえなくとも、その眼に映る私はきっと誰よりも滑稽に違いない。


「いい加減諦めない?」


悪気なく吐き出された言葉が、また私の心を深く抉っていく。こうして同じ傷を負うたびに、一人唇の肉を噛みしめて耐えるのはいつものことだ。
頬を伝う雨粒が、血の滲む口内へと入り込みひどく気持ち悪かった。なのに最悪な状況すべてがやはりいつも通りで、思わず場違いな笑みがこぼれ落ちる。
痛みでもなく肩を震わせる酔狂な私に、五条さんはまたこれみよがしに重たいため息を吐いてみせた。


「ぶっ倒されたのに笑ってる場合じゃないでしょ」
「ふふ…つい…おも、しろくて」
「はぁ?この状況の何がおもしろいの」
「さぁ、何で…でしょう?」
「さぁってバカなの?」
「そうかも…しれませんね」
「ムカつくからあっさりと認めないでよ」
「すみません」


全く心のこもっていない謝罪に、また頭上から盛大なため息が落とされる。


「あのさ、それぐらい僕の言葉に従順ならもう勝負をふっかけてくるのやめてくれる?」
「…」
「もういい加減言い飽きたけど、いくら性格が悪い僕でも好きな子をいたぶる趣味はないんだよね」
「…」
「なのにキミはいつも出会い頭に僕に殴りかかってくるし」
「…だって、あなた、に勝ちたいから」
「だから、それこそ一生無理だって言ってんの。ほんとこじらせてるなぁ」


清々しいほどにきっぱりと言い切られて、思わず同意するように私も口の端をつりあげる。
確かに、これから一生かけても、私が歴代最強の呪術師である五条さんに勝つことはないだろう。自ら願って勝負を挑みながらも、きっと覆すことのできない事実に私だって気づいている。でもそれでも、彼の強さに挑まない選択肢など私にはなかった。それこそが今の私の原動力だから。

反則とも言える彼の強さを目の当たりにして以来、私を司るすべてが五条悟という存在に惹かれている。私たちとはあまりにもかけ離れた異次元の呪力に、会うたびに全身の血液が沸騰し歓喜した。
どうしても彼に勝ちたい。どうしてもその強さに見合う力が欲しい。呪いではなく同じ呪術師を打ちのめしたいと願ったバカな女に、周りは完全に呆れそして強く制した。
でもそんなことどうでもよかった。自己保身を優先する奴らの言い分など、心底どうでもいい。呪いを払うこと、そして強さへの渇望こそがきっと私の生きる意味だ。

だけどもし一つだけ誤算があったとすれば、倒したい相手が私を気に入ったことだろう。


「あのさー、僕だって忙しいんだよ?でも大好きなキミが相手してっていうから毎回ちゃんとつきあってあげてるの」
「…」
「なのにキミは手合わせ以外はそっけないしさー。もっと感謝ぐらいしてよ」


恩着せがましく発せられる言葉に、私はまた思わず笑みをこぼしてしまう。でも今度は同意でもなんでもなかった。ただ、全く胸に響かない五条さんの想いに正直苦笑しか浮かばなかったからだ。

どこか上の空の私に、雨に濡れた五条さんがまた一歩距離を詰めてくる。ちりちりと背中を走る緊張感に、まるで特急呪霊と対峙したかのように私の心臓は早鐘を打ちはじめた。


「僕の一体何が不満なの」


すとん、と心の奥に落とされた疑問の答えはきっとはじめから決まっている。そもそも不満なんてない。あるわけがない。だって私は、五条さんのすべてに惹かれているから。存在しているだけで伝わる常人離れした強さが、私には羨ましくてしかたがなかった。
あなたに勝ちたい。私もその高みに立ってみたい。無理だと分かっていても、望まずにはいられない存在。それが私にとっての五条悟だ。

しかし、何度も言うが、その関係に男女の情は決して必要ないのだ。


「ねぇ、こんなにも男前で献身的な男なんていないよ。そろそろデートぐらいしてもいいんじゃない?」
「…」
「ハァ…。本当に、どうしたら僕のこと好きになるの?」
「…、五条さんが、私を諦めたら…」


もしかしたら、好きになることもあるかもしれない。
なんて、ほぼ不可能に近いことを心の中で呟きながら、髪から雨粒が滴る五条さんを見上げる。
やっぱりその瞳が今どんな色をしているのかは分からなくて、だけど、とても雄弁な口元のおかげで、彼の感情はバカな私でも手を取るように分かった。気づきたくなくても分かってしまった。
私の返答に、雨で冷えた空気がさらに温度を下げたようにも感じる。ハハ、とひどく楽しそうに、それでいてやっぱり無慈悲な笑い声が雨粒と一緒に這いつくばる私に落ちてくる。


「それこそ、一生無理でしょ」


最終宣告のように断言された呪いの言葉は、今日も私に絶望感を与えるものでしかなくとも。ゆっくりと腰を屈めこちらを覗き込む目隠しされた瞳の意志になど、やっぱり私は露ほども興味はないから。


「…あなたに与えられるなら、慈しみなんてまがい物より痛みのほうが百倍マシです」
「ハハ、やっぱりこじらせてるなぁ」


それはお互い様だろう。
思わずそう心の中で毒吐きながら、また子どものように無邪気に笑い出した五条さんとともに、私も血の滲む口元をゆるりと持ち上げる。
同じ表情をしていても交わることのない旋律に、今はただ身を任せるだけ。

次はきっと意識を失うと知りながらも、私は目の前の獲物をじっと見据えては感覚を取り戻した右手にそっと力を込める。
もう、後戻りはできない。
眩い光を求めるように、私はまた彼に手を伸ばした。


欲しいのはあなたからの救済じゃないの