いつもの帰り道、一軒家の柵に貼られたポスターに目がいく。
子猫もらってください
と書かれた手書きのそれには、3匹の子猫のそれぞれの写真が貼られていた。
ワクチン済み…離乳食…黒、白黒のハチワレ、白に黒ブチ…
思わず足を止めて見入っていたら、先を行く彼は少しだけ振り向いて冷ややかな目をしていた。
追いかけて横に並ぶと、また歩き出す。
私の手が触れそうになると、空気でわかるのかかわされた。

一緒に暮らし始めた時、私には連れ子がいた。名前はボタン。洋服に付けるボタンみたいな模様がお尻にある猫。
彼は、ボクは面倒見ぃひんよ、と言っていたけれど、ボタンはよくくっついて歩いていた。寝る時も最初は私の枕元にいるのに、朝には彼の足元にいた。
おばあちゃん猫だったボタンとお別れした時、私はこれでもかという程に泣いて、その後も思い出してはさめざめと泣いた。空を見ては、ボタンはちゃんとあっち側へ行けたかなと呟いた。
そんな私に
お星様になるとでも思てんの。キモ
彼はそう言ったけど、いつまでも捨てられずに置いていたボタンのお茶碗のことは何も言わなかった。


例の一軒家の前を通る度に、歩く速度を緩めてしまう。
3枚貼られていた写真が2枚になっていた。黒い子の写真がなくなっている。きっと貰い手が見つかったのだろう。安心するのと同時に、何となくそわそわとしてしまった。
少し前を歩く彼はまた冷ややかな目をして振り返っているので、私はまた慌てて追いかけて並んだ。

「飼わへんよ。いきものはいらん」
「はぁい」

私の触れそうになった手はまたかわされた。


それから何日かして、ポスターの写真は一枚だけになっていた。白に黒のハチワレだけが残っている。ハチワレとは、真ん中分けの髪型みたいな模様のこと。縁起が良いといわれている柄だけど、写真のその子は分け目が上にあり過ぎるせいで、ウィッグがズレているみたいで絶妙に不細工だった。

貰い手見つからないのかな。一匹だけ残されてるなんて寂しいな。名前を付けるならカツラかな、それはちょっとあんまりか
そんなことを考えていたら、私の足は止まっていた。
いつも黙って冷ややかな目をしていた彼が、呆れ顔で口を開いた。

「キミィ、学習能力ないの。頭、お花畑なん」
「はぁい…」

ここを通ると足が緩む私に、遂に注意が下されてしまった。早足で追い付いて隣に並んだ私に、更に付け加えた。

「どうせまたいつかピィピィ泣くんやろ」

彼はまたいつかお別れしなければならないことを言っている。わかっている。わかっているのだけれど。
私の手は今日もかわされた。


帰宅して、チェストに置いているボタンの写真とお茶碗を眺める。
胴が長くてぐんにゃりとした体を伸ばして寝ていた姿を思い出す。それだけで目がじわりと熱くなってしまうのだから、彼が呆れるのも無理はない。

でもね
限りがあるのはわかってる。わかっているから、一緒にいる間は惜しみ無く好きでいたらいいと思ってる。
初めから何もなければ失うものもない
それはそうかもしれないけれど、いつかその日が来るまで、目一杯愛し愛されて生きていくのも、悪くはないんじゃないかな。
捨てられない思い出も悲しく寂しい気持ちも全部抱えたまま生きていくのは、そう悪くはないと思うの。

「ボクは面倒見ぃひんよ」

お風呂から出てきた彼が、頭にタオルを引っ掛けた姿で立っていた。それだけ言うと、ぷいと寝室へ行ってしまった。
ボタンの写真を手に取る。ぐんにゃりと寝ているボタンがもたれかかっているのは彼の足。足の甲に頭を置いている。
よく見ていたその風景を懐かしく思い出しながら、やっぱり名前はカツラだな、などと考えた。



翌日、あの一軒家の前を通ると、ポスターがなくなっていた。何もない柵を呆然と見ている私を、隣に立っている彼が見下ろしている。
たまたまそのお宅から出てきた住人であろう女性に言われた。
今朝貰われていった、と。

いつまでも柵を見ている私を残して歩き出す彼。電信柱一本分、先に進んだところで止まり、少し振り向いた。

「置いてくで」
「はぁい」

追いかけて横に並ぶ。
手と手が掠る。彼が手をかわさなかったから、長い指の先を少しだけ握った。

誰にでも等しく訪れるお別れの時。
いつかその日が来るまで、愛し愛されていこう。置いていく側も、置いていかれる側も、寂しい気持ちと幸せの記憶を沢山残していけるように。
暗がりを歩こうとする翔くんの足元が花でいっぱいになりますように。
幸せの黄色い花でいっぱいになりますように。


いつかその日が来るまで